差し向けられた敵の姿

「―――はい、到着。」



 どこか軽い調子で言い、実は後ろを振り返る。



 そこにあったのは、拓也と尚希の姿だ。



「だから言ったんだ。実なら、絶対に気付くって。」



 尚希がなかば呆れたように拓也を見下ろした。



「だって堂々とついていったら、〝来るだけ邪魔〟とか言って、逃げそうだと思ったんだよ。」



 拓也の言葉に、実は笑う。



「あー、そうかもね。でも、俺があそこで声をかけなかったら、どうするつもりだったの?」

「突っ込む気満々だった。」



 かなり単純な拓也の返答に、実は数度まばたきをする。

 しばらくして。



「そんなんで、上手くいくと思ったの…?」



 その口から、呆気に取られたような声が漏れた。



 実は尚希と同じような半目になってしまう。

 思わず口をついて出てしまったが、素直な感想だったのだから仕方ない。



 他人の移動魔法に突っ込むなんて、なんて無茶な。

 確かに自分なら大丈夫だと思うが、下手すりゃ魔法が乱れて、次元の狭間はざまで仲良く迷子になる危険性があるじゃないか。



 拓也ほどの術者なら、当然の常識として分かっているはずなのに。



 そんな自分の気持ちが伝わったのか、拓也がむっとしてこちらを睨んでくる。



 いち早くこの後の展開を察知したのだろう。

 尚希が「そんなことより……」と口を開いた。



「ここ……どこだ?」



 尚希に問われ、拓也もぐるりと辺りを見回す。

 そこは、辺り一面何もないような場所だった。



「アズバドルの北の果てってとこですかね。この辺りに村や町はないし、ここなら多少暴れても平気だと思って。ここを見つけてからは、ここに来ることにしてるんです。」



 そう答えてから、実はふと目を閉じる。



 次の瞬間、実の全身から膨大な魔力がほとばしった。

 何も身構えていなかった拓也と尚希は、想像を絶するような濃密さを持った実の魔力に、思わず一歩退いてしまう。



 なんという力だろうか。

 その桁外れの魔力に、畏怖の念さえも感じてしまうほどだ。



「二人とも、覚悟しといた方がいいよ。」



 柔らかく微笑んだ実は、そのすぐ後に表情を険しいものにした。

 すっと細められた瞳から、瞬く間に感情が消えていく。



 遥か前方を見据え、実は堅い声で言った。



「―――来るよ。」



 実が言うや否や、いくつもの気配が周囲に満ちた。

 拓也と尚希も、緊張に身を強張らせる。



 三人が睨む地平線の向こう。



 ふとそこから、ゆらりと影が覗いた。

 影はどんどん増え、こちらへ近づいてくる。



「ものすごい数だな。あの数を一人で片付けてたのか、実?」



 目つきを鋭くする尚希に、実は無言で頷く。

 その時、じっと前方を見ていた拓也が、あることに気付いて顔を青くした。



「おい……あれって、人…じゃないのか?」



 こちらへ向かってくるいくつもの影。

 それらは全て、人間の姿をしていたのである。



 男女問わず、子供から老人の姿まで確認できる。

 皆感情が抜け落ちたような機械的な顔をしているが、その姿形は、誰がどう見ても人間以外の何物でもなかった。



 実は声を険しくさせる。



「確かに、外見は人間だよ。だけど、奴らの中に魂はない。奴らはあくまでも、あいつが作った人形でしかないんだ。……ちょっと、精巧に作り過ぎてるけど。」



 一歩前に出て、人形の群衆を睨む実。

 それを合図とするように、これまでゆっくりと歩いていた人々が一斉に走り出した。



 ある者は手に剣や鎌などを持っていたり、またある者は魔力を手に集めていたり。

 臨戦態勢はそれぞれだったが、叫び声をあげながら突進してくるその様は、さながら合戦のワンシーンのようだった。



 実はじっと前に視線を固定したまま、右手を水平に素早くぎ払った。

 その軌跡を辿るように白い光の線が横に走ったかと思うと、群衆の最前線にいる人々が血飛沫ちしぶきと共に倒れていく。

 それでもなお、後に続いてどんどん敵が湧いて出てくる。



 拓也が顔をひきつらせた。



「血が……」

「言ったでしょ。ちょっと精巧に作り過ぎてるって。」



 冷静に言い捨て、実は手に魔力を集め始めた。

 大きく膨らんだ力は実が一言何かを呟くと凝縮し、一振りの剣へと姿を変えた。



 剣を構え、実は後ろを一瞥いちべつする。



「戦わないなら、その辺に隠れといて。」



 冷たい声音で告げた実は、一人で敵の大群に向かっていくのだった。


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