第24話 慣れていく環境
始業式から2週間ほど経てば、新しいクラスにも慣れてきた。
部活も仮入部を経て正式に1年生が入ってきて、後輩ができる。私には後輩ができることのドキドキ感はないが、周りは少しそわそわしているように思える。
新しい生活にも慣れてきた所で、栞さんと別のクラスになったことで関わる機会が激減したことを実感した。
授業後の部活では会うけれど、美術部には朝練はないし、朝もそんなに頻繁に会いに行くのもどうかと思って行けていない。
その代わりといってはなんだが、榎本くんとの関わりが増えた。よく目が合うのだ。
「小松ちゃんは榎本くんと仲が良いんだねぇ」
「えっ!……まぁ悪くはないと思うけど」
「そりゃ悪くはないでしょ。あんなに構われてるんだから」
世間話のようにのほほんと話題に出された私に対する榎本くんの態度。
確かに榎本くんが私に話しかける頻度は高め。むしろ他の女の子には自分から話しかけていないようにも見える。私が見ていないだけかもしれないが。
でもそうか、やはり私と榎本くんは仲が良さそうに見えるのか。
いつか恋する乙女に恨まれないかしら。影ながら人気ありそうだからなぁ。
もっと人気出ても良さそうだけど……人気出たら対処に困るんでやっぱりいいですそのままで。
「ちょっと犬みたいよね」
「飼い主に構ってもらいたい犬?」
「そう。それも変わり身が早いの」
すごい言われようだ。犬って言い出した小野さんはともかく、初ちゃんは否定しないのね。
まぁ私も人のこと言えないけど。
以前榎本くんの頭に垂れた仔犬の耳が見えたことがあるもの。きゅるっきゅるの瞳にきゅっと上がった口元。思い返してもわんこやんわんこ。
そんなことを言われているのに気づいているのかいないのか、ちょうど目が合った榎本くんが笑みを浮かべた。
「ほら」
「……」
榎本くんごめん……今の君は完全にわんこだったよ……
何も言えないでいる私をぽやっと見守る初ちゃんは、初めの会話の気まずさがなかったかのように、普通に話せてるし笑顔も見せてくれている。
小野さんもこちらの席によく来てくれて、私にも話しかけてくれる。しかし、からかわれているのか何なのか、度々榎本くんの話題を振ってくるのはやめていただきたい……
そんなふたりは部活が一緒だったことから仲良くなったらしい。
吹奏楽部に所属していて、初ちゃんはホルン、小野さんはトランペットを演奏しているとか。
私が少しピアノ弾けると言うと、初ちゃんは瞳をキラキラさせていた。
「すごい!今も習ってたりするの?」
「うん。趣味みたいなものだけど」
「じゃあ今度一緒に演奏してみたらいいかもね」
「心春ちゃんナイスアイデアだよ!!やろう!!」
なんて話になったりした。
というか、良く考えたら私の周りの人達楽器が演奏できる人多くないか? 友達になるのに楽器が演奏できるのが必要事項ではありませんけど……?
ピアノはまだ習い事の定番って感じがするけど、ヴァイオリンとかホルンは珍しい部類に入るのではないだろうか。
トランペットは微妙なライン。習い事としてはあまりなさそうだけど、吹奏楽でトランペットは欠かせない楽器だろうし、演奏する人口も多そうなんだよな。
「本当に榎本は小松ちゃんのことが気になるんだね」
あれ?
不思議そうな顔付きで呟いている様子から、小野さんは良くありがちな色恋の想定をしていた訳ではなさそう。
「ただ目が合うだけだよ。小野さんもあるんじゃない?」
……? 少し待っても返事がない。
「小野さん?」
「……小野さんってちょっと遠くない?」
小野さんは心なしか普段よりもむすっとした顔をして、それからすぐに取り繕うように話し出した。
「いや、好きに呼んでって言ったのは私だけど距離感じちゃって」
できたら小野ちゃんの方がいいんだけど……
そう言ってこちらを伺うように
「かわ……」
「……え?」
あまりの可愛さについ口に出してしまった。
「あはは!心春ちゃん可愛いね!」
「初も何言ってるの」
口元をぎゅっとして初ちゃんを見る小野さんは拗ねたような態度で、私の心をさらにときめかせる。
え、ギャップでやられます。オタクはギャップに弱いんですやめてください……
「小野ちゃん!」
「あ、うん」
「心春ちゃんと呼んでいいのはいつからでしょうか!?」
「い、今からでいいけど……」
「ほんと!?」
「うん、どうぞ……?」
まんまるに開いて瞬かせる瞳は心底驚いたことを伝えてくれるが、そんな戸惑う彼女に立て続けに言葉を発した。
いつか心春ちゃんとお呼びできたらと思っていたけれど、こんなにも早くできて嬉しい!!
「やったね小松ちゃん!」
「うん!」
初ちゃんも自分のことのように満面の笑みを浮かべてくれている。
手を取り合って喜ぶ私達を、心春ちゃんは仕方ないなとでもいうように笑って見ていた。
───
「なんだか嬉しそうね」
「え、そうかな?」
「ええ」
部活が始まるまであと少し。美術室にやってきた栞さんに、にっこりと微笑まれながら指摘された。
「クラスの人と仲良くなれたからかも」
「あら、良かったわね」
「うん。栞さんはどう? クラスの雰囲気とか」
「そうね……」
そうして少し考える素振りをする栞さん。
以前、絵菜と会った時にはほの暗いものを感じたが、今回は特にない。
いつも通りな栞さんに、どこか残念に思う自分がいた。
あぁ、ダメだ。このままでは栞さんに依存してしまうではないか。
たとえ元推しでも、執着しては身を滅ぼしかねないというのに。
あんな夢を見たせいだ。
1年の時にはほとんど一緒にいた彼女の側に、私はいない。
そんなこと、これからだって普通にあり得るのに。
そんな未来があることを受け入れたくない自分がいる。
自分の懐には誰も入れないで、誰かの一番になりたいだなんて都合が良すぎる。
そんな思考を断ち切るように頭を振る。
「どうしたの?大丈夫?」
「うん、大丈夫」
「そう……」
何か言いたそうにしていたけれど、言及しないでくれて思わず
「あぁ、そうだわ。来月には庭の薔薇が咲きそうなの。紗綾さん見に来れるかしら?」
「ぁ、行く!」
「良かった。庭でお茶しましょうね」
栞さんが楽しそうに笑うから、私もつられて笑顔になった。
話の内容を変えてくれたのは彼女の優しさだったのか。
その優しさに助けられる私は、やっぱり臆病者なのかもしれない。
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