第1章 ざっくりすぎるダイジェスト +α
7歳のある夜、"私"の記憶が流れこんできたことが全ての始まりであった。
今の私と姿形が違うのに、それが"私"だという確信があったが、肝心な死んだ記憶がなく、どこか夢を見ているようだった。
何が起こっているのかわからず、この体とは違う記憶と、不可思議な現状に呆然と涙を流し、目が覚めてもう一度絶望した。
こうして"私"は小松紗綾になった。
この世界で生きていくことを受け入れられたのはその日からずっと後だった。
それから平凡な日々を過ごしていた私の世界が変わったのは、中学生になった初日。
"私"の推しである彼女に出会ったことで、この世界がどういうものなのかを理解した。
『空っぽの
私立
ストーリーを進める中で、主人公に登場する攻略キャラクター達の情報をくれるのが、私の推しなのである。
ゲーム内での情報は、見た目と主人公と同学年であること、彼女自身については教えてくれなかったのだが、少ない情報しかなくとも、私は彼女に魅せられていた。
そんな彼女に、私は出会ってしまったのだ。
それにしても、神様とか出てきて「あなたの好きな世界へ転生させました」、みたいなのを見たことがあるけれど、出てきてくれないからわかりませんが!? 誰も教えてくれなかったよ!?
日本だけど、私の知ってる日本ではないこの世界。
たとえ推しがいる世界だとしても、不安に駆られてしまうのが正直なところであった。
前の私の世界にあった作品を、記憶がある限り探してみたが見つからず、推しの出てくるゲームも探すと案の定見つかることはなかった。
その代わり、この世界にゲームの中にあった『私立鶯森学院』が存在していることは確認できた。そしてあのゲームの舞台は高校で、主人公と同学年だと判明している推しがクラスメイト。そこからわかるのは、現在はゲームの話が始まる前で、主人公とも同学年と言うこと。
私の名前はゲーム内で出てくることはなかった。それはこの世界で私は主要人物ではないことを表していた。
これが現実だとわかっていても、いまだに推しが現実にいることに慣れることはないし、推しは推しとしか見れていないが、時は無情にも過ぎていった。
ちなみに、私は推しの友人枠に入ることができたようで、よく行動を共にするようになった。それで必然的に、推しの新しい情報も自然と手に入るようになったのは嬉しい誤算であったが。
それで欲が出てきたのだ。少しずつ仲良くなりたい。そんな思いを抱くようになった。
推しと共に美術部に入部することになり、部活へ向かおうとしていたある日、ひとりの男子がやってきた。
美男子なこともあって、目の保養だなと思わずじーっと見つめていたら、視線に気づいたのか目が合ってしまった。
彼は榎本弦と言って、なんと推しの双子の弟らしい。笑顔が似てて、推しがふたりいるみたいでしんどい……内心そんなことを考えていたのが伝わっていないといいな。
これが推しの弟に懐かれるきっかけとなったようで、次第に彼との関わりが増えていくのだった。
それからというもの、推しの弟とは廊下ですれ違えば手を振られるようになった。
彼は顔が良いだけでなく、運動もできるらしい。剣道部に所属しているとか。
性格は物静かだが、人見知りをするタイプでもないらしく、密かに注目されているとのことだ。
推しともっと仲良くなりたいが、そうなると必然的に弟とも接点が増える訳で…… それでも、弟と親しくならなければいいと思ったが、なぜか気に入られているようだし……
どうにかして目立つこともなく、かつ推しとの仲を深めることはできないものか……
そう思っていたのに、推しとおまけに推しの弟と勉強をすることになってしまった。
なぜそんな展開になったかというと、定期試験の勉強を推しとするために、休日に近くにある図書館へやって来たのだが、そこに推しの弟もいたのだ。
それでいつの間にやら3人で勉強することに……
ことあるごとに、推しの弟におねだり(お願い)をされるのはなぜなのか。一緒に勉強がしたいとか、勉強会の時に卵焼き食べたいとか。
了承してしまう私も私なのかもしれないが、無下にできないのだ。
でも推しの弟だけじゃない。推しとだって仲良くなっている。テスト前に推しに映画に誘われて、初めてお出かけをしたのだから。
そうして推し(ついでに推しの弟)と仲良くなっていく日々の中、時々前の"私"のことを考える。
推しに出会えて幸せだ。たわいない話だって、推しとだったら楽しいし幸せを感じる。ただ、私にはもっと大切なものがあったはずだ。
なんとなくだが、もうあの日々には戻ることができないのだと思う。この手で抱えきれないほどあった大切なものは、突然手から零れ落ちてしまったのだとわかっていた。
2回目となったテスト週間のある日。元々は推しとふたりきりで勉強する予定だったのが、いつの間にか4人での勉強会に変わっていた。
そこで推しの弟に連れられてやって来たのは眼鏡をかけた無表情の男の子。藤堂
夏休みはイベントが盛りだくさんだった。
推しの弟と美術展に行くことになったり、夏祭りに行ったら運動着姿の推しの弟と藤堂くんに遭遇したり。夏祭りの時は、ひとり帰った藤堂くんを見送ってふたりで帰ることになり、はぐれないように腕に掴まるというゲームだとスチルありイベントも起こった。
食欲の秋には、季節にかこつけてクッキーを作った。それを推しに渡してみたらあら不思議!推しの弟にも渡っていた!
推しの弟の嬉しそうな顔に弱い私は、今度何かを作ったら彼にあげるというおかしな約束をしてしまった。
それから12月、お裾分けと言って推しと弟に渡した。これで約束は果たせたのだが、推しの弟がまた嬉しそうに頬をほころばせるから、私はどうすることもできないのだった。
とある日、推しと一緒に教室に戻る際、小学校の時からの友達である絵菜と会ったことをきっかけに私は"推し"と呼ぶのを止めた。
触れようと思えば、触れられるその距離にいるのに、私とは別の世界を生きる人なのだと、心のどこかで思っていたことに気づいたのだ。
"推し"としてではなく、彼女自身を見るために、もう"推し"とは呼ばないようにしようと思った。彼女を彼女として接していたいし、好きでいたかった。
1年の終わりにはこれからのことについて考えた。
この世界の軸となる乙女ゲームにはあまり干渉することはないと思う。どこの高校に進学するのかはまだわからないし、もしかしたら私もあの学校に行くのかもしれないが、正直言ってそこまで彼らに興味はない。
1つ興味があるとしたら、彼らの髪色がどうなっているかだ。あとついでに誰ルートかだけ教えてもらえたらなんもいらないです。
ゲームの登場人物は今のところ、主人公のお助けキャラ的存在の榎本栞さんしか出会っていない。
主人公や攻略対象のことを探してみようかと一瞬思ったが、それでフラグが立つのもあれなのでやっていない。
私がいないところで勝手に幸せになってくれー!という気持ちでいっぱいだ。というかそう願っている。
1月12日は栞さんと榎本くんの生まれた日だった。
会話から、栞さんには紅茶も良いかもしれないと思い立ち、最終的に買ったのは、フレーバーティーと呼ばれる香料や花びら、果皮で香り付けした茶葉のものだ。
榎本くんにはタオルを贈り、本当に喜んでくれたかはわからないが、プレゼントを渡すという重要なミッションに変に疲れを感じてしまうのであった。
家の用事で海外に行ったりしていた栞さんがお嬢様なのではないかという疑惑は、栞さんのお家に来て確信へと変わった。
もはやお屋敷と言っていいのではないかと思うほどのサイズのお家に、防音室、執事(仮)のおじさま、家の庭に咲くらしい薔薇。これでお嬢様でなかったら何者なのか。
そんなお宅訪問をしてからは、彼女と一緒にいていいのかという不安が頭をよぎっていた。キャラクターのイメージが消えないのだ。
知っている彼女に近づいていく。そこに私はいるのだろうか。
そんな私の寂しかったり悲しかったり、心が揺れた時がわかる能力でも備わっているのか、教室にやって来た榎本くんによって自然と笑顔にさせられていた。
バレンタインには栞さん、榎本くん、藤堂くんにもチョコを渡し、なんと栞さんからブラウニー、しかも手作りを頂いた!
1ヶ月後のホワイトデーには榎本くんからは飴を、藤堂くんからはクッキーをもらった。
栞さんから、ホワイトデーのお返しのお菓子には意味があると聞き、検索してみると、クッキーは「あなたは友達」、飴は「あなたが好きです」という意味があるとか。
でも、特に何を思うこともなかった。お返しをくれたことが事実なだけで、それに込められた想いは私にはわからないのだから。
4月3日。それは小松紗綾私が生まれた日で、この日は決まって夢を見る。
"私"ではない紗綾が生きている夢。"私"が紗綾になったことを忘れるなとでも言うように。
そしてその日見た夢では、教室にいる私は見覚えのない子と一緒に話していて、離れた席に座る栞さんは本を読んでいた。場面が変わって、前から歩いてくる榎本くんとすれ違っても挨拶どころか目も合わなかった。
きっとこれが紗綾の日常だと思った。
何もかもが怖かった。
私が消えてしまうことも。
私が紗綾のあったかもしれない時を犠牲にして生きていることも。
結局傷つけることも傷つけられることも嫌な臆病者の私にとって、この日は祝福の日ではなくて、私の罰を思い返す日だ。
───
さてさて、ちょっぴり情緒不安定気味な紗綾はこの春、中学2年生に!
紗綾はどんな学校生活を送るのか!
おみくじで書かれていたように「待ち人」は来るのか!
榎本栞、そして榎本弦との関係に変化は訪れるのか!
次回より、中学2年生編が始まります!
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