第26話 それはある望みのために

「小松様がお持ち下さったフィナンシェ、そしてチーズケーキでございます」

「ありがとう」

「ありがとうございます!」


 ガゼボに座った私は、大森さんによってもてなしを受けていた。


 前回は何種類ものスイーツが楽しめるアフタヌーンティーであったが、今回はどっしりとしたボリュームのあるベイクドチーズケーキが一切れ置かれている。

 あまり体験することのないアフタヌーンティーも素敵であったが、存在感のあるケーキと焼き菓子も心惹かれるものがある。

 どの道スイーツであれば心惹かれないものなどないのだが。


「お菓子持って来てくれたのね。ありがとう」

「ううん!お邪魔するから、それにこんなに素敵なお庭見せてもらったし!」

「ふふ、気に入ってもらえたみたいで良かった」


 そしてなんと、大森さんが紅茶をいれてくれた。洗練された動きで、さすが執事さん(仮)である。

 見惚れていると、どこからか取り出した小さなブーケを栞さんに差し出した。


「栞様」

「ありがとう」


 なぜに栞さんにブーケ??と不思議でいっぱいになっていると、それは私の前に差し出された。


「これ、受け取ってもらえるかしら」

「え、これを?」

「えぇ、本当はここの薔薇を渡したかったけれど、母の大切な薔薇だもの。買ってきたもので許してね」

「いやいや!もらえないよ!」

「これを見て、またここを思い出してもらえたら嬉しいわ」


 だから、はい、ともう一度ぐっと前に出した栞さんを見て、恐る恐る手を伸ばした。


「枯らさないかな……」

「花はいつかは枯れるものよ。……でもそうね、長持ちする方法を教えるわ」


 それにしても、花を贈られるなんて初めてじゃないだろうか。

 ちょっぴりキザな栞さんの一面に顔が熱を持っているみたいだ。


 私達のやり取りを大森さんは離れた所で見守ると、にこりと笑って一礼し静かに去っていった。


 栞さんに一通り教えてもらってから、いれてもらった紅茶を一口。

 紅茶に詳しくはないが、爽やかな香りと優しい甘みが感じられて、きっと淹れ方も紅茶自体も良いものなのだろう。

 栞さんもどこか満足そうに口にしており、ふと疑問が浮かんだ。


「ねぇ栞さん。幼い頃からこのお庭ってあったの?」

「えぇ。ここで母とよくお茶をしていたわ」

「お母さんと……」

「弦はあまり花に興味がなかったけれど、私は庭を眺めるのが好きだったから」


 その時のことを思い出しているのか、栞さんは懐かしそうに目を細めていた。


 本当にここが好きなんだな。

 こんなにも優しい表情をするのだから、きっと素敵な思い出で溢れているのだろう。


「その頃の写真があるはずだから、見てもらった方がわかるかしら」

「え、幼い頃の栞さん!?」

「ふふ。気になる?」


 正直めちゃくちゃ気になる。むしろ気にならない訳がない。

 出会っていなかった頃の栞さんを見たいのは当然だ。

 天使のような可愛らしい幼少期なのだろうと想像するだけで口元が緩んでしまいそう。


 何度も首を縦に振る私を、栞さんは楽しそうに笑って見ていた。


「じゃあ今度来た時にね」


 毎度栞さんは次に会う約束をする。

 それは何か意図があるのかないのか私にはわからないが、また来てもいいのだと、そう都合の良い方に解釈する。


 それから話が途切れ、チーズケーキにフォークを刺した時、先を急ぐ足音が聞こえてきた。


「ただいま」

「あら、お帰りなさい」

「あ、お邪魔してます」


 お家の住人である榎本くんが帰ってきた。

 前回と同様に体操服姿の榎本くんは、急いでいたのか少し息を切らしていた。

 これもデジャヴというものですね。


「お帰りなさいませ、弦様」

「ただいま。悪いんだけど、僕の分も用意してくれる?」

「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」


 榎本くんと大森さんのやり取りを呆然と見つめる。

 やって来てから去っていくまでの時間の短さ……大森さんはやっぱりすごい執事さん(仮)なのかもしれない。


「勝手に決めて……せめて紗綾さんに聞いてからにしなさいな」

「あぁ、ごめんね。小松さん、僕も一緒じゃダメかな?」


 へにょんと眉を垂らしてこちらをうかがう榎本くんは、やっぱりわかっててやっているのではないかと疑ってしまうが、それを否定できない私も私である。


「あ、いや。ダメじゃないです……」

「ありがとう。……ってことだから詰めてもらえるかな?」

「はぁ……」

「ありがとう」


 ため息を吐いて横にずれた栞さんの隣に榎本くんが座ったことで、栞さんとの距離が近くなった。

 今日はいつもより栞さんとの距離が近い気がする。案外親しくなるとパーソナルスペースが狭くなるのだろうか。


 それから大森さんがまた紅茶をいれているのを眺めているのに夢中で、ようやくチーズケーキを口にできたのはしばらく経ってからだった。


「美味しい!」


 しっとりとクリーミーなのにさっと溶けてしまう不思議な味わいに気持ちも華やぐ。

 チーズケーキっでこんなに美味しいものだっけ!?と内心驚きでいっぱいだった。


「うん。やっぱり美味しいわね」

「小松さんも気に入った?ちょっと遠いんだけど、この店のケーキとか美味しいんだよね」

「わぁ、いいなぁ……」

「じゃあこの店に一緒に行かない? カフェも併設してるんだ」

「行ってみたい!栞さんは?」


 楽しみで口角が上がったまま栞さんを見る。


「……そうね。一緒に行けるといいのだけど」

「栞さん?」

「……また日付を決めましょう」


 少し言いよどんだ彼女に疑問を抱いたが、そのまま指摘することもなく過ぎていった。


 その後またしても、前回と同様に家まで送ると提案されてしまったがなんとか言いくるめて帰路につく。


 本当に榎本さん家の庭すごかったなぁ。

 まさかの噴水もあったし、庭だけで相当な広さがあった。

 観光地になると思うぞあれは。ちょこっと薔薇が咲いているなんてものじゃない、あれはもはや薔薇園だった。


 景色を思い浮かべて夢見心地になりながらも、もらったブーケがこれが現実だと教えてくれていた。


 ───


 ガゼボでは大森の手によって新しく紅茶がいれられていた。

 栞と弦が笑顔でカップを受け取ると、大森は静かに去っていく。


「……これで借りは返せるわよね?」

「うん」

「私、これでもあなたに協力してるつもりなの。紗綾さんは私にとっても大切な人だから」


 弦を見つめる瞳は優しいものではなく、むしろ責めているような目付きであった。


「それは申し訳ないと思ってるよ。でも僕も彼女と親しくなりたいんだ」

「親しく、ね……あなたのことを意識しているようには見えないけど」

「そうだね……でも知ってるでしょ、僕が諦めが悪い男だって」


 弦は不敵な笑みを浮かべてカップに口を付けた。


「えぇ。全く大変な相手に気に入られたものね、紗綾さんも」

「人のこと言えるの?……姉さん?」


 その言葉を聞くと、栞のいつもの穏やかな雰囲気は影を潜め、鋭い目で弦を見つめた。


「こういう時だけ姉さんって呼ぶの止めてもらえるかしら。姉なんて思ってないでしょう」

「まぁ数分の違いは誤差みたいなものだよね」

「はぁ……可哀想な紗綾さん」


 軽口を言い合うと、悪戯な笑みを隠した弦は真剣な表情で呟いた。


「僕は彼女のことをもっと知りたいんだ。時折寂しそうな表情をすること、後は何かに怯えているような素振りをした、その理由を」

「………この前、私が席を外してひとりにしてしまった時、怯えていたのでしょう?」

「何でかは知らないけど、泣きそうな顔をしていたよ」

「悪いことをしてしまったわね……」


 カップを見つめながら、栞は膝に置いた手を握りしめた。弦はその様子を一瞥して、気にする素振りを見せずに紅茶を一口、口に含んだ。


「それなら最初から任せれば良かったのに」

「でも自分でできることだもの」


 不思議そうに尋ねた弦に、栞は言い訳を言うように言葉を返す。


「あまり大森さんの仕事を取ってはいけないよ」

「……そうね、気をつけるわ」

「不器用だな。栞も小松さんも」


 その顔に呆れをにじませるものの、弦の口元は笑みをつくっていた。それは仕方ないなとでも言うように。


「紗綾さんはともかく、私はそうでもないわ。我が儘なだけよ」

「……そうだね、栞も狙った獲物は逃がさないタイプだ」

「えぇ。今は難しくとも、いつか必ず……」


 獲物を狙う獣のように、鋭い瞳を宿す双子。

 彼らにとってそれはただの願いではなく、必ず手に入れると決めたものなのだから。それを手に入れる機会を虎視眈々こしたんたんと狙っている。

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