3

 ただいま。

 発した声は、硬い廊下に落ちる。

 おかえり。

 ドアの向こうから、くぐもった声が聞こえる。僕は、制服を着替えて、リビングに向かう。

「またマスクしててくれたん?もうコロナ終わったのに」

 家族までこんな事を言う。母は、ソファで寝ている弟の横で、洗濯物を干していた。

「なんか怖いもん。つけてるのがくせになって」

「うーん。わからんでもないけどな、もうええで。完全に収束したし。みんなワクチン打ってるから」

 母は、洗濯物から目を離さない。僕は、弟から目を離さない。すやすやと眠っている彼の肌は、恐ろしいほど白い。今年、六年生になった。

「わかってんだって」

 弟が寝返りを打って、母と僕は同時にビクッとした。ごめん、声大きかったな、とつぶやくと、母はええで、と言った。

「昔のこといつまでも心配せんでええ。真結斗も学校で外してるみたいやし。」



 弟の真結斗が幼稚園の頃、肺炎に罹ったことがある。入院までして、一時は容態が随分悪かった。

 父が単身赴任中だったので、看病は母の負担になった。小学生になったばかりの自分も手伝った覚えがある。

 今では無事完治したと言われているが。



「みんなはもうマスク外してるんやろ」

 初めて、母が振り向く。僕は、視線を床に落とす。靴下を脱いだ裸足の足が視界に入る。自分の足。

「水奈斗だけちゃう?」

「関係ない」

 僕は視線を落としたままリビングを出ていった。狭いが一応戸建てなので、一人になれる場所はある。自分の部屋へ向かう。

 水奈斗が出ていったあと首を傾げるか、呆れ顔をしている母の顔が目に見えるようで、余計にイライラした。

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