第37話 2度あることは3度ある

 夏休みも残り半分を切り、私はひとり、鶯森おうもり学院の学校説明会に来ていた。


 ゲームの舞台である鶯森学院の体育館には多くの見学者が集まっている。親子で参加していたり、友人と一緒にいる人もいる中、ひとりでいる人は少しだけ気まずそうだった。

 ゲームの登場人物である栞さんも、おそらく入学するであろうが今回は一緒ではない。今回私は、私の進学先として鶯森学院が適しているかどうかを確かめにきたのだ。


 以前ホームページを見た通り、普通科の中でも特進クラス、国際クラス、文理クラスなどに分かれて勉強するらしく、在籍人数も多い学校のようだ。進学や就職にも強いと聞いたこともあり、志望者も多いのだろう。


 ゲーム通りにいくのであれば、私達が高校生になる再来年、登場人物達は揃うはずだ。もうすでに学校にいる攻略キャラもいれば、まだ入学していないキャラもいる。この説明会、もしくは校内にもいるかもしれないということでもある。

 もし私が鶯森学院に入学するとしたら、私という存在が何かしらに影響を与え、バタフライ効果を起こすこともあるかもしれない。それでも私がやりたいこと、したいことを我慢したくない。2度目の人生だからこそ、したいように生きたい。そう思うと自然と握り拳をつくっていて、爪の跡が残った手のひらを見て息を吐いた。



「はぁー、疲れる……」


 施設見学や部活見学を終え、自由解散となったが想像以上に疲労感を覚えていた。まだ緊迫した状況でもないし、こういったことが初めてでもないが、雰囲気があまり好きではない。好きな人もまれかとも思うが。


 もう帰ろうかと考えながら廊下を歩いていると。


「おっ、と」

「わっ……ごめんなさい」


 曲がり角で人とぶつかりそうになってしまった。幸い衝突は避けられたからよかったが、その相手の顔を見た瞬間、顔をひきつらせることになった。


「こっちこそごめんな! ぶつかんなくてよかった!」


 そう言って去っていった男性は、やけに見覚えのある顔をしていた。


「おいまさき、気をつけろよ?」

「お前の図体じゃ怪我させそうで怖いよ」


 ……そうだ柾! 主人公とクラスメイトであり攻略対象のひとりじゃんか!


 友人のひとりだろう男性が発した名前で思い出した。もうおぼろげになった記憶では印象的な部分しか覚えていないため、名前なんて特に忘れている。オレンジがかった茶髪は、周りと比べて派手めだ。やっぱり登場人物の髪色気になるな……


 それにしてもなんでいるんだと言いたくなったが、なんでもなにも、ここにいるということは私と目的は一緒なのだろう。

 あまりの衝撃に呆然と見つめていると、視線に気づいたのか柾が振り返った。目が合ってきょとんとした顔をすると、片手を顔の前にやって謝ってきたため瞬時に頭を下げた。


 やばいやばい! 目が合ってしまった!!


「柾ー! 行くぞー」

「おう!」


 ゆるゆると顔を上げるとまだそこにいた柾に笑いかけられ、動揺のあまり頭をまた下げて反対側に逃げた。


 ちょっ、え、どういうこと? なにが起こったわけ!?

 登場人物、しかも攻略キャラと目が合ったんだが!! 笑いかけられたし!!


 この時の私は、あのゲームのキャラが近くにいたということの興奮というより、あのキャラクターの社交性の高さに恐怖を覚えてしまっていた。


 え? なにあのThe太陽みたいなオーラは。発光してる? いつか神様にでもなりたいわけ?

 それにちょっとチャラ……いやそんなキャラじゃなかったはず。ただ明るいだけだよね? そうだと言って。


 あ、ちょっと待って。もし主人公が柾ルートに行ったとしたら幸せになるの? なんかみんなに優しくするからモテて心配になったりしない? 主人公が誰とどうなってもいいとは思ってるけど、不幸になってほしいとかじゃないからね? 勝手に幸せになれってちゃんと幸せになれってことだからね? そこんとこどうなの? あーやだどういうENDか忘れた思い出せない……


 いろいろ考え事しすぎてなんか変なとこ来ちゃったし、攻略キャラひとり見つけたらひとり遭遇してしましで災難すぎる。肩を落としながら近くにいた人に聞いてバス停へと向かう。


 というか、これじゃもうひとりぐらい会ってしまってもおかしくないよな……いやすでにひとりは出会っていたのを忘れていた。

 私の推し兼友人の栞さんを含めると、中学生になってから3人もの登場人物に出会っていることになるはず。


 ……中学に入ってからペースおかしいんだが? この世界のことを知ったのも栞さんがきっかけだったし、すべては栞さんと出会ってしまったことから始まっていたと言えそうな状況だ。

 たとえそうだとしても、私は栞さんと出会ったことを後悔したくはない。栞さんとの出会い自体はとても幸せなことだったから。

 でも栞さんも登場人物のひとり。ならば登場人物と関わり合うこともあるだろう。私がもしこの学校に入学するのであれば、そういった関わりが増えることを心得ておかねばなるまい。

 鶯森学院が思ったよりも行ってみたいと思う学校で惹かれる自分がいる一方で、やはりゲームの登場人物とのことも考えずにはいられなかった。



 バスが発車してしばらく、窓から外の景色を眺める。もし入学したらこのバスに乗って通学するのだろうか。そう考えるとどこか考え深かい。


 ふいにスマホを取り出してみると、榎本くんから連絡が来ていた。巽先輩が剣道で全中個人3位になったらしい。さすが攻略キャラと言うべきか、目立った成績を残している。こうして直接の関わりはなくても、存在は知っていくのかな……


 悩みは尽きないとはよく言ったものだ。解決したと思えばまた別の悩みが出てくる。2度目の人生だとしても、変わらないこと、変えられないこともあるらしい。ひとまずは説明会に来れたからよしとして、後は追々考えることにしよう。

 そうして楽しげに話す学生達の声をイヤホンでシャットアウトした。

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