第36話 不安はそう簡単に払拭されない
「栞様」
「どうしたの?」
栞さんの側に立った大森さんが何か話しているようだが、小さな声で私には聞こえない。まあ聞かれたくないこともあるだろう。
気にせずまた違うアルバムを取る時、榎本くんと目が合って微笑まれてしまったので笑顔を返しておいた。それから榎本くんの写真を見る度に、だんだんと榎本くんに見守られてるこの状況が恥ずかしくなってきた。なんだこの状況……
「勝手に榎本くんの写真見てごめんね……」
「ん? いいよ。むしろ小松さんに見てもらえて嬉しい。どう? 可愛い?」
「あ、可愛いです……」
「なら良かった」
うぅ……なんだこれなんだこれ。なんでこんなに恥ずかしいの……
しばらくの間、謎に羞恥心と戦いながらアルバムを見続けた。
「……ごめんなさい、紗綾さん」
「え、何、どうしたの?」
そんな謎の戦いは、唐突に栞さんに謝罪をされたことで終わりを告げた。
しかし、謝罪を受けるようなことをされた記憶はないため首をひねる。
「私達、小さな時から日常的に写真を撮られていたの。父が記録として残しておきたいと言って、基本的に毎日」
「ま、毎日……!?」
今は中学2年だから、14歳なんだけど栞さん達は早生まれだから……少なくとも13年!? それを毎日!?
え、それが榎本家の普通? この世界ってそういうご家庭多いのどうなの?
考えるだけでくらくらしてきて、理解も追い付いてない。そんな私の様子に気づく様子もなく話は続く。
「それで、紗綾さんの写真も撮っていたみたいで、許可も取らずに撮影してしまったらしいの。ごめんなさいね」
「申し訳ございませんでした」
「あ、いや。頭を上げてください」
深々と頭を下げた大森さんと、いつの間にかその後ろにいた女性。おそらく彼女もお手伝いさんだろう。
「あの、ちなみになんですけど、写真って誰が撮ってたんですか?」
「私達で撮影しております」
「当番制で……?」
「はい」
思わず腑抜けた声が出そうなのを口を抑えることで阻止する。お手伝いさんが写真撮るんだ……へぇ……
理解が追い付かないのでこれは一旦置いといた方がいいやつだ。
「それで、無断で撮影した写真は削除した方がいいのだけど、その前に確認してもいいかしら」
「……確認?」
「ええ。素敵な写真もあるかもしれないから、最後に見ておきたいの。ダメかしら……」
栞さんが切なげな表情でこちらを見ている!
私の選択肢にはYESしか表示されていない!
「大丈夫です!」
「じゃあ紗綾さんも一緒に確認しましょう?」
そう言うとすぐにテーブルにノートパソコンが置かれた。準備がいい!
パソコンの画面が見れるよう、ふたりが私の隣に椅子を移動させて座った。きょ、距離が近いですふたりとも!
助けを求めて視線をさ迷わせると、画面に表示された写真に目をとられた。
「あっ、これ!」
「ああ、この前の」
画面に表示されたのは薔薇に囲まれた栞さんと私の写真だった。以前薔薇を見せてもらった時のものだろう。栞さんと私が笑い合っている素敵な写真だった。
「素敵な写真ね」
「そうだね。……消すのがもったいないくらい」
「……じゃあ、消す前に現像したら?」
ぽつりと呟いた榎本くんを見る……と、距離の近さに再度驚いて息をのむ。
「これは盗撮だし、本当は現像するのもいけないことかもしれないけど……」
「……紗綾さんに任せるわ」
ふたりに見つめられている状態は、頭の回転を鈍くするがなんとかこらえる。
肖像権フリーではないので盗撮は嫌だけど、この写真を私自身とても気に入ってしまった。
「……現像してもらえますか?」
「かしこまりました」
そうして現像してもらった写真を持ち帰り、部屋で写真を確認していると、1枚だけ、私が写っていないものがあった。
「綺麗……」
思わずそう呟いてしまうほど美しい、栞さんの笑顔の写真だった。
でも待って。これは以前、現像したいと願ったあの栞さんの写真では? え、念願叶ってスチルゲット?
間違えて入れてしまったんだろうけど、この写真欲しい……このまま持ってたらそれこそ犯罪……? でも欲しい……
欲に打ち勝てずに
「も、もしもし!」
「……こんばんは。どうしたの? そんなに慌てて」
「あっ、こんばんは。いや、電話するの珍しいなって」
電話の主は榎本くんだった。電話に準備もなにもないだろうけど、動揺で変なこと口走りそうなのでやっぱり準備したい。
「そうかもしれないね。普段はメッセージのやり取りばかりだから」
「そう、だからびっくりしちゃって」
「ごめん。でも話し足りなかったんだ。今日は学校よりも一緒にいた時間が長かったのに、あまり話せなかったから」
そう言われると、確かにふたりと話すよりアルバム見てる時間の方が長かったような……
「え、ごめん。私ばっかり楽しかったかも……」
「ううん。謝ってほしかったんじゃないんだ。小松さんのことを見てるのも楽しかったし」
「そ、そうなの?」
それもそれでどうなの? 見てるだけで楽しいってどこら辺がだろうか……
「それで、何かあったの?」
「え、何かって?」
「なんとなく、としか言えないけど。でも無理に聞こうとは思ってないよ。ただ、困ったことがあったら頼ってほしいんだ」
その言葉に、先ほどの写真を思い出して罪悪感に
「……その、今日いただいた写真のことなんだけど」
「うん」
「その、私が写ってない、栞さんだけの写真があって、どうしたらいいかなって」
「……その写真、ほしいの?」
「へ!?」
一拍置いて言われた言葉にドキッとする。
「小松さん、栞のこと好きみたいだから、その写真ほしいんじゃないかなって思ったんだけど、違う?」
「違、わなくないけど……」
バレバレなのが恥ずかしい。榎本くんにバレてるなら、栞さんにもバレてるってことでは……? そう考えたら恥ずかしくてどうにかなってしまいそう。
「じゃあ栞に聞いてみようか?」
「なんて?」
「栞の写真が紛れてたんだけど、その写真もらってもいいかって」
「それどうなのかな……」
なんか私、変人みたいじゃない? いや、この際変人でもいいんだけど、その後の栞さんとの関係に支障が生まれたりしない?
写真ほしいのも、誰を好きなのかも、思うのは自由だけどそれを行動に移すのがどうかという問題だ。場合によっては気持ち悪がられる可能性だってなくはない。
「そんなに心配しなくても大丈夫だと思うけど」
言葉につまる私に榎本くんは優しい声でそう言った。
だけど、そうは言われても不安なものは不安なのだ。双子である榎本くんだって栞さんのことをすべて理解できているわけがない。栞さん自身にしかわからないことだから。
「ちょっと待ってて」
「えっ、ちょっと待ってって何!……切れちゃった……」
電話が切れた音が無情にも辺りに響く。その音がやけに大きく聞こえて不安を
栞さんに嫌われてしまわないか不安だ。だってずっと好きだったから。嫌われてしまったら、遠ざけられたらきっと傷つく。
だけどそこで自分のことしか考えられない自分に鼻で笑うしかなかった。
しばらくしてまた電話がかかってきた。てっきり榎本くんがもう1度かけてきたのかと思ったのに、実際にかけてきたのは栞さんで胸が大きく音を立てた。
「こんばんは、紗綾さん」
「こ、こんばんは……あのっ」
「弦から聞いたわ。渡した写真に私のが紛れてたんですって?」
「あ、うん。そうなの」
「いらなかったら処分していいから」
「えっ!?」
処分……って捨てるってこと……? そんなのできるわけない!
「……って言うと紗綾さん困るわよね。いらない場合は私に渡してくればいいわ」
「いらない場合……」
いらない場合もないんだよなぁ……
「そうじゃなかったら持っててもいいけれど」
「えっ! いいの!?」
「ええ」
「ほんと?……引いてない?」
「引かないわ。ただ、紗綾さんが私の写真を持ってると思うと、少し恥ずかしいけどね」
そう言った栞さんの声には軽蔑の色はなく、言葉通りの恥じらうような声がして、やっと肩の力を抜くことができた。
そうして少し話をした後、すっきりとした気持ちで通話を終えた。
「それじゃあまた学校で」
「うん、またね」
それから一息つく暇もなくメッセージが届く。
『心配しなくてよかったでしょ?』
そんな自信たっぷりなメッセージに、笑うことしかできなかった。
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