第22話 春に訪れる夢

 いろいろな花が咲き始め、桜のつぼみが花開く頃。

 春休みになりました。


 終業式の日はもうこのクラスではなくなることに少し寂しさを感じていたが、卒業ではないため比較的あっさりした終わりだった。


 春休みは夏と比べてしまうと短くはあるが、両親と昔ながらの街並みが残る土地へお泊まりをしに行ったり、宿題に追われたり、趣味である服のデザインをしたりと休みを有意義に過ごしていた。

 たまには夜更かししたり、寝坊したりするのもいいよね。大人にはダメって言われるけど、夜の方がアイデアが浮かんだり集中できることもあるのです。


 後、スカートを作るのに挑戦してみた。

 以前の"私"は栞さん推しのコスプレをするために自分で服を作ったことがある。……人に自慢できるような出来映えではなかったけど。

 製作について細かいことは覚えていないが、簡単に縫い合わせるものならできるのではないかと思い、型紙を購入し手芸用品店で布を調達した。その際には、ちゃんと着れそうな布を買ってきて、自分用に作りました。作る時に母はしきりに私の手元を気にしていたので、おそらく怪我しないか心配だったのだろう。そんな心配をよそに、ひたすら作業していた。


 そうやって完成したスカートは、この体では初めてのことだからか完璧とは言いがたい出来だった。少しがたついたため、ほどいて縫い直したりもした。手作り感満載と言ったところだろうか。

 でも初めてにしてはいい出来だと誉めておくことにしよう。心の安定と次回へのモチベーションのためにも。


 ちなみに栞さんと榎本くんは用事があるとかで京都にいるらしく、始業式までには帰ってくるけど遊んだりはできないみたい。残念……

 でもふたりとも用事があるということは、おそらくお家の予定かなと思うので仕方がないだろう。

 ふたりして「お土産買ってくる」と言っていたが、はたして「気にしないで」という言葉は聞き入れてもらえたのだろうか……


 ───


 4月3日。

 それは小松紗綾が生まれた日だ。


 この日は決まって夢を見る。

 "私"ではない紗綾が生きている夢。"私"が紗綾になったことを忘れるなとでも言うように。


 初めてその夢を見たのはいつのことか覚えていない。ただ、紗綾であって"私"ではないその姿は、本来の紗綾だと思った。

 夢の中の紗綾は愛嬌があっていつも笑顔で、両親に甘えられず周りの子供から浮いていた現実"私"とは違っていた。


 そしてそれが確かだと思ったのは今日もまた夢を見たから。

 教室にいる私は見覚えのない子と一緒に話していて、離れた席に座る栞さんは本を読んでいた。場面が変わって、前から歩いてくる榎本くんとすれ違っても挨拶どころか目も合わなかった。


 ああ、きっとこれが紗綾の日常だったのだ。

 本来なら関わり合うことのない人同士で、"私"が栞さんを知っていたから今の関係になれた。そして栞さんを知らなければ、"私"でなければ紗綾はこの夢の通りだったはず。そう思えてならなかった。


 目覚めてからぼーっとする頭でそんなことを考えていた。

 誕生日なはずなのに気分は晴れやかではなくて、むしろ落ち込んだ状態で1日が始まった。


 それから夜には両親によるごちそうとプレゼント、栞さんと榎本くんからもお祝いの連絡をもらった。

 ふたりとも後日プレゼントをくれるらしい。もらったお返しなのかもしれないけど、まめな人達だな。


 こうして美味しいごはんとケーキに、お祝いの言葉で満たされていた私であったが、布団に潜り込むとまたあの夢が思い出された。

 いつもなら癒しであるお布団はこの日ばかりは嫌な気分を連れてくる。


 この日が来る度に、私はいるのかわからない神に問いかけたくなる。

 私が消えて紗綾になる日は来るのでしょうか。その時紗綾は生きていけるのでしょうか。

 私が過ごして奪ってしまった時間は取り戻せないし、その時に直接謝ることもできないかもしれない……謝ったって許してはくれないだろうけれど。


 私が消えたらどうなるのだろう。

 もし輪廻りんねがあるのだとしても、その枠には入れないのではないか。

 結局紗綾のことを思っているようで自分のことばかりだ。そんな自分ばかり願いを叶えてもらおうとする自分に嫌気がさして笑えてくる。


 紗綾のためなんかではなくて私のため。

 今のところ二重人格のような兆候はないけれど、紗綾が表に出てくることもあるのかもしれないとふと考えたりする。どこにいるのかもわからない紗綾が戻ってくることに怯えているのだ。


 だがその一方で、私の好きなように生きていることで世界ではなく紗綾に被害が及ぶことを恐れている。きっと一番被害を与えているのは私自身なのに。


 何もかもが怖い。

 私が消えてしまうことも。

 私が紗綾のあったかもしれない時を犠牲にして生きていることも。

 結局傷つけることも傷つけられることも嫌な臆病者。


 それでも紗綾に体を返す方法も知らない私には、どうすることもできないのだ。

 今日生きていることに感謝すること、謝ることしかできないから。


 最終的に私は私の思うようにしか生きられない。

 紗綾この体を幸せにすることが、せめて私にできることなのかもしれないとそう思ったりもするし、そうであったらいいなと願う。


 この日は祝福の日ではなくて、私の罰を思い返す日。


 次に年を重ねた時、今度こそ私はいないんじゃないか。そんなことをぐるぐると考えて次の朝を迎えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る