第32話 邂逅
茹だるような暑さの中、高校2度目の夏休みが目前に控えていた。
時期的にそろそろ進学先を絞っていきたい所ではあるが、その前に文化祭の作品のテーマを決めることにした。
林間学校でよく空を見上げていたからかもしれないが、最近は空の絵に心惹かれる自分がいる。
オレンジとピンクが混ざった空に、星が光る夜空。絵で表現するには、私には難しいかもしれないけれど、あの景色が忘れられない。だから上手くいかなくても、挑戦してみたくなった。
そうしてテーマは決めたものの、混ざりあう色の表現は想像していたよりも難しい。あの時の空の写真も撮っていなくて、あの景色は頭の中にしかない。
そんな状況に無謀だっただろうかと少し諦めたくなる気持ちも湧いてきたが、部活の顧問の先生や栞さんにも相談してアドバイスをもらったことで、少し光が見えてきた。後は納得のいくまで練習あるのみ。数を重ねた分、私の腕も上がるはずだから。
そうやってあの光景を表現するのに夢中になっていた日々の最中、事件のような出来事は起こった。
7月の下旬、剣道部に所属する榎本くんは全国中学校体育大会、いわゆる全中の県大会で団体に2年生ながら出場していたという。その時は前日に学校で、「明日大会なんだ。頑張ってくるね」と言われたこと以外に詳細を聞くことなく、「頑張って」と応援の言葉を送ったことだけは記憶に残っている。
その次の日、県大会で準優勝したものの全国には行けず敗退したと連絡が来ていた。一緒に送られてきた写真に写っていたのは剣道着を着た榎本くんで、試合に出るとは聞いてなかった私は思わず「榎本くんも出てたの!?」と送ってしまった。
いや、部活の中でどれくらい強いのかとか聞く機会ないし、団体で出場する選手に選ばれたとか一言もなかったから寝耳に水というか。
とにかく凄く驚いたのは確かだったが、その後すぐにそれを超える驚きがやって来て霞んでしまうのであるが、その時はそんなことを思いもしていなかった。
それから写真を改めてよく見てみると、どこか見覚えがある人がいた。誰か知り合いがいたっけ?
ひとり首を捻っていると、剣道防具の垂れに書かれた"
─思い出した。彼の名前は
まさかこんなにも近くに攻略対象がいたなんて!! 誰が想像した? 私は想像してなかったけど!?
基本的にゲームの登場人物は髪色が黒髪ではなく、地毛なのかと疑いたくなるほど鮮やかな色をしている者もいる。まあ染めてる人もいるかもしれないのでなんとも言えないが。
巽颯真はその中ではまだ落ち着いた色の部類、深い青色の髪だったはずなのだが思ったより青くない。写真だからなのかはわからないが、黒髪っぽく見える。
栞さんの場合はゲーム通りっぽく感じたが、もしかして記憶違い? 登場人物みんな髪色抑えられたの?
相変わらず髪色についてはよくわからないが、とにかく髪色は今は置いておこう。
でも榎本くんの
よく1年半くらい知らないでいられたよ。むしろそれがびっくりだわ。存在にすら気がついてなかったな。べ、別に存在感が薄いなんて言ってないよ……
たぶん私が気にしてなかっただけ。てっきり出会うなら高校だと思っていて、中学で会うとは予想もしてなかった。まだ直接は会ったことないけど。
……でも待って。去年の夏祭り、榎本くんと藤堂くんは部活の人達と来てるって言ってなかったっけ?
え、あの敷地内にいた? でもそれを言うならいつも学校内にいるんだけど? 全校集会とか運動会とか、絶対いたはずだよね?
もしかしたらどこかですれ違っててもおかしくないな?
いろんな可能性が頭を
そんな中、少し思い出すと関連して思い出すことがあると言うように、巽颯真について設定として書かれていたことが少し蘇ってきた。
彼について知っていることと言えば、先ほど挙げたように髪が深い青色をしていること、眼鏡をかけていることも見た目においては特徴だろう。真面目で文武両道と尊敬できる人なのだが、表情が
実際に巽……先輩は個人戦で勝ち進み、全中に出場するらしい。
榎本くんを含む部員も応援に行くとのこと。
教えてくれた榎本くんに悪いのだが、今はちゃんとした言葉で返せなくて少し素っ気ない感じになってしまった。余裕ないのさ……
そうやって聞くと、剣道部の巽先輩ってどう考えても巽颯真にしか思えなくなってくる……
同姓の人かもしれないという可能性はあるが、私の勘がこの人はゲームの登場人物の巽颯真だと言っていた。
まだ完全に決まってないと足掻く私もいるが、彼が巽颯真だと仮定してみよう。
そう考えると浮上してくるのが、ゲームの登場人物に遭遇しても案外わからないかもしれないし、接点もそうないかもしれないということだ。
かもしれないばかりなのは仕方ない。なにせ1人目の遭遇だから不確定要素ばかりなのである。
だからまだ、かもしれないという域からは出ない仮説でしかなく、私にとっては希望的側面が強い。そうだといいなと思う願望に近いと言うべきだろうか。
でも本当に、この現実世界に違和感のないように調和した姿で存在していて、私とは関わりなく物語は進んでいくのかもしれないとも思う。
元々、あのゲームで世界が破滅するとか誰かの命が脅かされるとかいうENDは私の知る限りでは存在しないはずなので、主人公が誰とくっつこうが通常ENDになろうがあまり関係ないのだ。
だから、私の知らない所で幸せを掴んでもらって構わない。むしろ勝手にやってくれとさえ思う。
そんな願望を滲ませながら眠りについた日から数日後、部活の前に栞さんに剣道部の巽という人を知っているか聞いてみると、当然のように知っていると返された。そして口にされたフルネームに、私の勘が間違っていなかったことを知らされるのだった。
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