6話 部屋飲み①-ゴリアテの肝醤油-

 寮の部屋に帰る道中。


ユリはユーキの肩に必死にしがみついていた。ユーキはバルバトス校長からもらった魚ゴリアテ達が生きている間に部屋に戻りたいようだ。その歩行速度は『風の守り』による風の力も活用し普段の数倍の速さになっている。


さっき習得したばかりなのに凄い。風の守りを完璧にマスターしている。


感心していると遠くの廊下に力なく座り込んでいる少女を見つける。年齢は10歳くらいだろうか。長い金髪で白いワンピースを着ていた。


不思議なことに生徒の誰もが弱っている少女の前を素通りしていた。まるで見えていないかのようだ。


少女の姿が消えかかる。


『え!?ユーキ、何も聞かずに私をあそこに向かって投げてください!』


ユリは指で場所を伝えた後ボールのように身を丸くする。ユーキが言われた通り指差された方角へと投げる。飛来しつつため息のような風の魔法で勢いを調整し消え入りそうな少女の元にたどり着いた。手を取った瞬間、魔力がごっそり持っていかれる。


『…あ…助けてくれてありがとう…。』


少女の姿が収束されていき小さな卵となった。


(卵!?何故卵!?)


前には少女だった卵。後ろには未だに何も聞かないで待っているユーキ。なんとなく見せたくなくてその卵を後ろ手に隠す。


『…見ました?』


「何を?」


『え、その白いワンピースの女の子とか…。』


「白いワンピース?そんな女いなかったが。」


どうやら生徒達同様ユーキにも少女の姿が見えていなかったようだ。何故自分にだけ見えたのだろう。


考え事をしていると、ユーキの手に持つゴリアテの一匹ががくっと息絶えてしまった。


『あ…。』


「……。」


ユーキが死んだ魚を無言で見つめる。


『…早く部屋に帰りましょう。』


「…そうだな。」




 寮の部屋にて。ユリはナイフでゴリアテを捌いてみる。ゴリアテは体の半分が肝でできており、たくさんの刺身と肝の姿造りを造ることができた。器用SSのせいか神経を損傷せずに捌け、ゴリアテは身と肝を失ってもぴちぴちと元気にヒレを動かしていた。


ユーキがピンク色の肝に醤油を溶く。刺身で肝醤油をくるみ口に含んだ。




 その味はかつて一度食べたカワハギの肝醤油の味によく似ていた。


一口でまろやかな旨味が口内中に炸裂する。濃厚な肝、淡白な白身、そして香ばしい醤油。それらが互いを邪魔することなく相乗効果を生み、究極の珍味へと仕上げている。手が勝手に動き、味の余韻が消えぬ口に爽快に泡立つビールが流し込まれる。




「ーーッ!!!!」


『ユーキ、あの、大丈夫ですか?』


ビールを一気に煽り唸るユーキ。


きっと珍しい表情をしているに違いない。ユリは下から覗き込もうとした。


ガチャッ

「お邪魔しまーす。」


突如部屋の鍵を開け侵入してきたのはエデン、マイ、ボドーら勇者一行だった。


『エ、エエエエデンさん達!?どどどどうして入れたんですか!?鍵は!?』


「え、友達だもん。合鍵くらい当たり前でしょ。」


エデンが当然のことのように言う。エデンの友達になると勝手に合鍵を作られるというのか。この勇者にプライバシーという概念はないようだ。


「今日はユーキの部屋でご馳走が食べられる気がしたんだ!」


マイは皿を持ってきている。今回も未来予知を授かったらしい。


「まさか、独り占めするつもりじゃないよな?トモダチダモンナ?」


ボドーは一見にこやかであるが目が笑っていない。ユリは恐怖のあまり断ることができなかった。



 ユリ達と勇者一行は皆でゴリアテの姿造りを食べることとなった。


「んーっおいしいっ!なんて濃厚な肝なんだ!」


マイが唸る。日本酒とゴリアテを往復する手が止まらない。


「あーあ、肝なくなっちゃった。身はまだあるんだけどな。ねぇ、誰か肝を分けてくれないかな?」


エデンが物欲しそうな顔で周りを見る。目を合わせる者は誰もいなかった。


「ジュルジュルジュル…ジュルルルルルルル…」


ボドーが身と肝を失ったゴリアテの体を名残惜しそうにしゃぶる。ゴリアテはびくんびくんと跳ねた。


みんなのゴリアテがなくなってきた頃、ユリはやっと自分の分を作り上げる。ユーキと勇者一行を唸らせる味とはどんなものなのか。ワクワクしながら肝醤油で食べてみた。


(うわっ…。)


ねっとりとした臭みが口いっぱいに広がり箸が止まる。苦手な味だった。


あたりに生温かい雰囲気が漂い始める。


「大丈夫か?俺が食べよう」とユーキ。


「無理をするな!私がなんとかしてやろう!」とマイ。


「つらいよな?俺が食べようか?」とボドー。


気遣ってくれる三人の視線が自分ではなくゴリアテに注がれている気がするのは気のせいだろう。


「いっただきます!」


そんな空気を全く読まずにエデンがゴリアテに手を伸ばす。すかさずユーキが「ガシッ!!」と腕を掴みそれを阻止した。


余程の力が加わっているのか、掴まれたエデンの腕がギリギリと鳴る。


「…何かなユーキ。まさか僕のゴリアテを横取りするつもり?」


「誰がお前のと言った。その魚は俺のものだ。」


「友達のものは僕のものなんだけど。」


ユーキとエデンの間に盛大な火花が弾ける。


「ま、まぁまぁ二人とも落ち着くんだ。このペンギン君がどうしたいかが大事だろう?ほら、教えてくれ。君はどうしたいんだ?」


マイが優しく聞いてくれる。ユリは思ったことを素直に告げることにした。


『生は苦手なので焼きたいです。』


「「「「は?」」」」


部屋の雰囲気が一瞬で氷点下まで下がった。



 その後、ユリはぐるぐる巻きに布で縛られ部屋の隅に転がされた。真っ暗な視界の中、四人の咀嚼音だけが聞こえたのだった。



⭐︎お酒が好きな方、カワハギの肝醤油食べてみてくださいね♪

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