8話 部屋飲み②-蟹の刺身-
ユーキの部屋にて、ユリは10パイの毛蟹達と対峙した。
調理するべくナイフを構えた時、1パイの蟹がハサミを掲げながら進み出てくる。
「キシャー!」
『へぇ、良い覚悟ですね。臨むところです!』
しばらくナイフとハサミで渡り合う。10合程打ち合った時、蟹が素早くカニ歩きをする。さらに10合。決着はつかない。かつてない好敵手にユリの息が切れる。疲れた腕で振るったひょろひょろナイフを豪傑なハサミが挟み捕らえる。
『あっ…!?ナイフが動かない…!?は、はなしてください!』
キシャーと蟹は泡く。勝負の行方はユリの敗退で決しようとしていた。
メキャッ
飛び散る蟹味噌。蟹の甲羅を拳で粉砕したのはユーキであった。蟹はぐったりと動かなくなる。
メキャッ メキャッ メキャッ メキャッ
ユーキは全ての蟹の甲羅を潰した。
「これで調理できるな。期待している。」
『あああありがとうございます…。』
無機質な様子に恐怖を感じたユリは顔に蟹味噌を付着させたまま速攻で調理をするのだった。
ユリは蟹の足を切り落とした後、器用SSの手で茹でられていない蟹足から身だけを綺麗に離した。酢を入れた氷水に浸けると身がふわっと花開く。蟹の刺身である。
「か、蟹の身を無傷で離すだと!?そんなことが可能なのか!?」
マイが驚愕する。ユーキはすぐさま蟹の刺身を口に運んだ。
◆
茹でた蟹なら食べたことはある。だが、蟹の刺身はそれを遥かに凌駕する味だった。
蟹の風味は茹でるよりも濃く残り、繊維、粘り、弾力等蟹の身そのものの歯ごたえを楽しむことができた。噛む度に口の中に蟹本来の新鮮な旨味が弾ける。
旨味が残っている間に、キンキンに冷えた
◆
ユーキがビールを一気した後目元を抑え押し黙る。どうしたのだろうか。
ユリは蟹の刺身の他、砕けた蟹の甲羅を補修し内臓を調味料と混ぜて焼いてみる。黄土色の滑らかな蟹味噌ができた。
大人組は酒を、ユリは炭酸ジュースを飲みながら高級カニ料理を満喫した。
一時間後、大人組は蟹味噌を食べ終えた甲羅でなお熱燗を飲みまくった。そして、変なテンションに仕上がった。
もふもふもふもふもふ
「あはははははははっ!君はほんっとーにもふもふで気持ちいいな!まるでユリの癖毛のようだ!」
『わああああああ!誰か助けてくださいー!』
酔っ払ったマイが心理戦をけしかけながら猛烈にもふってくる。助けてもらいたくてユーキを見ると酒に弱いくせに余程飲んだのかビール瓶を抱いたまま寝ていた。ボドーは蟹の足をちゅうちゅうと一心不乱に吸っている。
「大丈夫かい?」
エデンがマイから救助してくれる。マイはボドーの方へ移動し体を揉みまくる。エデンは浴びる程酒を飲んだはずなのに普段と変わらない。相変わらず酒には強いようだ。
『エデンさん、ありがとうございます…助かりました。』
「ねぇ、君、僕と会ったことある?」
『え!?あああああ会ったことないですよ!気のせいじゃないでしょうか!?』
「そうかなー?なんかこの雑魚な感じ、どっかでみたことある気がするんだけどなー?」
エデンが訝しげに見てくる。天然勇者のくせに変に鋭い。油断できない相手である。
『そ、そんなことよりもエデンさんの冒険の話聞きたいです!』
「え?いいけど…。」
その後、一同は日が昇るまで談笑した。
ユリが布団の上で目を覚ました時、時刻は既に昼過ぎとなっていた。今日は講義が休みであるため急ぐ必要はない。勇者一行の姿はなく、自分の部屋に寝に帰ったようだ。
なんとなく自分の足元にある卵を揺らす。先日の、少女だった卵である。
卵を見ると温めたくなるのはペンギンの本能なのだろうか。触れる度に魔力がごっそり持っていかれる感覚がするが特に苦ではない。魔力量だけは人一倍優秀だ。
それにしても一体少女は何者なのだろう。そして、卵になってしまったがどうしたら孵ることができるのだろう。
考えながら周囲を見るとユーキがすでに起きておりこちらを見つめていた。
『あ、ユーキ、おはようございます。』
「……。」
ユーキが無言のまま指を差す。
指の先は自分の足元にある卵を指していた。見つかってしまったらしい。
『す、すぐに言わずすみません。(少女が卵になったことを)言い出すタイミングを見失ってしまってたんです。』
「…いつからできていた?」
『つい先日です。』
「……短期間でできるものなのか?というかお前はこの学校にいる間、ペンギンだったはずだ。」
『そうですよ。』
「………ペンギンのお前を誰が?」
『え、(私を女の子の方に投げてくれたのは)ユーキですよ。まさか覚えてないんですか?』
「…………そ、そうか…すまん、少し寝ぼけていた。」
ユーキの顔色が悪い。二日酔いだろうか。
『それでこれからのことなのですが…』
「色々と不安もあるだろう。思ったことはなんでも言え。俺も共に考えよう。」
『ありがとうございます。まずは女の子が卵になる現象について調べてみたいです。』
「そうだな。まずは………は?」
ユーキの時が止まる。ユリは不思議な少女のことを一から説明した。
『ということで、今日はせっかくの休日ですし学校の図書室でのんびり調べてみませんか?』
「そーだな。」
『あれ、どこに行くんですか?図書室はそっちじゃないですよ?』
ユーキは「ソーダナ」と言い岩盤浴に消える。そして、そのせっかくの休日をサウナとクールダウンの往復で潰したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます