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す、という、引き戸を開けるような静かな音で、ドアが開いた。真っ白で細い腕が伸びて、眠そうな顔がのぞいた。
「けんかしてた?」
弟の真結斗が発した声は、寝起きだからなのか、いつもより低かった。それが僕の喉から胸のあたりをざらつかせた。
「マスク、外してもいいんじゃない」
真結斗の細い目は、床の模様をたどっている。扉から腕と顔だけのぞかせて、ついでにいいに来たかのような口調で。
「別に真結斗のために付けてるわけじゃないから。自分がマスクしてないと落ち着かなくなっただけ」
「でもきっかけは俺じゃん」
俺、という一人称を聞いて、分かった。こいつは、絶賛反抗期中で、精一杯かっこつけたいのだ。いつもいつもなめられて、可愛がられるのが嫌なのだ。それで兄に、「お前が俺のためにマスク付けてるのは過保護すぎ」といいたいのだろう。
「きっかけは真結斗でも、関係ないよ」
「それって関係あるじゃん」
あまり間を置かずに返ってくる。
真結斗は、床を見ているようで、僕の足を見ているのだと気づく。裸足に、床のひんやりとした感覚が伝わる。
何で分かってくれないんだろう。
怖がることにおびえてしまった。コロナに罹ることじゃなくて、マスクを外すことに不安を感じてしまった。弟のためにやっていたことが、いつの間にか自分の不安を和らげるためのものになっていた。
つまり僕は、複雑で、面倒くさい奴だ。コロナで本当にきつかったのは、体の弱い弟じゃなくて、心の弱い自分だった。
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