10話 バルバトスイベント②

 その日の夕方、校内放送が流れる。


『これよりイベントを始める。使い魔を持つ者はグランドに集合したまえ。』


バルバトス校長のイベントだ。今回は何だろう。ペンギンのユリは参加するべくユーキと共にグランドに向かった。



 グランドの地面には大きく円が描かれており、その中に使い魔の魔物達が集まってきていた。


空中に校長バルバトスが浮いている。開始まで時間がある。せっかくだから以前からの疑問を聞いてみることにした。


『バルバトス校長、イベントばかりしてお仕事は大丈夫なんですか?』


「何故私が仕事をしなければならないんだ。」


『あははは』と愛想笑いをしながら言葉の続きを待つ。バルバトスは何も言わない。


(え、終わり?冗談だって言わないんですか?)


疑問解消どころかバルバトスに対する疑問と疑念が次々に生まれていく。


謎の校長に疑惑の眼差しを向けていると、哀愁を漂わせながら円の中に入ってきた男がいた。アヴァロンの王子グレイである。


(え、グレイさん?これは魔物のイベントですよ?どうしてここに?)


さすがのバルバトスも「ほう、どうするかな」とグレイを見つめる。


「校長、構う必要はありません。それは私の犬です。ほら犬、返事なさい。」


シロナに促され、グレイは「わん」と応えた。


「犬か。いいだろう。イベントの参加を認める。」


バルバトスはあっさり許可する。グレイは救いを求めるようにもう一度「わん」と鳴いた。しかし、手を差し伸べてくれる者は誰もいなかった。



 しばらくして、イベントが始まる時刻となる。イベントに参加する魔物達は合計30匹程いるようだ。


『防壁』


地面に描かれた円をなぞるように魔法の防壁が現れ、ユリは使い魔達と共に防壁の中に閉じ込められる。


「今よりこの防壁の中に一匹の魔物を召喚する。30分間それから生き延びてみせろ。攻撃は禁じる。」


(え、攻撃せずに生き延びる!?私には無理じゃないですか!)


雑魚なユリには逃げる力はない。対し周囲は素早さそうな魔物ばかりである。


「先に言っておく。私は誰にでも勝つ可能性を与える。よく考えて行動するんだな。では、健闘を祈る。」


防壁内に召喚の魔法陣が光る。防壁で囲うなんてどんな危険な魔物かわからない。ユリと魔物達は身構える。


ぽんっ


召喚されたのは『リップ』という大きな唇に手足が生えた魔物であった。体の大きさはペンギンのユリと同じくらいだろう。弱そうな見た目にひとまず安堵した。


魔物達はリップから距離を置こうと走る。


リップはそれを大きく上回る素早さで一匹の魔物の顔に飛びついた。


ぶっちゅうううう〜っ!!


その魔物は「ギュゥゥゥ」とジタバタともがいた後、脱力し倒れた。ユリと魔物達は蒼白になる。


バルバトスが「言い忘れていた」と補足する。


「そいつのキスには麻痺の効果がある。気をつけろ。そいつはキス魔だ。」


「「「ギャアアアアアアアアアア!!」」」


たちまちに防壁内は阿鼻叫喚の地獄と化する。魔物達が泣き叫びながら逃げ惑うもリップは魔物達を捕まえては熱い口付けを交わし次々に行動不能にしていった。


グレイが必死に防壁を叩く。


「棄権する!出してくれ!俺は魔物じゃない!そこのシロナの兄なんだ!」


「そうなのか?」


バルバトスがシロナに確認する。


「いえ、私に兄などいません。それは犬です。」


「そうか。ならば却下だ。」


絶望の表情を浮かべるグレイにリップが飛びかかった。


ぶっちゅうううう〜っ!!


「んぐううううううう!!」


ユリは防壁の隅でガクガクと震えながらグレイがやられるのをただ見ていた。自分より屈強なグレイや魔物達が倒されていく。


半数がやられた時、ユリは逃げるのを諦めころんとその場に転がった。逃げ場のない雑魚にできる唯一の手段、死んだふりである。


軽快な動きと巧みな口付けにより順調に魔物達を行動不能にするリップ。気がついたらユリが最後の一匹となっていた。


次は自分の番だ。泣きながら手で口元を隠した。


しかし、リップは周囲を見渡してばかりで襲いかかってこない。まるでここにいるのに気づいていないようである。


その時バルバトスの意図を悟る。


リップは大きな唇に手足が生えた魔物、目と耳がないのである。そのため、地面に伝わる振動を頼りに行動しているのだ。つまり動かなければこの魔物に気づかれることはない。バルバトスの言う誰にでも勝つ可能性があるとはそういうことだったのである。


ポタ


無情にも、地面に涙が一つ落ちてしまった。リップが凄まじい勢いで振り向く。ユリは絶望した。


ドン!


離れたところで一際大きい音と振動が鳴る。ユーキがリップを引きつけようと防壁を叩いてくれたようだ。


リップはすぐに音のした方へ跳躍した。


「おっと。30分経ったようだな。」


バルバトスが防壁を解除する。リップとユーキを分け隔てていた壁が消失した。


『「あ。」』


ユリはサッと顔を背けた。


ぶっちゅうううう〜っ!!


「@#/&¥$€%ーーーッ!!」


「勝者、ユーキペア!」


バルバトスが花吹雪を起こす。リップは満足したように舌舐めずりをし姿を消した。


『わぁぁぁユーキ!怖かったですぅぅーー!本当に怖かったですぅぅーー!』


ユリは麻痺で地面に突っ伏しているユーキへ一方的に自分の思いを訴える。ユーキからは「そうか…」と地を這うような声が出た。


周囲の生徒達は「主が魔物を身を挺して守ったぞ!?」「あれを自分から引き受けるなんてすげぇ男だ!」と感動の拍手をしながら褒めちぎる。しかし、勝者であるはずのユーキから漂う空気は悲愴そのものだった。


『それで賞品は何ですか?』


うきうきしながら尋ねるユリに、ユーキより「お前…」と低い声が出る。


「今日の19時に猫部屋に来たまえ。」


バルバトスは無表情で笑いながら転移していった。

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