第33話 それだけで笑顔になれた

 夏休みに入り、今年も週に2度の部活は継続されている。今日は部活のない日で、自分の部屋で課題を進めていた。


 最近は絵の方にかかりきりで趣味である刺繍や服のデザインなどには手をつけれていない。その他に、空の写真に夢中になっているのもあった。美しい瞬間を切り取った写真は世界にたくさんあって、そういった写真を探していると時間はあっという間に過ぎていった。


 でもそれで違うことを考えなくて済んでいたから助かる部分もあった。あのたつみ颯真ふうまのことだ。正直、実際にゲームの登場人物が現れて動揺したのは確かで、栞さんに出会った時からわかっていたことなのに、より現実味が増した感じだ。

 本当は、ほんの少しだけ舞台は同じでも登場人物は同じじゃなかったりしないかとも考えた。そんな訳なかったけど。


 元々鶯森学院に入学するなら、ゲームの舞台に飛び込むということで、必然的に登場人物と出会うこともあるだろうと思っていた。それでも、今はまだその時じゃない。そう思っていた自分を嘲笑あざわらうみたいに訪れた出会いに、まんまと動揺して今も戸惑っている。

 まだ直接会った訳でもないのに、先のことを考えてしまう。いつか読んだ小説みたいに、キャラクターと仲良くなることなんてあるはずない。そんなこと考えてる時点で自惚うぬぼれてると言われても仕方ないのに、そんな"もしも"のことを考える自分がいた。


 もしかして、本心では会いたいと思ってるのかな。

 そんな考えが頭を過って頭を振った。

 ゲームをプレイしていたから攻略対象者が嫌いということはない。むしろそれぞれが幸せであればいいと思う。ただそこに私がいたいかと言われるとそうではないと答えるだろう。

 少し違うかもしれないが、好きなタイプと好きになる人が違うことと似ているのかもしれない。嫌いじゃないけど、会いたい訳じゃない。会ったっていいかもしれないけど、親しくなりたいとは思わない。でもたぶん会ってしまったら拒絶らしい拒絶もできない。

 そんな曖昧でどっち付かずな自分がだんだん嫌になってきた。考えるのをやめたくて止まっていた手を動かし課題に取り組んだ。


 そうやって過ごした日々に当然心は疲弊していく。みかねた母にどこかに行ってリフレッシュしてくるよう言われて、ちょうど夏祭りがやっていたためひとりで行くことにした。


 去年とは違う理由で訪れた夏祭り。今回はただ単に息抜きとして来ていたため、浴衣は着ておらず、突然行くことにしたのだから誰かと約束もしていなかった。

 今年も栞さんは家のことと用事があって、ここにはいない。予定が合えば、一緒に過ごしたかったけれど今の私は栞さんといても楽しめていたかはわからない。


 屋台が並ぶ道を歩く間、何を買うでもなく辺りを見回してしまう。いつもの私だったら買っていただろういちご飴も、暑い気温にぴったりなかき氷だって、今は食べる気にはならなかった。


 去年もひとりで来ていたけど榎本くんと藤堂くんに偶然会って、帰りは榎本くんと一緒だった。

 だからかな、物足りなく感じてしまうのは。


 今までだってひとりでいろんな所に行ってきた。食事もカラオケも美術館も、ひとりだって美味しかったし楽しかったし綺麗だった。誰かと一緒じゃないと嫌とかじゃなく、むしろひとりで行動する方が楽で集中できるから好きなのに。

 お祭りみたいなイベントは別なのかな。それとも一緒に過ごした時間を知っているからなのかな。

 ひとりじゃない時を知ってしまったら、知らなかった時には戻れない。

 誰か知り合いに会えたりしないかと思う自分に驚くと共に、誰にも会えないことが寂しいと思う自分に少し笑えた。


 この場所でこんな楽しくなさそうな顔をしてるのなんて私ぐらいかもしれない。

 屋台から漏れる光で、私の表情なんてわかってしまうだろう。やっぱりひとりで良かった。

 すれ違う人達は私のことなど気にする様子もなく過ぎていく。今はこの人混みがありがたく思えた。


 いっそ花火と一緒にこんな沈んだ気持ちもパッと消えたら良かったのに。

 この地区のお祭りは花火は上がらない。だからそんなことは欠片も起こることはないのに、未練がましくも夜空を見上げていた。



 そんな自分の弱さに呆れた夜に届いたのは、栞さんからの連絡。

 そこにはあと数日で帰るから会いたいという内容が書かれていた。


 そんなもの行くに決まっている。栞さんに会いたいなんて言われるとは。神様仏様に感謝したい気分だ。こうして仲良くなれて良かったとしみじみ思う。我ながらちょろいと思うが、栞さんからの連絡で口角も上がってしまうのも無理はないと思う。だって大好きなのだから。


 良かったら一緒に課題もやろうとも書かれていて、栞さんは真面目だなと感心する。何かと一緒に勉強する機会があり、榎本くんも嫌がる素振りを見せずに勉強しているのが印象的だ。ふたりとも勉強が苦ではないタイプか、羨ましい限りだ。


 栞さんのことを考えていると、沈んだ気持ちも晴れる気がした。もしかしたら栞さんは私にとっての薬みたいな存在かもしれない。

 ある/いると安心して、服用する/話したりすると大丈夫になる。そんな感じ。


 それから約30分後。榎本くんから連絡が届き、それを確認した私は思わず笑みをこぼした。そこに書かれていたのは、会いたいという言葉以外はほとんど栞さんと同じ内容だった。

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