12話 迷いの森①-喧嘩勃発-

 ある日の夕方、ユリは寮の共同スペースにあるナンデモヤルキの前で悩んでいた。


明日、ユリ達低級クラスでは魔法薬学の講義がある。その講義では魔法の薬を作るために『夜光草』という魔力が蓄えられている草を持参しなければいけなかった。夜光草は夜間に光を放つ草である。暗くなった頃、エデン達と学校の敷地内にある『迷いの森』へ探しに行く約束をしていた。


問題は行く前にユーキが酒を飲もうとしていることである。岩盤浴上がりに飲みたいからと自分に持ってくるように言ったのだ。


(頼まれたのは嬉しいけど、毎日は飲み過ぎじゃないでしょうか。それに、迷いの森にアルコールの入った状態で行くのはまずいですよね。)


ナンデモヤルキには『何でも言ってみろ』との張り紙が貼られている。


『アルコールの入ってないビールをください。』


上から缶が降ってきて器用にキャッチする。ノンアルコールらしいが見た目はビールと一緒だ。ユリはそれを持って部屋に戻った。


部屋には岩盤浴を堪能しシャワーを終えたユーキが上機嫌でいた。


『ユーキ、ビールもらってきました。』


「ありがとな。」


ユーキがビールを煽る。


バシューーーー!


ビール缶は一握りで潰された。中身が一気に吹きこぼれる。


『ユ、ユーキ、どうかしましたか?』


「……。」


返答はない。相当怒っているのか缶を握り潰した手は血管がバキバキに浮き上がっている。


まさか一口でアルコールが入ってないことに気づかれたのだろうか。馬鹿な。味も見た目も同じはずだ。しかし、怒っている様子を見るとバレてしまったことには違いないだろう。


『す、すみません…悪気があった訳ではないんです…。でも、さすがに迷いの森に行く前に飲むのは良くないかと…。』


「……。」


『あ、あの、無視されると悲しいです。あ、何か喋ってください。ユーキ、ユーキ…!』


こうして、ユリはユーキと喧嘩したまま迷いの森へ行くこととなる。



 約束の時間になり、迷いの森の入り口にユリ達と勇者一行は集合した。助っ人としてグレイとシロナも来てくれていた。


グレイが「提案がある」と言い出す。


「迷いの森は広大だ。2つのチームに分かれて動いた方が逸れる心配はないし効率も良いと思う。メンバーは公平にくじで決めようぜ。」


グレイが箱に数枚の紙を入れ、それぞれに掴ませた。


Aチーム:エデン、シロナ

Bチーム:グレイ、ユリ、ユーキ、マイ、ボドー


『あれ、公平にしては人数に差があるような?』


「くじだからな。そういうこともあるさ。」


疑問はあったがとりあえず0時にこの入り口で集合することととし、二つのチームはそれぞれの方角に向かって進んでいった。



 Aチームにて。シロナはエデンの隣を歩いていた。森はうっそりと暗い。そして虫が多かった。電撃を纏い周囲の虫へ威嚇する。


「クソが…エデン様の血を一滴でも吸ってみなさい…仲間もろともなぶり殺してあげるわ…。」


「どうしたの、シロナちゃん。怖い顔してるよ。虫苦手?」


瞬時にエデン専用のうるうると涙を浮かべた表情に切り替える。


「はい、そうなんですの〜。小さい頃おっきな虫に刺されたことがありまして、それで〜。」


「ふーん。そうなんだ。」


エデンが険しい顔で考え込む。


虫を怖がるいたいけな美少女。好印象を与えることができたか、それとも逆か。なんとなく後者である気がした。


「そ、そんなことはどうでも良いじゃないですか!それより、結構森の奥まで来たと思うのですけどなかなか夜光草見つかりませんね!あ、もしかすると夜光草は魔力が濃縮されている植物だから魔物が食べてしまったのかも!」


焦りのせいか早口となる。エデンからは相槌も何もない。前を向いたままひたすらに喋った。


「そ、そういえば、夜光草って味はミントみたいに爽快な味がするらしいですよ!食材の味付けにも使えて大変便利なんです!でもなかなか希少なものなので、もし旅先で見つけたら詰んどいた方がいいですよ!私のところに持ってきてくださったら薬膳料理にしてご馳走いたしますわ!」


自分が一番可愛いと思う笑顔をつくり、横を見る。エデンの姿はなかった。


「へ?」


シロナはこの広い森の中エデンと逸れてしまったのだった。



 Bチームにて。ユリはグレイ、ユーキ、マイ、ボドーと共に夜光草を探しながら森の中を進んでいた。


喧嘩中のユーキとは気まずい空気があり自然と距離が空いてしまう。仲直りしたいけどタイミングがわからない。そんなユリの元にグレイが近づく。


「それでユリ、お前何でペンギンの姿をしているんだ?」


『え、わかるんですか!?』


「みくびってもらっては困るな。俺は上級の魔法使いだ。相手の魔力を観察するくらいできるさ。その異様な魔力SSはお前だ。」


ここまで見透かされては誤魔化すことはできそうにない。観念しグレイにどうしても入学したくてユーキの使い魔に変身していることを伝えた。


ついでに卵になった不思議な少女のことも相談してみた。


「…ユリ、お前、なんで俺にそれをすぐに言わないんだよ。」


『え…ふぎゅ!?』


「何だそのゲーム展開はああ!不思議な少女の謎解きゲーだろう!?さいっっこうに楽しそうじゃねぇか!」


ユリは頭を掴みあげられる。グレイの顔は新しいゲームを見つけた少年のような輝きに満ちていた。


「こんなことしてる場合じゃねぇ!ユリ、調べに行こうぜ、今すぐに!」


『え、夜光草は…』


「どうでもいい!そこらに生えてる雑草でも持っていけ!」


『え、待ってくださいグレイさん!私はどうでも良くないぃぃぃ!!』


『転移』


ジタバタと抵抗したが雑魚がグレイに敵うはずもない。ユリはグレイと共に夜の魔法学校に転移していった。



「ユリ?」


 ユーキは周囲を見渡す。ユリとグレイの姿が見当たらない。どうやら逸れてしまったらしい。


ついでに、もう少しで見失いそうになる程先にいるマイと、もう少しで見失いそうになる程後ろにいるボドーに気づく。


ユーキは重く息を吐いた。

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