第21話 飴とクッキー

 返ってきたテストの点数を見てほっと息を吐いた。


 バレンタインが終わった後、学年末テストがやってきた。バレンタインから1週間ぐらいでテストが始まったため、正直忙しさがいつもとは別物だった。

 私のように手作りしたり、購入したりとバレンタインに気を取られていた人達は、余裕をもって勉強に力を入れられず、いつの間にかテスト週間に突入してしまっていたのである。

 まぁそうですよね、そんなの考慮してくれる学校なんてないさ。


 今までまぁまぁ良い点数取ってきたこともあり、今回も良い点数を目指したい。だが学年末ということで範囲も広く、集中してやらないといけないだろう。1度習ったことかもしれないが、卒業して何年と経ってしまっているし、全く同じってこともないので気は抜けないのだ。

 余裕のないこの状況で難しいことはわかってはいるが、そんなのはわかっていて抗ってしまうのはさがなのか。


 そんな葛藤があり、今回の勉強会は不参加とさせてもらった。本当に余裕がないから一緒にやるのは難しいかと思ったのだ。

 だから私抜きでやるのかと思ったけど、今回は勉強会はやらなかったらしく少し申し訳なく思った。


 そんなこんなでなんとかテストを乗り切ることができて、頑張った成果も出たので一安心した。

 テスト特有のピリついた空気も和らぎ、来年度までテストがなくなったことでどこか安心感が生まれている気もする。


 それから卒業式も終わり、春休みまで後わずかとなったある日。教室に榎本くんと藤堂くんが訪ねてきた。


「小松さん、これバレンタインのお返し」

「? あぁ!」


 あげるのに満足しててあまり気にしていなかったが、本日、3月14日と言えばホワイトデーだった。


「口に合うといいんだけど」

「ありがとう!これは……」

「飴だよ」


 榎本くんからもらったのは瓶に入った飴で、透明な袋にラッピングされていた。ころころとした色とりどりの小さな飴がたくさん入っているみたい。レトロな感じで、パステルカラーの淡い色合いが可愛らしかった。


「嫌いじゃなかったよね?」

「うん、好きだよ」

「良かった」


 私の返答に、榎本くんは安心したように笑った。


 改めてもらった飴を見てみると、りんご、ぶどう、メロンなどのフルーツの風味のもののようだ。

 どんな味がするのか胸踊らせていると、今度は藤堂くんに話しかけられた。


「小松さん、僕のも」

「藤堂くんも!ありがとう!」


 いつもはいない藤堂くんが私達のクラスに来ていたから珍しいなと思ってたけど、なるほど渡しに来てくれたのか。

 渡されたものは簡単なラッピングがされていて、中身はクッキーのようだった。


「作ったの?」

「ほとんど母さんが作って、少し手伝ったぐらい」

「お母さんが」

「うん、母さんがそういうの好きだから」


 そっぽを向いて答える藤堂くん。

 え、待って、なんか可愛くないか!?

 中学1年の男の子がお母さんと一緒に作ったっていうことだけで可愛いのに、お母さんがそういうの好きだから!?

 それってお母さんに作るよってけしかけられたのか、手伝ってほしいって言ったのか、どっちなの!?

 恥ずかしそうにしてるのがまた、私の奥底に潜んでいた母性本能がくすぐられる。

 純粋に可愛くて仕方がない。私、中身年齢不詳の姉さんだからこういうのには弱いんだよ。


 それじゃあ、と足早に去っていった藤堂くんは、やっぱり可愛くて自然と笑みが溢れた。


「僕も教室に戻るね」

「うん、これありがとね」


 榎本くんの視界に入るようにもらった飴を胸の前にもってくると、目を細めてにっこりと笑った。


「うん、じゃあね」


 ───


 それから数日後、部活に行く前の帰り支度をしていると。


「そう言えば、ホワイトデーのお返しのお菓子には意味があると言うそうよ」

「そうなの?」


 じゃあ今回もらったクッキーや飴にも意味があったりするのだろうか。


「ええ。でも誰が言い出したのかしらね」

「お菓子を販売する人達だったりするのかなぁ」

「そうかもしれないわね」


 ふと栞さんの方を見てみた。


「意味を持たせるなんて、直接想いを伝えられないからなのかしら……」


 その横顔は少し寂しそうだったが、どうしてそんな顔をしているのか聞くことはできなかった。


 それから家に帰って、ホワイトデーのお返しの意味をスマホで検索してみる。

 クッキーは「あなたは友達」、飴は「あなたが好きです」という意味があるとか。


 でもそれを見て特に何を思うこともなかった。

 お返しをくれたことが事実なだけで、それに込められた想いは私にはわからない。

 それは言葉にしなければ伝わらないし、秘めた想いも伝えようとしなければ伝わらないものだと思うから。


 それにしても、飴の味にも意味があるなんて考えた人はすごいな。

 いちごは恋・結婚、りんごは運命の相手というように、細かく分かれているようだ。

 ひねくれた私は、抹茶とかマンゴーとか、変わり種の味のものは何になるんだと聞きたくなるが、聞く相手もいないし止めておこう。


 今日もらった飴の入った瓶からひとつ取り出して口の中に入れた。


 そう言えば「初めてのキスはレモンの味がする」なんてことを聞いたことがあるけど、これも誰が言い出したんだろう。実際にはそんな甘酸っぱいものだけではなくて、もっとバリエーションがあるのかな。

 例えばそう、唐揚げとか。何か食べた後ならその味がするよね。


 そんなことを考えていると、なぜか"前"の私のことが思い浮かんだ。

 "前"の私がキスをしたことがあったのかはわからない。パートナーがいたのかさえ覚えていない。

 家族のことを思い出そうとしても思い出せなかったから、周りにいた人のことも思い出せないのだろう。

 いたのかさえわからない彼らのことを考えてみても、何も生まれることはなかった。


 なんとなく口に入れた飴はもうなくなってしまったけど、甘酸っぱいレモンの味が残っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る