第25話 心のフィルムを現像したい

「そう言えば、小松ちゃんっていつ榎本くんと知り合ったの?」

「確かに。去年は別のクラスだったんでしょ?」


 5月、若葉の美しい季節となってきた頃。

 授業の間の時間にいつものふたりと話をしていた。


「うん、別のクラスだったよ」

「あの榎本の懐き具合からして……実は中学になる前とか?」

「そんなに前からじゃないよ。1年くらい前かな?」


 あと少しで1年経つのかな。それはテストが近づいているということで、少し気が滅入る訳なのだが。それはひとまず置いとこう。


「え、1年……?」

「うん、1年」


 きょとんとした顔でこちらを見つめる心春ちゃん。


「え、そんなに不思議?」

「……部活も一緒じゃないでしょ?」

「うん、栞さんとは一緒だけど」

「栞……あぁ、榎本の双子の片割れ?」

「そうだね」


 双子の片割れ。心春ちゃんの表現独特だね。


「遠目で見たけど綺麗な人だったなぁ……」

「大人っぽくて中2に見えないのは何でだろうね」


 そうだろうそうだろう。

 まだあどけなさは残るものの、栞さんはこの1年で美しさに磨きがかかっていた。

 でも心春ちゃんも大人っぽいと思う。ベクトルは違いそうだけど。


「……嬉しそうだね、小松ちゃん」

「え?」

「にこにこしてるよ」

「……そうかな」


 栞さんは昔から私の好きな人推しなので。誉められたら嬉しくなってしまうのは仕方ないことなのです。


 ───


「小松様、いらっしゃいませ」

「こ、こんにちは……」

「お嬢様はお庭にいらっしゃいますので、ご案内いたします」

「ありがとうございます」


 今日は栞さんと約束していた薔薇を見せてもらう日。

 前回も大森さんが対応してくれたのだが、少しだけ違うのは、名前と顔を覚えられたことだろうか。


 それにしても。こ、小松様なんて読ばれてしまった……

 馴染みのないその呼ばれ方に、なんだかそわそわしてしまう。

 その間に大森さんが歩き出してしまったため、止めてほしいと言いそびれてしまった。今更言うのは躊躇ためらわれる。また今度でもいいか。


 案内されるまま連いていくと、アーチ状に薔薇が咲いていた。遠くから見ていても色とりどりの花が咲いているとは思っていたが、近くで見るとよりその色や香りに包まれてまた一段とこの庭の凄さがわかる。

 覆うように咲いた薔薇のアーチをくぐり抜けると、園路を囲むようにまた薔薇が咲いていた。まさに見頃を迎えているようで、その美しさに声が漏れた。


「わぁ……」

「お嬢様、小松様をお連れしました」

「ありがとう、大森さん」


 影に隠れていたのか、急に目の前に現れた栞さんに言葉を失くす。

 ……え、美し過ぎでは?

 待って待って、薔薇との親和性高くない?

 このお庭の薔薇も綺麗だけど、それに負けないくらい綺麗なのはどういうこと……?

 しゃ、写真撮りたい……スチルがないなら残さなきゃ……

 これは心のカメラでは物足りない永久保存しなきゃいけないやつです。


 心に焼き付けたくても、人はどうしても忘れてしまう生き物だから。だからその瞬間を写真として永遠に残したいのだ。


 それに繊細な刺繍が施されたワンピースに日傘をさして立っている彼女があまりにも解釈一致しててどなたかに金一封を差し上げたい(そんな財力ないけど)。


「いらっしゃい、紗綾さん」

「お邪魔してます……」

「来てくれて嬉しいわ。今日は天気も良くて、薔薇も綺麗に咲いていて良かった」


 もう一度周りを見渡すと、白やピンク、赤といった薔薇が咲き乱れており、どこか異国へやって来たかのような光景であった。

 うん、確かに晴れてて良かった。雨もきっと素敵だけど、この光景は晴れだからこそだろう。


「とっても綺麗だね」

「でしょう? そう言ってもらえて母も喜ぶわ」

「お母さん?」

「えぇ。母が主にこの薔薇のお世話をしているの。広いから他の方にも手伝ってもらっているけどね」

「そうなんだ……」


 栞さんのお母さんが……

 きっと大切に育てているんだろうな。そうじゃなきゃこんなに綺麗に咲かないと思う。


 それにしてもこのお庭広すぎてお手入れ大変そう……庭師の方とかいそうだなぁ、いるよなぁ。

 薔薇を中心に、樹木や草花が植栽されている。きっといろんな人の手が加わっているんだろうな。


「あ、栞さん。口に合うかわからないけど、良かったら食べて」

「まぁ、ありがとう」


 前回お邪魔した時も手土産を持参したのだが、その時は近所のパティスリーのプリンを渡した。

 今回もそこので、お財布に優しくて美味しいの。近所で人気なんだよね。


 でもなんでパティスリーかって?

 ─ポテチとか持って行けないのよ!スナック菓子とかジャンキーなものが定番だろうよ私も好きさ。

 でも無理、さすがにあのふたりには!

 ファストフード食べたことなさそうだし。食べて「美味しい」とは言うと思うよ、私の作ったものもそう言ってくれるからね。

 でも勉強会の時のお弁当も美味しそうかつ栄養も考えられてそうなものばかりだったから、お口に合うんでしょうか……体がびっくりしちゃわない?大丈夫?

 それに度々もらうものがお高そうなのよ。作ったもの渡してる私が言うのもなんだけど、ちゃんと考えたものにしなくちゃ。


 この前のプリンに関しては後日「美味しく頂いたわ」とのお言葉をゲットして一安心した。

 ただあのアフタヌーンティーはもはや別物で比べようもないんだろうけど、おもてなしがすごすぎて手土産物足りないのでは……?とも思ってしまったのも事実。


 だがしかし、あまり高いものも私の負担になるため、どこかいい塩梅を目指したい所ではあるが策はまだない。

 そこで今回はパティスリーの人気商品であるフィナンシェを選んでみた。気に入ってくれるといいなぁ……


 ちなみに、手土産は側に控えていた大森さんが持っていった。す、すまーと……


 それからしばらく栞さんに案内されて薔薇を見て周った。栞さんもお手伝い程度に手入れをしているらしく、薔薇の種類も教えてくれた。

 その途中には、「暑いかしら」と言って日傘にいれてもらってしまった。これはもしや、相合い傘なのでは。

 貴重な機会だから堪能したいのに、いつもよりぐっと近づいた距離に胸の鼓動が早くなる。栞さんの方見れない。それにめちゃくちゃいい香りがして、くらっとしてしまった。


「大丈夫?」

「だいじょうぶです……」

「日差しが強いものね。さぁあちらで休憩しましょう」


 そう言って連れてこられたのは屋根のあるちょっとした建物。


「この場所は?」

「ガゼボ、というのよ」

「がぜぼ……」


 聞き馴染みのない言葉だ。

 白を基調にした木製のガゼボと呼ばれる建物の中には、テーブルと椅子があり、話を聞きながら椅子に栞さんと向かい合うように座る。


「日本の東屋あずまやのようなものよ」

「あずまや……」


 またしても聞き馴染みがないもので目を瞬かせる。


「東屋ってあまり聞くことないわよね」

「うん、わかんないや……」

「いいのよ。でも1度見たことあるじゃないかしら。公園にもあったりするのよ」

「あ、確かに。似たようなのどこかで見たことがあるような……?」


 それらしいものが記憶の中でおぼろげに浮かび上がる。

 観光地とかにもあったりするのだろうか。


「休憩したり景色を眺めたりすることを目的に造られた場所なの。ここにいるとなんだか景色を独り占めしたような気分にならない?」


 悪戯いたずらっぽい笑顔でそう言った栞さんはとっても可愛かったことをここに残しておく。

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