たし算とかけ算が難しいという話
前回あまりに壮大な話をし過ぎたので、ちょっと身近な話題にシフトする。
たし算とかけ算。今回のテーマはこれでいこう。
一見簡単に見えるのに、実は滅茶苦茶よくわからないし難しいよねと言う話をしたい。
と言っても、巷でたまに話題になるような計算の順番の話をしたいのではない。
6÷2(1+2)
がいくつになるかみたいな話は、今回はしない。
皆さんは、学校の問題や受験で整数問題を解いていて、やけに難しく感じたことはないだろうか?
これがなぜ難しく感じてしまうかというと、原因は色々あるのだが。
多くの場合、たし算とかけ算の「相性の悪さ」に起因するというのが、私の見立てである。
きちんと説明すれば、私だけでなく、この感覚に納得する方は多いと思う。
具体的に見てみよう。
整数問題を解く際に有効な手立ての一つとなるものが、積の形に分解することである。
a^2-b^2=12を満たす整数a,bをすべて求めよ。
という問題を考えるとする。
このとき、ぼんやりとこのまま考えていてはわからないのだが、因数分解を用いると見通しが立つ。
(a+b)(a-b)=12
の形にすると、a+bとa-bをかけて12になり、かつa+b,a-bともに整数であるから、可能性は有限に絞られる。
すなわち、a+bもa-bも12の約数でなければならない。
したがって、(a+b,a-b)として解である可能性のある組は、
(a+b,a-b)=(-12,-1),(-6,-2),(-4,-3),(-3,-4),(-2,-6),(-1,-12),
(12,1),(6,2),(4,3),(3,4),(2,6),(1,12)
だけに絞られる。あとは一つ一つ(a,b)を求めて、適するものだけが解となる。
細かいこと言うと、a+b,a-bの偶奇が一致するのでもっと絞れるだろとか色々あるのだが、今回言いたいのはそこではないので割愛する。
大事なことは、整数というのはある極めて強力な性質を持っているということだ。
すなわち、すべての2以上の整数は、素因数分解によって本質的にはただ一通りに表すことができる。
これも細かいこと言うと空積で1を表せたりするのだが、置いておこう。
つまり整数には、それをかけ算の形で構成する最小パーツとしての素数があり、このパーツの有限の組み合わせでしか表現できない。
上の問題をどうやって解いたのか思い出してみよう。12の約数であることに着目したはずだ。
12の約数は、12を素因数分解した際に現れる素数という最小パーツの組み合わせの数だけしかない。
12=2^2×3
であるから、プラスマイナスを除けば、12の約数は
1,2,2^2(=4),3,2×3(=6),2^2×3(=12)
しかないのだ。
このように、(a,b)の組み合わせとして一見無限の可能性があるように見えたものが、「整数は素数の積によってただ一通りに表現される」という極めて強力な性質によって、有限の可能性だけに絞られる。
ここに整数問題を解くための一つの柱、本質的解法みたいなものがあるわけだ。
整数をかけ算の視点で考えた場合、その最小単位は素数であり、すべての整数は素数のかけ算の形で表現できる。
繰り返しになるが、この状況を理解してもらえただろうか。
では、小学校ではかけ算より先に習う簡単な計算であるはずのたし算を、この状況へ加えてみる。
たし算が入ってきたとき、この状況がいかにカオスになってしまうか。ちょっと見てみることにしよう。
1から順に1ずつ加えていき、それらを素因数分解したもので見ていく。
1
1+1=2
2+1=3
3+1=4=2^2
4+1=5
5+1=6=2*3
6+1=7
7+1=8=2^3
8+1=9=3^2
9+1=10=2*5
10+1=11
11+1=12=2^2*3
12+1=13
13+1=14=2*7
14+1=15=3*5
15+1=16=2^4
16+1=17
17+1=18=2*3^2
18+1=19
19+1=20=2^2*5
たし算的には1を加えるというすごく単純な行為なのに、かけ算の世界に持っていった瞬間、規則性もへったくれもあったものではない。
これもうさっぱりわけわかんねえな状態である。
したがって、和の形をちょっと含んだだけで、整数の問題というのはたちまち世の天才たちも悩ませる難問になり得てしまうのである。
さて、たし算とかけ算の架け橋になっているものは何だったか。分配法則というやつだ。
a(b+c) = ab + ac
実のところ、これしか手がかりがない。本当にない。
むしろたったこれだけのルールから、果てしなく掴みどころのない魔境が生まれてしまう。なんて整数は深くそして恐ろしいものだろうか。
たし算とかけ算、計算だけならほとんど誰でもできるのに。人はまだたし算とかけ算のことが何もわかっていない。
人類はいつかこの水と油を乗り越えるのであろうか。それとも延々と壁に阻まれ続けるのか。
そう言えば、ABC予想を解いたと主張する論文に用いられた宇宙際タイヒミュラー理論というのは、たし算とかけ算の架け橋になってくれるかもしれないものらしい。
私には到底理解しようもないが、未来の数学に期待し、想いを馳せて本稿を終わりとしたい。
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