第2章

第23話 可愛い隣人とその友人

 気分が落ちていても時は無情にも過ぎるもので、2年の初日を迎えていた。


「緊張してる?」


 ひとつため息を漏らせば、勘違いさせてしまったようで栞さんが心配そうに声をかけてくる。

 首を横に振って否定し、新しいクラスの教室へと足を進めた。


 ───


 いつものように登校していると、校門の近くで栞さんに会ったためそのまま一緒に校舎へと向かう。

 昇降口に張り出されたクラス名簿の前には、多くの生徒が集まっており、私と栞さんもそのひとり。遠くからどのクラスになったのか探していた。


「あ!……違った」


 思わず出た声はすぐにしぼんでしまった。

 榎本という文字が見えて、栞さんの名前!? あわよくば一緒のクラス!?と、テンションがぐんっと上がったのだが、その後の文字が弦だったことで一気に真顔になった。


 別に榎本くんが嫌な訳じゃない。ただ願ってた人とは違っただけなのだ。

 心なしか気分が急降下したまま、自分の名前を再び探し始めるとすぐに見つかった。


「あった。栞さんは名前見つけた?」

「ええ。別のクラスみたいね」


 私が指差した先を見て栞さんが呟いた。


「みたいだね……」

「代わりでもないけれど、弦の名前があるわね」


 改めて言われると別のクラスということが現実味を帯びてくる。

 2年連続で同じクラスになる確率が低いのはわかっていても、少し期待してしまっていたのは事実だった。



 栞さんと別れ、教室に入ると知らない人ばかりだったため、足早に黒板に張られた座席表から自分の名前を探す。

 席に着いて一息つくと、名前を呼ばれた。


「小松さん、おはよう」

「あ、おはよう。榎本くん」

「同じクラスだね、よろしく」


 そう言ってにっこりと笑った榎本くんの周りには、どこか花が舞っているように見えた。

 何か嬉しいことでもあったのだろうか?

 頭に疑問が浮かんでいると、先生がやって来た。


「じゃあまたね」


 手を振られたので振り返しておく。

 それから赴任式、始業式が終わり、次の授業まで少しの休憩がもうけられた。


 1年生の時よりか不安はないものの、仲の良い人は榎本くんや同じ部活の女の子くらいで心細さを感じていた。

 だからこそ、先ほどまで席を外していた左隣の席の女の子に声をかけてみることにした。


「あの、小松紗綾です。これからよろしくね」

「は、はい。私は国枝くにえだういといいます。こちらこそ、よろしくお願いします」


 急に話しかけてしまったからか、彼女は体を少し飛び上がらせてから深々と頭を下げた。


「あ、ごめんね。突然話しかけちゃって」

「あ、いや、大丈夫です」


 こういうの苦手だったかな。

 話しかけてからずっと敬語のままだし、うつ向いてしまっている。

 少し申し訳なく感じていたそんな時。


「初」

「あ、心春こはるちゃん!」


 声を明るくした国枝さんの近くにはショートカットの女の子が立っている。


「友達できたの?」

「え、友達……って言っていいのかな?」


 見るからにわたわたし始め、手と頭を意味もなく動かしている国枝さんをちらりと見た後、彼女は私の目の前にやって来た。


「私、小野心春。よろしく」


 少し口角を上げて、小さく頭を下げた小野さんがとってもかっこよくてちょっとだけ見惚れてしまう。


「小松紗綾です。よろしく」

「なんて呼んだらいい?」

「あ、なんでも好きに呼んでください」

「そう、ならひとまず小松ちゃんって呼ぶね。私のことも好きに呼んで。……初は?」


 流れるように滞りなく進んでいく会話。そして国枝さんのことを気にする余裕。

 これは憧れるやつだ。女の子にモテる女の子な感じがするよ小野さん!


「あ、私も小松ちゃんって呼ぶね。私のことはできたら下の名前で呼んでもらえたら嬉しいな」


 小野さんがいるからか最初よりも落ち着いた様子で話す国枝さん。

 下の名前か……初さんって感じでもないような気がして少し悩んでしまう。


「えっと、じゃあ初ちゃん……?」

「……うん!」


 はにかんで笑う初ちゃんはたいそう可愛らしくてお姉さんきゅんときました。

 懐いてくれなかったわんこが懐いてくれた感じ?

 お菓子か何かあげたくなっちゃう。


「あ、心春ちゃん何か用だった?」

「いや、初の様子見に来ただけ。ちょっと気まずそうだったし声かけちゃった。邪魔したならごめん」

「いやいやいや!大丈夫!むしろ心春ちゃんが来てくれて心強いし!」

「なら良かった」


 え、なにそれ……

 私このふたりのやり取りずっと見てられるかも……

 かっこいいと可愛いが共存した空間。

 もういっそ空気みたいになってもいいかも。

 なんて思っていたら、ふたりともこっちを向いていて驚いた。


「え、何?」

「小松ちゃんが固まっちゃったから大丈夫かなって」

「会話に入れないのかと思ったんだけど、そうでもない?」

「あぁ、大丈夫大丈夫。ぼーってしてただけ」

「そうなの?」

「そうそう」


 頷いて見せれば、ぱっと初ちゃんの顔が明るくなった。

 ころころ表情が変わる初ちゃんとは対照的に、小野さんは口元が少し動く程度。

 小野さんのその表情が崩れるのはどんな時なのだろう。どんな表情を浮かべるのだろう。

 ……いつか見てみたいな。


 そうは言っても、もう少しで1年の付き合いになる藤堂くんの笑顔も見れてないため、先行きは長そうであるが。

 もはや藤堂くんが笑顔見せなさ過ぎなのでは?

 藤堂くんの表情筋ははたらいているのだろうか。はたらかせる気もないのかもしれないが、やはりよくわからない人である。


「あ、先生来たよ!」

「じゃあ私、戻るね」


 ひらりと手を振って去っていった小野さん。去り際までかっこいいとは何事。

 生粋のオタクには小野さんの存在が眩しいな。思わず目を細めてしまう。

 いっそファンクラブ作ってやろうか。後輩を中心に人気出そうだぞ。


 隣を見れば少しお話できた初ちゃんが真っ直ぐ前を向いていて、私も習って姿勢を正す。


 近くに話せる人がいるだけで安心感が違うな。

 うん。なんとかやっていけそう。

 幸先の良いスタートに心が踊るのを感じていた。

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