第二章 ~ 挫折 ~

・・・どれくらい時がたっただろう。

キウは、目を開けた。


薪を燃やす臭い。

味噌の匂いもする・・。


壁に映る影が動いた。

キウは、影と反対方向に目をやった。

おじいさんが、囲炉裏(いろり)の火に薪を足していた。


「ここは・・?? 」


「ああ、気が付いたんか。 」


「ここは、どこ? 」


「ここは、薫(ふすべ)石(いし)や。 」


薫石ふすべいし・・。 」


キウは、昔、婆ちゃんから、そんな名前の村の話を聞いたことがあった。

ここは、昔、婆ちゃんが家出をしていた時に、ひっそりと身を寄せていた場所だ。


「内緒だよ・・。」


その時、婆ちゃんは そう言うと、飴をキウの手の平に入れながらにっこりと笑った。


『婆ちゃんの秘密の村・・・。』


しかし、それどころではない。

キウは急がなければならなかった。

急がなければ、ハスミが・・。


キウは、起き上がろうと体をよじった。


「まだ、寝ちおれ!! 」


「痛!! 」


「ほら、言わんこっちゃない。 今、行っても、その体じゃ行き倒れるがおちじゃ。 」


キウは、起き上がるどころか、寝返りも打てなかった。


「お前は、何故ここにおるのか覚えちおるんか? 」


「・・・。 」


おじいさんは、いろりの鍋をかき混ぜ始めた。


「おじいさんは、誰ですか? 」


「わしか? わしは、弓削田(ゆげた)じゃ。 」


「おまえの婆さんと共に、ここで修行をした。 」


「修行? 婆ちゃんのこと知ってるの? 何で!? 」


「お前は婆さんから、な~んも聞いちおらんのか? 」


薫石ふすべいしのことは、少し聞いた。 “秘密”だって。 」


「聞いちおらんのか、魔祓士(まふうし)のことは。 」


「少しなら知ってる。 婆ちゃんに習った。 」


「そうか・・。 」


そう言うと、おじいさんは、目を細めた。


「でも、今、俺行かなきゃ。 今すぐ行かなきゃ。 行かなきゃ、ハスミが・・。 」


「今は、無理じゃって言ったろうが。 」


「おまえは、そん子を助けるために、あんなところに・・。 大怪我をおっちおる、酷じゃが、諦めろ。 もう、その子は生きちおらん。 」


「・・・。 」


「お前が生きちおったんも奇跡なんじゃ! 」


「・・・。 」


キウは、自分の感情をどう処理して良いのか分からなかった。


おじいさんは、ああ言うけど・・、

もしかしたら、ハスミはまだ 生きているかも知れない・・。

もしかしたら、ハスミは 助けを待っているのかも知れない・・。

もしかしたら、ハスミは 泣いているかも知れない・・。


そして、何よりも、キウには ハスミに返さなければならない恩義があった。


キウは、両親が早く死に、婆ちゃんに育てられた。


キウと同じくらいの年の子どもたちは、みんな学校に通っていたが、キウには通うことが出来なかった。

キウの家には、キウが学校に通ったり、新しい服を買ったりする、お金の余裕はなかったのだ。

だから、キウは、いつも家にいて、薄汚い同じ服を着ていた。


そのことで、他の子ども達に、からかわれた。

石を投げられたこともある。


しかし、そんな時、必ず ハスミが、そこにやって来て助けてくれた。

すさんでいく、キウの心を温めてくれた。

キウは、いつかハスミお礼をしたいと思っていた。

しかし、ハスミが喜びそうなものを何一つ持っていない、キウには何もできなかった。


目を見開いて、ジーッと天井を見ているキウに、おじいさんは言った。


「今は、無理じゃ。 今は、辛い。 じゃがの、体の傷は いつか癒える。 そうしたら、わしが稽古をつけてやる。 心の傷は、一生持って行け! もっと強くなれ!!! 」


キウは、大声をあげて泣いた・・・。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る