23話 旅立ち①


 魔法学校が崩壊した後、生徒達はナンデモヤルキからキャンプセットをもらい、魔法学校再建までそれを寮として活用し生活することとなっていた。


野球ゲームが終了し4時間後、雑魚な精霊フィオはユリ一行とエデン一行の天幕へ様子を見にお邪魔した。


その天幕は混沌とした状態となっていた。


「うわあああああ俺の服はあるか!?あ、あった…良かった…風だ!?うわああああああ!?」


「にゃー、にゃー。」


毛布にくるまったボドーが一定間隔で癇癪を起こすため猫アルマが顔を舐め一生懸命宥めている。公然で全裸にされた心の傷はだいぶ深いようだ。


--俺はあと少しで飛べた…飛べたはずなんだ…へっくしゅん!


--くそぅぅぅこの度もしくじってしまったか!あのイソギンチャクが!しぶとさだけはゴキブリ級だな!


暖炉の前ではモンペンの羽がないため、モンペンとペン子が兄弟のように寄り添っていた。


「エデンハ…ワタシガ…ダ、ダイスキ…」


「あんなの酔いで口が滑っただけ!滑っただけなんだから!ちくしょおおおお!」


壊れたマイの隣でシロナが悔しそうにハンカチを噛む。咥えているハンカチは引きちぎられんばかりである。


そして、勇者一行のリーダー勇者エデンは簡易トイレの入り口前でうつ伏せに倒れていた。9回裏にて本格的な魔王の物真似をしていたことは全く記憶にないらしい。


「おぶええぇぇえ…気持ち悪い…頭がガンガンする…なにこれ、なんの状態異常…?」


「ただの二日酔いだろ。無様だな、勇者。」


「思いっきり戻してた君も十分無様だと思うけど…。」


すっきりしたユーキがトイレから出てくる。入れ替わりにエデンが這いながらトイレに入っていった。


フィオは天幕の隅で狂ったように首を振っているユリの元に向かった。


『あうぅぅぅぅ!金貨50万枚!?5・0・万・枚ーーー!?いぎゃあああ生きてる間に返せる額じゃないです!このまま返せなかったらこの学校から永久に出られなくなっちゃったりするのでしょうか!?それとも体で返せとか言われちゃったりして!?』


「それはない。」


ユーキにピシャリと言われユリは『わああああん!』と盛大に泣き始めた。「必ず阻止するから」と続いた言葉は聞こえなかったようだ。


そこにスッキリとした顔のエデンが近寄ってきた。


「ユリちゃん元気だね。ちなみに借金は起きてすぐ返しといたから大丈夫だよ。」


『わああああああああん!……え?』


泣き喚いていたユリが豆鉄砲を食らった鳩のようにエデンを見た。


『エデンさんが借金を返してくれてたんですか?勝ったのになんで?』


「勝ったけど君達のものは僕のものだからね。君達の借金は僕のものだよ。」


エデンは勝っても負けても借金を請け負うつもりだったようだ。エデンの魔王理論にユリはなお呆気に取られていた。


『じゃ、じゃあ、なんで野球ゲームに乗ったんですか!?』


「単純に君達と野球がしたかっただけだよ。」


『な、なんですかそりゃぁぁ…』


ユリはしなしなと地面に這いつくばった。



 慢性貧乏なユリ一行と対照に、エデン一行は勇者として人々や魔物を助けて回っているせいか、実は慢性的に金に着いて回られる神がかった金運を持っていたのだった。


とはいえ、金貨50万枚(50億円)という大金は当初エデンにも持ち得なかった。しかし、エデンが全財産を校長バルバトスに明け渡した瞬間、珍しい宝石でできた隕石がエデンの周囲に降り注ぐ、『終末の剣』で抉った大穴からお宝ダンジョンが見つかる、どこからともなく颯爽と魔物がやってきて大金を置いて去っていく等の奇怪な現象が続け様に起こり、エデンは金貨50万枚をその場で見事に完済したのだった。


「彼女達は僕の大切な友人だよ。借金なんかで独占しようだなんて許さないから。」


エデンはバルバトスに言い放ったという。



 次の日、フィオはバルバトスと共にユリ一行とエデン一行の出発を見送ることとなった。


「もう行くのか?」


『はい、十分勉強させて頂きました。これ以上迷惑をかける前に旅に戻りたいと思います。』


「お前はおかしなことを言うな。手間は非常に掛かるとは思っていたが迷惑とは一度も思っていなかったさ。」


『それ一緒じゃ?』


「全く違う。また来るがいい。今度は人間の姿で堂々とな。」


ユリは嬉しそうに笑った。その後、二つの一行は歩みを止めずに別々の方向へ去っていった。


二つの一行の姿が見えなくなった時、フィオはつい涙が溢れそうになり衣服を強く握った。本当はもっと一緒に遊びたかった。でもここに留まることはユリ達の生き方ではない。彼女達がいた時が大変賑やかだっただけにいなくなると寂しさをより感じてしまう。


「…生徒達の声はお前に届いていたか?」


バルバトスに唐突に聞かれ、フィオは静かに頷いた。自分の姿が未精霊で誰にも見えていなくても、自分には生徒達の様子はよく見えていた。自分の死後も父バルバトスは頻繁にイベントを開催し、怒声、悲鳴、笑い声でとても賑やかな学校生活を見せてくれていた。なんとしてでも精霊になり自分もそこに加わりたい。そう強く思う程に。


「そうか、大成功だな。」


バルバトスが頭を優しく撫でてくれる。無骨で暖かい父の手だった。20年前と少しも変わらない懐かしい感触だった。


「フィオ、20年間よく頑張ったな。これからはたくさん話そう。共に鮮やかな景色を見よう。毎日馬鹿げたイベントをして、たくさん遊んで、有限な時を楽しく過ごそう。」


『仕事しろ』


フィオはメモを見せ、泣きながら笑った。



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