第3話 幼馴染のひとみちゃん

 予鈴が鳴る10分前になると教室は急速に騒がしくなる。後から登校してきた生徒達が仲の良いクラスメイトの輪に合流し昨夜あった出来事や、課題について話し出す。入学してそろそろ2か月。クラスには大小いくつかのグループが自然と出来上がっていた。元々同じ中学だった生徒達はすぐに固まり、そこに気の合いそうな別の中学の子達をも吸収し、その中からさらに気の合う者同士が派閥を作り大グループから抜ける。合併、分裂を繰り返しながら、そうしてやっと本当に気の合う子達で3,4人のグループが形成される。


 そんなクラスメイト達を尻目に太い体をなるべく小さくしてリュックから教科書を取り出し机の中へしまって行く。


 朝のHRの予鈴が鳴る頃、教室はほぼ全員が登校してきており皆思い々いの席でクラスメイトと談笑している。


 だけれど私の左隣の席はまだ空席。いつもの光景。入学後二月ほど経とうかという今朝も変わらず同じ光景。


 そろそろかな……。


 そんな事をぼうっと考えていると、コトっと静かにリュックを机の上に置き、控えめに椅子が引かれ、音も無く椅子に着席する女の子。150センチの私よりも小さく華奢で地味で無口なその子はひとみちゃんという名前で、保育園の頃からの私の幼馴染。顔色は悪く頬はこけていて明らかに不健康そうな子で。私の肉を半分上げたくなるくらいガリガリ。肩まである黒い天然パーマの髪は手入れがされていないのかいつもベタっとしていて額に張り付いている。毎日シャンプーがされていないようだ。

 

「か、かすみちゃん、おはよう」 


 ひとみちゃんは小さい頃からオドオドしてて、幼馴染の私に話しかけるのさえいまだに緊張するようだ。ひとみちゃんはあまり笑わない。それは彼女を取り巻く環境がそうさせているのかも知れないけれど、彼女の笑顔はとても可愛い事を私だけが知っている。 


 朝のHR開始の1分前にまるで計ったように登校してくる彼女。彼女の朝は忙しい。家事をしてお母さんの世話をして自分のお弁当を作って登校してくる。


 実はひとみちゃんは家庭で問題を抱えている。オドオドしがちなのもそれが影響しているのかもしれない。


 彼女の家は母子家庭で、さらにお母さんも障害を抱えていて満足に働けない。市から母子家庭の手当を受けながら生活をしている。その為、生活は苦しいようだ。


 でも、ひとみちゃんだけが小さい頃から私の見た目を気にせずにずっと仲良くしてくれる。中学生の頃からこの見た目のせいでバカにされて段々と孤立して行く私から離れずにずっと側にいてくれる。タネも仕掛けもない優しさがここにある。だから私もひとみちゃんに優しさを返す。幼馴染で親友なのだ。


 私も笑顔で挨拶を返す。


 風が窓から吹き込み、肩までのボブの私の黒髪を揺らす。窓の外の空は薄墨色で不機嫌そうだ。最後に青空を見たのはいつだったっけ? 感覚では空模様はいつもご機嫌ななめで穏やかではないのだけれど、きっと青空は本当はもっと私の身近に有るのかも知れない。私が上を向かないから気付かないだけなのだ。


 そんな事を考えながら担任の先生がやって来るのを待つ。


お昼休みはいつもひとみちゃんとお弁当を食べる。ひとみちゃんはお弁当袋からご飯のタッパーとおかずのタッパーを取り出す。今日の彼女のおかずは一枚の高野豆腐らしい。ご飯と一枚の高野豆腐。飾りつけも彩もないおかず。だけれど彼女の家庭環境を考えると仕方のない事なのかもしれない。彼女のおかずは大体こんな感じで、茄子を縦に切って煮たものとか、ちくわを焼いたものとか、ある時はふりかけだけだったりとか。いくら女子だからとはいえ、高校生のおかずとしてはあまりにも栄養が足りないように思える。顔色が悪いのもそのせいかもしれない。

 彼女も当然そんなおかずは恥ずかしいだろうからと、いつもお弁当を広げる時は私の太い身体で隠すし、彼女のおかず入れに私のお弁当のおかずをいくつか放り込む。


 同情されていると思われたくないだろうから、彼女の分のお弁当を作って来ることはない。あくまで食べきれないから少し食べてね、という体でおすそ分けをする。






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