15話 魔法薬学の授業

 次の日、ユリ達低級クラスは魔法薬学の授業を受けることになっていた。


教壇に魔法薬学担当の獣人族セリアンスロープの女性が立つ。


「皆さんはじめまして。私は魔法薬学の教師をしています、エレナと申します。よろしくお願いいたします。」


小ぶりな身長に猫耳。口調は固く殺伐とした印象である。


「本日は魔力回復薬を作ります。各自、夜光草は用意していますね。それを浄化された水に入れ魔力を一定に込めながら薬壺で煮て下さい。緑色の液体になったら成功です。」


早速演習に取り掛かる。まずは夜光草スライムをエデン達と半等分する。


「ユリちゃん、そっち持って。」


『あ、はい。え、今なんて!?』


にょーん ぶっちん


『はう!』とスライムより悲鳴が聞こえた。気のせいだろう。


他の生徒達からも夜光草を分けてほしいと声がかかる。このスライムは迷いの森の夜光草を食べ尽くしてしまっていた。用意できなかった生徒は多いようだ。


了承し、スライムの一部を分け与えていく。


ぶち ぶちぶちぶちぶちぶち


『はう…や…やめ…ぼくの…ぼくのからだ…』


スライムから切ない声が聞こえた。気のせいと思うことにした。



 ユリは指示通り夜光草スライムの一部を魔力を一定に保ちながら薬壺で煮る。


器用なことにピンクの薬×20ができた。


『ユーキ、緑じゃないけどたぶん魔力回復薬です。どうぞ試飲してみてください。』


「断る。」


『ちぇ』っと諦める。ではこの20本の怪しいオクスリをどうしたらいいのか。指示された通りにやったはずなのに、器用すぎるというのもなかなかに困りものだ。


「そこの2人、どうしましたか?」


エレナ先生が異常に気づき険しい表情で近寄ってくる。怪しいクスリを作ったと叱られるかもしれない。


慌てて隠そうとした際に一本の薬瓶が倒れピンクの液体が出てしまった。


エレナ先生が「ぐっ」と呻く。


「ふにゃ〜!こんなものをよういするらんて…。このてーどでぇ…わたしがぁくっするとおもうな〜!」


床にゴロゴロと転がるエレナ先生。顔が赤く呂律が回っていない。


『せ、せんせ、どうしたんですか!?このピンクの薬は一体なんなんですか!?』


「またたびのえき〜れす〜。」


『またたび!?』と、驚いた拍子にまた一本の薬が倒れ、器用なことにまたたび液×19がドミノのように全て倒れた。


教室いっぱいにまたたびの匂いが充満する。


「ふにゃ〜」


エレナ先生はもうだめだった。殺伐さはカケラも無くただにゃんにゃんとし続けている。


そこに白い猫アルマも誘き寄せられる。


「ふにゃ〜」


教室に入ったアルマは一瞬で泥酔した。自分もおくすり作りたいと薬壺に手をかけた。


不器用なことに火薬×99ができた。



 その頃、勇者一行の剣士マイは魔力回復薬作りに苦戦していた。魔力が定まらないせいか薬液からはコポコポと細い泡が立ってしまう。


「ううむ…魔力を一定に保つというのはなかなか難しいな。」


「ねぇ、マイ、人を好きになるってどういう感じ?」


「ぴ!?」


隣で同様に煮ているエデンに突如問われる。何故よりによって演習中に聞くのかについては、エデンだものとしか言いようがない。だが、それはあまり触れられたくない話題だった。


「そ、そうだなー!好きになるというのはこう、その人を見た時にうわっと燃えるような感じじゃないかな!」


「うわっと燃えるような感じってどんな感じ?マイは好きな人いたことあるの?」


「す、すすすすきな人!?そそそそれはだな…」


エデンに訝しげに見つめられ頭がパニックを起こす。それを現すようにマイの薬液は沸騰しまくっていた。


「…マイ、本当に伝えなくていいのか?このままじゃ後悔するんじゃないか?」


「ボドー君!?シーー!」


ボドーを制止するも時すでに遅し。エデンがさらに神妙な顔つきになる。


「マイ、僕に伝えたいことって何?好きって感情と何か関係があるの?」


「ち、違うんだ!私はただ…」


胸が痛む。だが、本心は言わないと以前から決めている。多くの人間と魔物の期待を背負うエデンには様々な支えが必要だ。


「…私はただ、支えたいだけだ。お前は、大切な、仲間だからっ…」


声が震えた気がした。はぐらかすように「それだけだ」と精一杯笑いかけた。


「うわっ」


エデンの薬壺より火の手が上がる。


教室は爆発した。



 その後、バルバトスの校長室にて。

ユリは爆発を看過したことについて反省文を書かされていた。


「お前のおかげで仕事をする羽目になったぞ。どうしてくれるんだ。」


バルバトスが非常にだるそうにため息を吐く。


『…なんで、私だけ?』


「お前が連中のフォローを怠ったから起きた爆発だろう。」


『別に私だけが悪い訳じゃないです。アルマさんやエデンさんが不器用であることも問題だと思います。』


「なら聞くが、あの不器用な連中をどう変えられる?器用なお前が変わり連中を手助けしてやった方が手間はないと思わないか?」


その通りではある。苦し紛れに『ペン』と吐き捨てた。


「…やれやれ、手間がかかるところも、こう素直に話を聞かないところも、お前はフィオにそっくりだな。」


『え、校長はフィオのことを知っているんですか?』


「当然だ。フィオは私の娘だからな。」


『!』


言われてみると、写真で見たフィオはどことなくバルバトスの面影がある。二人は親子だったらしい。


「フィオはな、お前のように魔力があるが魔法の才能のない器用な雑魚だったんだ。病に侵され20年ほど前に死んでしまったがな。」


バルバトスは懐かしげに話す。瞳が寂しげな色を含んでいた。考えずにはいられなかった。バルバトスが魔法学校の時間を止めた訳を。


いや、きっと、バルバトスはフィオと少しでも一緒にいたくて時を止めたのだろう。だが、すでに病に蝕まれていた体だ。時を止めたことで延命はできても死ぬことは避けられなかった。大切な娘が死んだ後、父親は何を思って魔法学校の時間を止めたままとしているのだろう。


『なんで校長はフィオが亡くなった後も魔法学校の時を止めてるんですか?』


「フィオは頑張り屋だからな。今もどこかで頑張ってる気がするんだ。何年でも、何十年でも、私はあいつを待ち続けなければならない。」


まるでバルバトスの時間も止まっているようだと思った。


フィオが精霊になろうとしているのはバルバトスのためなのだろう。


時の止まった学校で何十年も娘の帰りを待ち続けるバルバトス。精霊になれない未精霊フィオ。


お互いがお互いを想い合っているのにいつまでも再会できない。まるで悲劇だ。


『はい、校長、書き終えました。』


「うむ、もう手間をかけさせるなよ。」


一礼して校長室を退室する。やらなければならないことがあった。


この不思議で楽しい魔法学校の出来事を。この娘想いな父親と頑張り屋な娘の物語を。


悲劇と呼ばせないために。

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