第6話

 それからというもの、心霊現象はどんどん悪化していく。

 耳元で囁く声、水の流れる音、ラップ音、誰かが走り回る音、玄関を開け閉めする音。

 新しい住居に引っ越した後も、その現象は収まるどころか、酷くなる一方だった。


 異形と化した恋人は、私の傍から離れることはなく、私は可能な限りその存在を見ないように心掛けていた。


 ――私は思った。

 これは、お祓いしかないだろう、と。


 私は、急いでお祓いについての情報を調べ、評価の高い霊媒師にお祓いを依頼した。

 その費用は、決して安くはなかったが、すぐにでもお祓いの儀式が出来るといわれて即決していた。


 その日のうちに私は霊媒師の元を訪ね、その場でお祓いをしてもらう運びとなった。

 怪しげな部屋に誘導された私は、その中央に置かれた椅子に座ってお祓いが始まるのを待つ。

 霊媒師が白装束に身を包み、塩の盛られた器と、大幣おおぬさを携えて部屋に入ってきた。


「見えます、そこに恋人の霊がいます。間違いなく、取り憑いています」

 霊媒師がそう言うと、私の目の前に異形となった恋人が現れる。

「とても危険な霊です!」

 霊媒師は、必死になって私目掛けて塩を投げ、芝居がかった動きで大幣おおぬさを振るう。

 恋人は、私の前で、私を睨みつけている。

 霊媒師の動きが激しくなるにつれ、目の前で私を睨みつけている恋人の存在が徐々に薄くなっていく。

「これにて、お祓い完了となります。お疲れ様でした」

 霊媒師は汗だくになった額をハンカチでふき取り、私にそう言った。

 すると、存在が薄くなり、消えかけていた恋人が、スーッと消えていき、完全に消滅した。

 

 ――これで、終わったのだ。

 恋人と、私の苦悩は、今ここで断たれたのだ。

 私は、高い費用に懐を痛ませながらも、すべてが終わったことに感謝し、喜ばしく思えた。

 その時はそう思えた。


 それからしばらくの間、ぱったりと恋人は現れなくなった。

 あの時、本当に成仏してくれたのだろう。

 私は、そう思っていた。


 月日は流れ、私の学生時代は終わり、社会人として新たな一歩を踏み出していた。

 新卒で採用された企業は、初任給もよく、風通しの良い理想的な職場だという。

 それが嘘か誠か、私がその職場に在職中の間は、あまりいい思い出がなかったために真相は闇の中ということだ。


 そんなある日、私は仕事で大きなミスをした。

 上司や、周りから責め立てられ、その責任を誰がどうとるのかと、お前に何が出来るのかと。

 そう、新人の私には何もできない。

 上司や同僚、他部署や役員に頭を下げて、解決するのをただひたすら待つことしかできない。

 そうして、周りに迷惑をかけておいて何もできない私がしたことといえば、結果的に始末書を1枚提出しただけとなった。

 それ以降、私はその会社で肩身の狭い思いをすることとなる。


 そして、それが、悪夢の再来となる引き金トリガーとなったのだ。

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