第5話 宮田君は何故か私に付きまとう


 

 日直だったこの日、帰りのショートホームルームの後、教室のゴミ箱に溜まったゴミをゴミ捨て場に持って行く為ゴミをポリ袋に入れて口を縛る。今日はゴミが良く出た様でゴミは二袋になった。左右の手に一つずつ持ち廊下に出ると、「館山さん」と声がかかる。ビクっとして振り合えると教室から宮田君が出てきた。なんだろうと思っていると、


「ゴミ重いでしょ? 一つ持つよ」と言う。


 いいよ、こんな所清香ちゃんに見られたら嫌だし。断ろうとしたけれどすでに宮田君は私の右手のゴミ袋を奪うとスタスタと廊下を歩いていく。狼狽えながらも仕方なく後ろを付いて行く。清香ちゃんに見られてませんように。


 すでに部活動を開始したのか南校舎の方から吹奏楽部が奏でる曲が聞こえる。私達の横をスポーツバッグを抱えた生徒達が追い抜いて行く。走り去る彼らが作る風が凪を冒し私の髪を揺らす。



「佐野さんはどう?」


 ふいに訊かれて戸惑う。佐野とはひとみちゃんの名字だ。


「僕クラス委員だろう? だから先生からある程度彼女の家庭の事情を聞いていてさ、佐野さんの事情を考慮して気にかけてやってくれって言われているんだ」


 そうだったんだ。


「だけど、彼女にとっては大きなお世話なのか、僕もなかなか踏み込んで力にはなれていないんだけどね」


 面子って言うのもあるしね、と宮田君は付け加える。


「人ってさ、なかなか自分の弱い所とか、惨めな所とかを他人に見せたがらないんだよ」


 僕もそうだからさ、と宮田君は言う。


 それでも、やっぱり宮田君は優しい人なんだと改めて思う。誰の為でもない優しさという花が咲いている。扱いに困ってはいるものの、なんだかんだひとみちゃんを気にかけてくれているし、無口な私に柔らかく話しかけゴミ捨てまで手伝ってくれる。


 多くの優しさにはタネも仕掛けもある。


 宮田君の優しさの出所は分からないけれど、これがきっと、タネも仕掛けも無い優しさなのだろう。


 優しさの引力は万能で、どんなものも引き寄せてしまう。


 宮田君の優しさの理由が分かり、腑に落ちて行く代わりに何故か私の気持ちが鬱いで行く気がした。



 ゴミ捨て場にポリ袋を置き教室へ戻る。空はどんよりと曇っていてにわかに雨が降りそう。ゴミ捨て場から校舎へと続く通路脇の花壇には、すでに開花しているジニアの植え込みの隣に植えてあるクチナシの花がそろそろ開花を迎えそうだ。


 花を見ていると自然と心が癒され無意識に口元が綻ぶ。


 クチナシの花の横に植えてある植物にはまだ蕾が付いておらず、これはなんだろうと首を捻っていると、


「これはシュウカイドウだね」と、私の疑問に応えるようにいまだに私と共にいる宮田君が教えてくれた。


 シュウカイドウ……初めて聞く名前。


「シュウカイドウは秋の海のこりんごって書くんだけど、もともとは中国原産の花でね、江戸時代に日本に持ち込まれた花なんだよ」


 まさか男の子の宮田君から花の解説をされるとは思いもよらず口をポカンと開けて固まってしまう。


「ベゴニアは聞いた事あるでしょ? アレの仲間なんだ」


 ベゴニアはしっている。私も好きだ。感心しながら神妙に頷く。


「花は小さな薄いピンク色で、8月頃に咲くよ」


 ちなみに花言葉は片想いなんだって。そう付け加えて宮田君は得意げに秋海棠の解説をしてくれる。


 小さな薄ピンクの花かあ。可愛いんだろうなあ。見てみたい。などと思いながらも宮田君の知識の奥深さに頭が下がる。勉強やスポーツだけでなく、こんな私さえ知らない花の知識まで携えている彼が輝いて見えた。


 ひとしきり花の講釈を聴き再び教室へと歩き出す。私達1年生の教室は北校舎の4階にあり、2年生が3階、3年生が2階と学年が上がるにつれて階層が下がる。私の1年2組の教室は北校舎4階の西から二つ目の教室でつまり、南校舎の東のはずれにあるゴミ捨て場からは結構な距離がある。この距離を宮田君と並んで歩く。


 私は内心気が気では無かった。カッコいい宮田君が隣を歩いているという事実もあるのだけれど、それよりもこの光景を清香ちゃんに見られていないか心配で心が安まらない。宮田君もこんなデブで無口な女と一緒にいても楽しくないだろうに私に気を使ってか、ずっと私のペースで横を歩いてくれる。


 その優しさが痛いのだけれど。


「こんな風に館山さんと話すのも初めてだね」


 屈託のない笑顔を向けられ体温が上昇する。心拍数も上がり呼吸の数も増えた。今ならば本当に私は大気を薄くさせ気温も上昇させるかも知れない。


「困っている事は無いかい? 僕、これでもクラス委員だからさ、何でも頼ってよ」


 助けになるからさ、と宮田君は言う。


 拒否する事も出来ず、私はコクリと頷く。


「あ、ちょっと止まって」


 急に宮田君は立ち止まり私の髪に手を伸ばす。そっと私の髪を梳くように手を滑らせる。突然の事に恥ずかしさで身体だけでなく顔まで熱を帯びた。


「ほら、糸くず」


 どこで拾ったのか私の髪に付いていた1本の糸くずを宮田君は摘まみ、私に一瞥させると、ふっと息を吹きかけて糸くずを気温の上昇した大気中に解放した。


 こんなに優しくしてもらった事も、男の子に髪を触られた経験も無かった私は、流れるような一連の宮田君の動作に惚けてしまいしばらく固まってしまう。


「あ、ごめん、髪触られるの嫌だった?」


 私は熱を帯びた顔をぶんぶんっと左右に振った。


「ふふふ、館山さんって一々いちいち仕草が可愛いね」


 この人は、無自覚でこんな事をし、そんな言葉を吐いているのだろうか。でも勘違いはしない。するわけがない。そのくらい自覚している。私はそんなに自意識過剰じゃない。自意識不足の私は期待なんてしない。

 

 だけどこんな事されたら、知らず知らずの内に、自分の意思とは関係なく、宮田君へ女心をつづってしまう。


 もうやめて欲しい。いたたまれなくなり下唇をぎゅっと噛んで俯いた。


 教室へつくまでの間に宮田君は彼自身の事を色々と私に教えてくれた。元々は地元の有名進学校を希望していたのだけれど落ちてしまい、滑り止めに受けていたこの高校に入学した事。因みに彼が第一志望としていた高校は県内でもトップ3に入るほどの高校で、なるほど、彼の頭の良さの理由に納得がいく。


 部活動はやっていない事。都内の国立大学を目指している彼は放課の後塾に通っているらしく部活動をやっている余裕がないそうだ。


 家は自転車で10分位の場所にある事。


 その他にも、好きな食べ物や良く聴く曲、将来の夢なども聞かせてくれた。私はただ黙って彼の言葉に耳を傾けていただけだったけれど、教室までの5分間ほど時間、私は確かに、何かに浮かれていた。



 


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