第3話

 次の日から、私は何もする気が起きなかった。

 ただ、生ける屍のように、自宅で転がっていた。

 賃貸アパートの一室、築年数が結構古い物件で、ワンルームの小さいな部屋だが、学生にとってはそこでも何の問題もない。


 私は、何日も、何日も、家の中に籠りきりになっていた。

 電話も、訪問者も、親族からの連絡さえも、すべて無視し続けた。

 恋人の葬儀にさえも出席しなかった。


 次第に、食べ物は喉を通らなくなり、水しか飲めなくなる、そんな状況が続いていた。

 このまま、私は、恋人の元へ行くのだろうと、そんな風に思っていた。

 その時は、本当にそれを望んでいたのかもしれない。


 だけど、ここ数日、私は誰かと一緒にいるような気がしてならなかった。

 きっと、恋人が成仏できなくて、傍にいるのだろう、そう思っていた。

 だから、私は、存在しないはずのその存在に、思い切って話しかけてみた。


「元気?」

 ラフな感じに声をかけてみる。

「元気だよ。数日何も食べてないなんて、そのままじゃ死んじゃうよ」

 その存在しないはずの存在は、私を気遣ってくれている。

「あ、うん。ご飯、食べなきゃ、だよね」

「まだ、こっち側に来ちゃダメだよ。その時まで、一緒にいてあげるからね」

 そう言われて、やっぱり、この存在は私の恋人なのだ、と確信した。


 私は恋人に言われた通り、ちゃんとご飯を食べた。

 最初は、何か食べるたびに吐いてしまっていたが、次第に体が慣れて、吐くこともなくなった。

 恋人が一緒に居ると分かると気持ちが楽になった。

 私は、その恋人のおかげで日常に戻ることが出来たのだと思っていた。


 それからというもの、恋人は、私の行く先々、いたるところで現れるようになった。

 私たちはずっと一緒にいる。

 恋人が生きていた頃より、ずっと一緒だ。

 恋人に声をかければ、すぐに返事がくる。

 恋人から語り掛けてくれることもある。


「今日は大変だったね」

 恋人は私を気遣ってくれる。

「明日も頑張って生きてね」

 恋人は私に生きる意味を与えてくれる。

「ずっと、一緒だよ」

 恋人の言うとおり、私たちは、ずっと一緒なのだ。


 私は、恋人が一緒に居るというのに、恋人の轢かれた瞬間を夢に見て、うなされることが多くなっていた。

 寝ても、起きても、そのことばかり頭に過ってしまう。

 私は恋人にそのことを相談しようとした。

 でも、恋人に変な気を遣わせてしまうかもしれないと不安になり、あえて黙っていた。


 ある日を境に、恋人がおかしなことを言うようになった。

「そっちの世界に、行きたいな」

「こっちは寒くて嫌だ」

「なんでこんなに血だらけなの?」

「痛いよ、痛いよ」

 毎日、毎日、私に問いかけてくる。

 私にもわからない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る