11話 賞品②-猫部屋-
19時になり、ユリはユーキと共に魔法学校の一室『猫部屋』に向かった。その部屋の前には勇者一行のリーダーエデンが当たり前のように待機していた。
「待ってたよ。じゃ、行こっか。」
エデンはそう言い猫部屋に入っていった。
何故イベントに参加した訳でも勝った訳でもないエデンがここにいるのか、状況がわからないが天然勇者の思考を読もうとすることほど無謀なことはない。黙ってその後ろに続いた。
猫部屋はゆったりとした音楽が流れ薄暗い照明の下にベッドが3つ並んでいた。店主である白黒のぶち猫、ぶちねこ店長がこの部屋の説明をする。
「なーなーなーなー、なおなおなお。」
バルバトスから2時間のマッサージの予約を承った。猫部屋では3つの選択肢の中から好みのマッサージを選ぶことになるとのこと。つまり猫部屋とは猫によるマッサージのお店だったのである。
『え、猫さんがマッサージしてくれるんですか?すごい、楽しそうです!』
心を躍らせるユリにマッサージのメニューが渡される。
1.手揉みにゃんにゃん
2.電気にゃんにゃん
3.オイルにゃんにゃん
『それでは1の手揉みにゃんにゃんをお願いします。』
ベッドに横になったユリの前に最強の魔法使いアルマが「にゃんにゃん」と転移してくる。
『え、アルマさんが何故ここに?まさか手揉みにゃんにゃんってアルマさんがするんですか!?だ、大丈夫なんですか!?』
アルマが最近バイト始めただけだから大丈夫、とにゃあにゃあ答える。人一倍不器用なアルマによるマッサージ。一層不安になった。
ユリのペンギンの背中をアルマが肉球でマッサージしてくれる。
ふにふにふにふに ガリ゛
アルマが汗をかきながら、力加減いかがですか?と気遣ってくれる。
『…イイデスヨ。』
一生懸命やってくれるアルマに対し、そう答えるしかなかった。
揉むところが不器用なことにことごとく骨であることも、たまに爪が刺さって痛いことも。ユリは言わずに我慢し続けた。
◆
「いいなぁ。アルマに揉んでもらえて。」
かなり微妙は思いをしているユリを、エデンは羨ましがりながら見ていた。
ぶちねこ店長がエデンにメニューを渡す。
1.電気にゃんにゃん
2.電気にゃんにゃん
3.電気にゃんにゃん
「うーん、どれにしよう。」
1.電気にゃんにゃん
2.電気にゃんにゃん
3.電気にゃんにゃん
「それじゃ、2の電気にゃんにゃんをお願いしようかな。」
店の奥から猫耳をつけたシロナが出てきた。
「お任せください!にゃんにゃん!なんちゃって…。」
「え、シロナちゃん?どうしてここに?」
「電気にゃんにゃん担当の猫が体調を崩してしまったようでお手伝いしてましたの。エデン様、どうぞ横になってください。」
エデンは「大変だね」と労い、ベッドにうつ伏せになる。
シロナが手に微弱な電流を纏いながら背中のツボを押さえる。その絶妙な力加減と電気刺激により筋肉の緊張がほぐれていく。
気持ちよさそうに目を閉じるエデン。かつてない好感触にシロナは内心ガッツポーズを決めた。
ここまでは計画通りである。エデンがマッサージを好きなのは兄グレイより聞いている。そこでシロナは以前より国一のマッサージ師から特訓を受けてきた。シロナは上質なマッサージでエデンの心をがっしりと掴むつもりなのだ。
ちなみに猫部屋の猫全ては魚で買収済みである。
「エデン様、だいぶこってるみたいですね。よろしければ毎日マッサージして差し上げましょうか?」
「え、有難いけどいいの?」
「エデン様の役に立てるなら喜んで!…あ、でも、異性の部屋に何度も出入りするのは、少し、恥ずかしいですね…。」
「イセイ?」
振り向いたエデンと目が合う。シロナは「なんちゃって…」とはにかんだ。
内心は勝利を叫んでいた。これは完璧に決まっただろうと。猫耳をつけここまで献身的な美少女にエデンは意識せずにはいられないだろうと。
「気遣ってくれてありがとう。でもそれならグレイに頼むから大丈夫だよ。」
シロナは一気に失意の底に落ちていった。
兄だ。またしても兄が足を掬いやがった。ああ、兄が憎い。何の苦労もせずにエデンに慕われる兄が憎い。自分なんかこんなに努力しても意識すらされないのに。
自然と電流が強くなり、エデンが「あ゛ぁぁぁ!」と叫び声をあげる。
シロナには知る由もない。エデンは意識しない故に距離が近い男。意識したからこそ距離を保とうとしたのである。
◆
その隣のベッドにて。ぶちねこ店長はユーキにオイルにゃんにゃんの施術を行っていた。アロマオイルによるマッサージである。
ぶちねこ店長の表情は非常に険しいものであった。
頑固なコリを長期間放置した故か、この男、体が岩のように硬いのだ。本来であれば痛気持ちいい程度の力加減でやりたかったが、お客様に満足していただくためにも手段は選んでいられない。
「なー!」
『身体強化』の魔法を唱える。
ぼん!
ぶちねこ店長はぷちっとした猫の姿から筋肉で膨れた10頭身の姿に変貌する。
「フシュウウゥゥ…。」
束の間精神統一した後、カッと開眼し硬質な肉球を全力で動かす。背中のリンパ節への刺激である。
ゴリュゴリュゴリュゴリュゴリュゴリュ!
男は微動だにしない。この力であれば痛みのあまり悶絶してもおかしくないはず。この男は痛みも感じないほどにコリ固まっているというのか。
手堅いが徐々に筋肉がほぐされてきているのがわかる。この調子ならば満足していただくことができるであろう。
しかし、それは早計であった。
「肩をやってほしい。」
男の要望通り肩に触れた時、肉球から全身へ戦慄が走った。
その肩はまるで鋼だった。姿勢の悪さ、筋肉の過剰使用からきているものである。
鋼だろうが宝石だろうが諦める訳にはいかない。裏メニューポキポキにゃんにゃんを使う時である。
「フシュウウウウ!!」
気合いを溜め、男の頭を左右に捻る。首周りの矯正である。
ボギ!! ゴギン!!
次に男の両手を固定し肩を上方に一気に引き寄せる。肩甲骨剥がしである。
バギバギバギバギバギ!!
肩の鋼が砕けた感触を掴む。
肩は割れた鋼が散開し先ほどの強度はない。オイルマッサージを再開し、コリを丹念に潰していく。
マッサージらしからぬ音に周囲は不安げに見守っていた。
2時間後。それぞれのマッサージが終了する。
『アルマサン、アリガトウゴザイマシタ。』
「シロナちゃん、ありがとう。今度はグレイにお願いするね。」
ユリとエデンがお礼をする。アルマはまたやるから呼んでね!と声をかけ、シロナは引き攣った顔で笑った。
ユーキが肩を回す。
「…楽になってる。」
「なー。」
「ありがとな。また頼む。」
ぶちねこ店長がユーキを見送る。精魂使い果たし倒れそうであったがお客様の前で姿勢は崩さない。それがぶちねこ店長であった。
ぶちねこ店長はこれからも猫部屋で働き続けるのだった。
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