3話 バルバトスイベント①


 次の日の午後、低級クラスは魔法の基礎講座を受けることとなっていた。ユリも使い魔としてユーキと同じ机で講座を受ける。基礎講座の担当教師はセレスティアである。


「成程、そう来ましたか。なかなか考えますね。」


セレスティアに好奇な目を向けられた気がしてユリは目を逸らす。まさか人間だと気づかれたのだろうか。


それ以上追求されることもなく、セレスティアの基礎講座が始まった。


「魔法とは魔法の構造理解を深めると共にその器となる体の鍛錬をすることで上達していくものなのです。まず魔法の構造理解についてですが」


子守唄のような美しい声色。なだらかな抑揚。低級クラスの誰もが寝始める。


(ぐ…!なんという睡眠魔法でしょう!でも、負けません!私は、私は必ず魔法を使えるようになってみせるッッッ!)


ユリは寝落ちしそうになったらペンを手の甲に突き立て抉った。それ程までに魔法が使いたかった。セレスティアの睡眠魔法を突破したユリは魔法を自由自在に使えるようになった。


『はっ!』


という夢だった。


講座終了の鐘が鳴る。いつのまにか目の前に黒いブレスレットが一つ置かれていた。


「はい、皆様お疲れ様でした。その黒いブレスレットは魔力を鍛えるのに優れた魔道具です。在学中はできるだけ装着してくださいね。」


寝起きのユーキがそれをつけ、顔を顰める。


『どうですか?』


「…魔力を強制的に吸い出される気持ち悪さがあるな。そのうち慣れるだろ。」


みると、ブレスレットを着けている誰もがだるそうだった。これをつけるだけでも相当な魔力の鍛錬になるようだ。



 その日の夕方、魔法学校中に放送が流れる。


『諸君。校長バルバトスだ。これよりイベントを始める。使い魔を持つ者はグラウンドに集合したまえ。』


ユリ達はイベントに参加してみることにした。


グラウンドには使い魔の魔物が30匹ほど位置についていた。


校長バルバトスが宙に浮きながらメガホンを構える。


「これより使い魔のレースを始める。200メートル先に王冠が見えるな。あれに先に触れた者が勝者だ。勝者には豪華賞品をやろう。」


(え!?イベントってレースだったんですか!?雑魚である私に勝ち目なんてないじゃないですか!)


周囲はドラゴン、ウルフ、タイガーなど足の速そうな魔物達ばかりだ。小さいペンギンのユリはその中で明らかに最弱だった。


「あれあんたのペンギン?ちっこ過ぎて俺のウルフの餌かと思ったぜ!」


「ぷっぷー!あなたって強そうに見えてあれくらいしか使役できない腑抜けなのね!」


案の定、ユーキが使い魔の主に絡まれる。ユーキは意に介した様子はない。


ユリは戦意を急上昇させた。彼と自分を嘲笑ったことを後悔させてやると。


不意に見知った人物が隣に立つ。


勇者一行の格闘家ボドーである。


(え!?ボドーさん!?何故ここに!?レースの対象は使い魔ですよ!?)


「よし!ボドー、がんばってよね!」


エデンが堂々と声援を送る。


バルバトスが手をあげる。


「それでは行くぞ。用意。」


人間であるはずのボドーがレースに並んでいることを誰も指摘しようとしない。ユリは疑問に思いながらも身構える。


「どんぶり。」


魔物全員が「グワァァァ!!」と雄叫びをあげながら飛び出し、「グワ」とがっかりした顔で位置に戻る。


使い魔の主達から「紛らわしいことするんじゃねぇ!」「つまんねーんだよ!」と野次が飛ぶ。


バルバトスは無表情のまま「はっはっはっ」と声を上げる。


「失敬した。用意、始め。」


魔物達は首を傾げる。しばらくしてから開始の合図がなされたと気づき慌てて走り出した。


無論、ユリがビリである。


(勝てない…!すみません、ユーキ!)


一匹の魔物が王冠に触れる瞬間、バルバトスが指を鳴らす。


周囲に強いニオイのする生肉が障害物として召喚された。魔物達とボドーは走るのをやめその肉に飛びついた。


学生達より「はめやがったな!?」「きたねーぞ!」と再び野次が飛ぶ。


「ん?私は全員に勝つ可能性を与えているのだが、何か?」


学生達はぐぅの音も出ない。バルバトスは魔物の個体の能力ではなく、大好物の肉に負けない魔物の知性、そして主との信頼関係が影響するレースを用意したのである。


「ボドー!お肉早く食べ終えて!ユーキに負けちゃう!」


エデンが必死に指示を送るが、ボドーは食べ終えては次の生肉に飛びつき走る様子はない。エデンとボドーの信頼関係とはその程度のものだったのだ。


そのように、生肉ゾーンから離れる魔物はいなかった。


ユリは『え?え?』と王冠に向かって一匹ぺちぺち走る。競争相手がいなかった。


半信半疑なまま王冠に触れた時、バルバトスが花吹雪を起こした。


「勝者、ユーキペア!」


ユリは花吹雪の中呆然とする。どうやら勝ってしまったようだ。


「あんたすげーな!」「躾上手!今度教えてー!」と、ユーキは手のひらを返したような周囲の賞賛を受ける。ユーキは虚無の表情だった。


『校長、豪華賞品とはなんですか?』


「自分の部屋に戻ってみたまえ。」


バルバトスは無表情で「はっはっはっ」と笑い、『転移』で姿を消した。



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