第27話 傲慢な思い

 もう随分見慣れた図書館を迷うことなく進んでいく。

 いつもの場所に着くと、既に私以外のメンバーが揃っていた。


「ごめん!遅れた?」

「大丈夫よ。5分前だから」


 続けておはようと声をかけてくれた栞さんに、隣の空いてる席に座るよう促された。

 榎本くんと藤堂くんとも挨拶を交わして席に着く。


「久しぶり、藤堂くん」

「うん。元気そうだね」


 眼鏡の奥の目を少し細めて言った言葉は、疑問ではなくただの確認のようなものであった。


「藤堂くんは元気だった?」

「ぼちぼち」


 そこで元気だったと言わないのが藤堂くんっぽいなとそれほど関わりのない私でも思う。

 3月に会ってから数ヶ月ぶりなのにちっとも嬉しそうにしていない。そんな期待はしてなかったが、こうも笑顔を見せてくれないので、そういう人なんだと改めて理解した。


 勉強会自体も、私が参加しなかったからなのか2月には行わなかったため久しぶりである。

 もはやこの勉強会はやらないのではないかと思ったが、どうやら2年になっても続くらしい。


 藤堂くんは特に来ないかと思っていた。

 この中で同じクラスなのは私と榎本くんだけで、藤堂くんが断ろうと思えばそれほど違和感もなかったはずだ。


「藤堂くんもう一緒に勉強しないかと思ってた」

「……そう?」

「あんまり気乗りしてないのかなって」


 だからこそ、ぽろっと口から出てしまった疑問。


「気分転換したくて。ずっとひとりでやってても行き詰まるから」


 新しい友人と勉強するとか、ひとりの方が集中できるとでも言えばいい。それをしてもなお連れられてきたのかまではわからない。

 少しうつむいて呟いた声はいつもより小さく聞こえた気がしたが、嫌悪感をにじませてはいないことからそこまで嫌ではないのだろう。


 言葉の裏の真意を測ることは親しくない私にはできないので、それが嫌なものではないことを願うことばかりである。


 私は藤堂瑛史郎くんという人を案外気に入っている。

 無愛想で笑顔を見せてはくれなくとも、明確な優しさを向けてくれなくとも。

 こちらにあまり興味がないような態度と距離感が私にはちょうど良かった。

 彼自身に壁や境界線があるのは、容易に私の領域に踏み入らないことでもある。それに少しの安心感を抱いているのは事実だった。


 踏み入られることは心の動揺を伴う。

 深く繋がりたいと願う相手とは別に、無理に押し入ることはないと思える相手がいるのは心の安定をもたらしてくれる。


 踏み入らせたくないのにひとりは嫌。そんな自分勝手な思いがあって、結局距離が近づいてしまう中で、関わりが増えてもそのスタンスが変わる兆しがないのがありがたかった。


 後は、不器用な優しさを感じたせいだろうか。

 お母さんがそういうのが好きだからという理由で一緒に作ったクッキーをホワイトデーにもらったのには、正直心打たれた。

 そんな中学生の少年の可愛らしいところにほだされてしまったと言ってもいいかもしれない。

 そしてもうひとつ……


 ふいに抑えるように笑う声がして、そちらを見ると肩を揺らして笑う榎本くんがいた。


「……なんだよ」

「いや、何でもない。気にしないで」


 それでもまだ揺れる体を藤堂くんがどついている。

 なんだかんだ榎本くんと藤堂くんの仲も決して悪くはないのだろう。

 素っ気なくも榎本くんに付き合う藤堂くんの姿が容易に想像できて、じゃれ合うようなふたりに自然と笑みを浮かべていた。


 ちなみに、心春ちゃんはおひとりで、初ちゃんは部活の子と勉強するらしい。

 そう聞くと、やはりこのメンバーはへんてこな集まりだと思ってしまうのは仕方ないことなのかもしれない。


 ───


 家に帰り、カバンから勉強道具を取り出していく。


 今回の勉強会も有意義なものとなっただろうか。

 相変わらず行き詰まった様子もなく終わって、これが良いことなのか悪いことなのか。

 勉強したことには変わりないのだから、あまり考えるのはやめておこう……


 カバンを置く際にとある棚が目に入り、何もない空間を見つめる。

 その棚の上に飾っていた花はもう枯れてしまった。

 花瓶も片付けたため、もう見る影もない。


 もらった日に写真を撮っていたものの、やはりどこか寂しく感じてしまう。

 もらったものは消えるものばかりで、スマホにある写真でしかもう見ることはできない。

 それでも見ると元気をくれるものではあるのだから、単純だなと思いながらも、テスト勉強に気合いを入れるのだった。


 ───


 数日続いたテストが終わって、静けさは消え去り辺りは解放感に包まれていた。


「ねぇ、ケーキ食べに行こうよ」

「ケーキ?」


 榎本くんが机の前にやって来て、唐突にそう言った。


「この前言ってた所、テストも終わったから今度行こう?」


 あぁ、あのチーズケーキが美味しいお店か!

 確かカフェが併設されているとか言っていたような……

 そうと決まれば予定を確認しなければ。


「栞さんにも聞いてみるね!」


 その話をした時も一緒にいたから栞さんも行くものだと思っていた私には、頷いた榎本くんがどんな顔をしていたのかよく見ていなかった。


 その日の帰り、偶然会った栞さんと一緒に廊下を歩いていた。

 初ちゃんと心春ちゃん、榎本くんは今日から部活再開らしいが、私たちの所属する美術部はお休みなため、一足先に帰路に着いていた。


「榎本くんにこの前言ってたケーキ食べに行こうって誘われたんだ!栞さんも行くよね?」

「……ありがとう。でもごめんなさい」


 栞さんたちと出かけることに心踊らせていた今までの熱が引いて我に返った。

 勝手に約束したものだと思って、断われることを想定していなかった自分が恥ずかしいくらいだ。


「予定が立て込んでいて、一緒に行けそうにないの」

「そ、そっか……じゃあ、」

「だから弦と行ってきて」

「今度……ってえ?」


 何を言われたのか、一瞬理解できなかった。一緒に行けそうにないなら、予定が空くまで待つつもりだったから。

 予定がすぐに決まらなくとも今まで必ず一緒に行ってくれていたものだから、私と一緒に行く気はないのだと、拒絶されたように思ってしまった。今までのことを当たり前のように受け取っていた、傲慢ごうまんな思いを抱いていたことを思い知られたみたいだった。


 ケーキはもちろん気になっていたけれど、私は栞さんと行ってみたかった。栞さんに紹介してもらいたかった。でもそれは叶わないらしい。


「本当に素敵なお店だから、早く行ってもらいたいの」

「わ、わかった」

「良かった。感想聞かせてね」


 この時、私が笑えていたのかは覚えていない。

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