第35話 出会っていたかったあの頃
「これお土産ね」
勉強が終わり、榎本くんが大森さんにお茶を頼みに行くと栞さんはカバンから両手に収まる小さな箱を取り出した。今年もまた海外に、前回とは違う国に訪れたとのこと。
「わ、ありがとう!」
「口に合うといいのだけれど……」
「それを言うなら私が持ってきたものの方が口に合うか……」
勉強をするためにテーブルの脇に置かれたクッキーの箱を見た。どう見ても今手元にあるこれの方が美味しそうだ。抱えた小さな箱を壊さないように少しだけ力を込め、大切にバックの中にしまった。
「まだ食べていないからわからないけど、たぶん大丈夫だと思うわよ?」
「そうだねぇ……」
こればかりは好みの問題もありそうだし、なんとも言えない。栞さんはクッキーの箱に手を伸ばすと、くるくると回しながらパッケージを観察する。原材料とかそんなにじっと見られたら不安になってくるからやめてもらっても……?
「ただいま。……あ、それ開ける?」
「お帰りなさい。紅茶はないけど、開けてもいいかしら」
「いいよいいよ」
「じゃあ開けるわね」
箱を開ける音がした後、中身が取り出された様子を見て今一度、個包装になっていないものを選んだのを悔やんだ。何枚入ってるかわからないけど、明らかに食べきりサイズではない! ふたりはこういうタイプのお菓子とか食べたことあるのかな。スナック菓子とかも。輪ゴムとか普段使わなさそう。あ、嘘です偏見でした使う時もあると思いますたぶん!
私がそんなことを考えている間、ふたりはどうやって開けようか相談していた。上部のギザギザのところをビリッといくと輪ゴムできなくなるので、ペンケースに入っていたはさみを差し出した。まあビリッといっても何かに移したりすればいいし、何とかなるんだけど。
どことなくわくわくしているふたりに、こういうスーパーで売られているようなお菓子食べたことあるか聞いてみると、幼児から食べれるお菓子の名前が返ってきた。やだ可愛い……!
それ絶対幼児の時に食べたんでしょ!? 今も食べてたりしたらギャップで心撃ち抜かれそうですけどそこんとこどうですか?
「食べていいかな?」
「紗綾さん、いい?」
「あ、どうぞどうぞ」
確認しなくても食べていいのよ。どことなく子どもを見守る母のような気持ちになりつつ頷いた。
「いただきます」
「いただきます」
息の合った言葉と動作に、ふたりが双子なのだと再認識する。不安から、手に持ったクッキーが口に入る様子をじっと観察してしまう。
「どうかな……」
「……ん、美味しいよ」
「ええ、美味しいわね」
「よ、良かった~」
心底安心して肩の力を抜く。心なしか呼吸も止まっていたようにも思えて変に疲れた。すぐに2枚目を口に運んでいるから、美味しいという言葉がお世辞ではないと信じたい。
たぶんふたりは繊細な舌の持ち主だとは思うけど、私と食の好みが近かったら嬉しい。ほら、食の好みが近いとそういう方面で会話が弾むじゃない? 好きな食べ物を分け合えるし。まあ純粋に似てるところがあると嬉しいのが1番の理由なんだけどね。
それからすぐにやって来た大森さんは、クッキーを食べているふたりを見てにこやかに笑った。あ、怒られなかった良かった……
しばらくお茶を楽しんでいると、ふいに栞さんが口を抑えた。
「……ああ、いけないわ。紗綾さんに昔の写真を見せると約束していたのに、すっかり忘れて……ちょっと取ってくるわね」
そう言えばそんなことを約束していた気がする……正直めちゃくちゃ見たい気持ちでいっぱいだ。でもこの時間が減るのも惜しい。そう思って引き留めようかと口を開いた時、大森さんが近づいてきた。
「お待ちください、栞様」
「何かしら?」
「私が持って参りますから、栞様はこちらでお待ちください」
さすがにふたりの会話に口出しはできず、口を閉ざす。
「あら、いいの?」
「はい、おまかせください」
「じゃあお願い。幼い頃のアルバムね」
「かしこまりました」
部屋から出ていった大森さんを見送ると、栞さんが普段より小さな声で呟いた。
「やっぱり早いわね」
「何が?」
「大森さんよ。大抵のことはすぐに察知してやってくれるでしょ? 自分でもできることはやってしまいたいのだけど、難しいわね」
栞さんと榎本くんの会話に耳を傾けていると、少し気になる箇所があって思わす口に出した。
「あれ? 私が初めて来た時は?」
「ああ、あの時は弦が帰ってきた時と重なってたのと、私がやるって言ったのよ」
言われてみれば確かに、榎本くんが帰って来た時にちょうど栞さんがいなくなっていたような ……
「でもたまには素直にお願いするのもいいわよね」
「相変わらず不器用だなぁ。任せるところは任せていいのに」
「弦はそういうの得意よね。羨ましいわ」
「本心に聞こえないんだけど?」
案外言い合いをするふたり。兄弟がいない私からすると、その様子が仲良く見えたりするのだけれど、他の人はどうだろう。兄弟がいる人達は結構言い合いとか喧嘩とかが多いのかな。栞さん達は喧嘩しなさそうに思われてそう。実際に見るまでは私もそうだったけど、もう見慣れてしまった感がある。
でもこんなこと言うとマウントみたいになっちゃうかな!? あ、やばい。榎本くんの好きな人に疎まれるやつだこれ。榎本くんに好意を寄せている方はきっといるだろうから、口に出さないようにしないと。
「わぁ……!かわいい!!」
「あら、ありがとう」
大森さんに届けてもらったアルバムは厚みがあって重たいものでそれが何冊もあった。お? 栞さんの写真がこんなにあるってこと? 天国か?
ひとつ開いてみると、天使のような栞さんがいっぱい。その隣に写る榎本くんも天使みたいな可愛さ。成長した今はもう間違えることなんてそうそうないと思うけど、この頃は本当にそっくりだ。同じ服を着たら間違えると思う。
「あ、この人がお母さん?」
「ええ、そうよ」
「綺麗な人……」
薔薇と一緒に写った栞さんとお母様が絵画のようで眼福でございます。ため息が出るほど見惚れてしまう。
このアルバム、何度でも見返したい。いっそ買い取らせていただいて、家宝にでもしたいくらい良き。
「なんだかそんなに見られると恥ずかしくなってくるわね」
「あ、ごめん! 嫌だった!?」
「いいえ、嬉しいわ。気に入ってもらえたみたいで」
照れた栞さんも可愛い……! 幼い栞さんも最高だけど、今の栞さんもベリーキュート……
「小松さん、僕のはどう?」
「ど、どうとは?」
「気に入った?」
天に召されそうになった私を引き留めたのは榎本くんでしたありがとう。そんでもってそこが気になりますか?
「そ、そうだね。これなんか可愛いよね!」
私が指差したのはソファーにお行儀よく並んで座る双子ちゃん。何かの催し物があったのか、おめかししてて可愛さの爆弾(?)。これでキュンってしない方がおかしい。私は100%する。
「ああ、それね。僕達の誕生日パーティーだね」
「誕生日パーティー!?」
なんて素敵な響きなの! パーティー行きたかったぁ……このふたりに誕生日プレゼントあげたかった人生だった……
「今はもうしてないけどね」
「まあみんな忙しいわよね」
でも今なら行けると思った矢先に望みが打ち砕かれた……まあそうだよね。大人になっていくにつれて誕生日の喜びも薄れていく気がするのは私だけだろうか……
内心肩を落とした私に、栞さんが笑顔を向ける。
「ねぇ、今度は紗綾さんのお家に行ってみたいわ」
「私の家? 何もないよ?」
「何もなくないわ。紗綾さんのお家に行くことに意味があるのよ」
ぐいぐいくる栞さんに戸惑う。お願いを叶えてあげたいけれど、そんな即決できることではない。だって本当に何もない。素敵な庭はないし、家の中もそんなに綺麗じゃない。
「僕も行きたいな、小松さん家」
「もてなしたりしなくていいの。ただ一緒にお茶して、話ができればいいの。……ね?」
「……今度ね」
これだからチョロいオタクは……チョロ過ぎる私には抗えませんでした。ふたりが嬉しそうに笑っているのでもう何でもよくなった。
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