第4話

 いつの間にか、私にはその恋人の姿が、あの時の、トラックに轢かれた時の、あの時の姿にしか見えなくなっていた。

 血だらけで醜く歪んだ顔、あらぬ方向に曲がった手足、口から流れ出るどす黒い血液。

 近寄りがたい、私はそんな気持ちを心の奥深くに抑え込んでいた。


 日に日に、恋人の造形は崩れていく。

 あれ? 私は、いつから恋人の姿が見えるようになっていたのだろう?

 朝も、昼も、夜も、ずっと私の傍にいる。

 寝ているときも、ずっと私を見ている。

 

 怖い。

 恋人が、怖い――


 私はそれ以降、恋人と話をすることをやめた。

 恋人は私に、何度も何度もあの時の、トラックに恋人が轢かれた時の光景を見せてくる。

「痛いよ、痛いよ、助けてよ」

 そう言いながら、何度も何度も、私にあの不快な音を聞かせてくる。

 やめて、ほしい。

 もう、やめてほしい。

 静かに、してほしい。

 消えて、ほしい。

 私は、そう願った。

 願ってはいけないことを、切実に願ってしまった。


 ――最初はよかった。

 恋人がずっと一緒に居てくれるなんて、幸せだと思っていた。

 でも、実際は違った。

 恋人は、私に負の感情を植え付けてくる。

 死ぬなといいつつも、私を死の淵に誘い込もうとしている。



 それからというもの、私は眠れない夜を過ごしていた。

 目を瞑ると、恋人が話しかけてくる。

「一人にしないでよ」

「早くこっちに来てよ」

 もう、たくさんだ。

 私は限界だった。


 私は、とにかく一人になることを避けた。

 友達と一緒にいる時間を増やしたり、賑やかな場所に行ったり、とにかく誰かといることが多くなった。

 そうすることで、恋人は現れなくなるのだ。

 それを知った私は、自宅に帰らなくなっていった。


 恋人のことをすっかりと忘れて過ごしていたある日、私は、寄り付かなくなった自宅を引き払って、新しい住居に移り住むことを決めていた。

 一度、自宅に戻り、部屋の片づけをしていると、思い出してしまった。

 

 ――恋人の存在を。


「ねえ、どうして最近、冷たくするの? 嫌いになった? ずっと一緒じゃなかったの?」

 現れた。

 部屋一面を血みどろの世界に変えて、恐ろしい姿の恋人が現れた。

 その姿は、見る影もなく朽ち果て、醜い異形のものとなっていた。

 顔は崩れ、ドロドロに溶けだしている。

 服はボロボロになり、そこから見える肌は腐敗し、そこから蛆が這い出てくる。

 体のところどころに骨がむき出しになっている個所があり、そこから腐敗した液体が流れ出ている。

 その異形と化した恋人は、奇妙な音を立てながら、ふらつきながらも私に向かってそろりそろりと歩み寄ってくる。

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