重なる記憶

 数日後。

 月も天高く昇り、人も車も少なくなった真夜中。



 静まり返った住宅街の中を、実は一人で歩いていた。

 その表情は暗い。



 あれをまた倒していくと思うと、気分は沈んでいく一方だ。



 暗い道に響くのは、自分の足音だけ。

 そんな単調な足音が、ふと幼い頃の自分に重なっていく。



 一人で歩いていた、暗い森の中。

 ここには誰も来ない。

 こんな場所に自分がいるのは、ある意味必然で当然なのだろう。



 ―――自分は、誰にも近づいてはいけないのだから。



 誰も近寄らない森の中を歩きながら、そんなことを思っていた。



 人間を拒んだ森が、まるで自分のように感じられて、まんざらこの場所は嫌いではなかった。

 むしろ、親近感から安心さえしていたかもしれない。



 人間でなくても構わない。

 自分と似たものや場所がある。

 そう思えるだけで、なんとなく気が楽になった気がした。



 自分は人に関わってはいけない。

 毎日が常に死と隣り合わせ。

 いつ、誰に〝鍵〟だと気付かれるのかも分からない。



 周り全ては敵なのだ。

 誰にも気を許してはいけない。

 誰にも―――



 いつからか、そんな脅迫概念みたいな気持ちが自分を支配していた。

 しかしそう思う度に、思い切りそれに対抗してくるような気持ちも込み上げてきていた気がする。



 苦しくて、自分には必要ないと全身で拒絶したくなる思い。



 あの気持ちは、どんな感情だったのだろうか…?



「………っ!!」



 そこで実は、ハッと我に返った。



 いつの間にか、歩みが止まっていたらしい。

 気付けば自分は、暗い道の真ん中で一人、ぽつんと立ち尽くしていた。



「……何やってんだ、俺。」



 思わず自嘲的に呟く。



 過去のことに意識を向けてどうするのだ。





 ―――





 一瞬目元を険しくし、実は再び歩き出す。

 向かった先は、近所の公園だ。



 公園に人の姿はなく、入り口付近に灯っている二つの街灯だけが周囲を照らしている。



 しかし、その二つの街灯だけでは広い公園を全て明るくすることができるはずもなく、少し奥へ進めば、周りはたちまち闇に包まれてしまう。



 実は躊躇ためらいなく闇の中を進む。

 そして公園の中央辺りで立ち止まり、静かに目を閉じた。

 一呼吸おいて、ゆっくりと手を掲げる。



 すると、その手のひらから心地よい風が巻き起こった。

 風は微かな光を帯びていて、緩やかに周辺を漂いながら徐々に実を包んでいく。



 その風が実の姿を半分ほど隠した頃、ふと実が声をあげた。



「出てこなくていいの? 置いてくよ?」



 目を開かないまま、実はどこかに向かって問いかける。

 その数秒後、光は少しずつ小さくなって実の姿ごと消えていった。


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