第17話 難しすぎるプレゼント

 1月12日。それは栞さんと榎本くんの生まれた日。

 この日のために私は以前から地道に準備をしていた。


 ───


 木枯らしが吹きつけるようになり、寒さが増した頃。

 私は机の上に出した何も書かれていないメモとにらめっこしていた。


 困った。中学生の欲しいものがわからない。

 栞さんと榎本くんの誕生日にプレゼントを贈ろうと思ったはいいものの、全く考え付かなくて頭を抱えた。


 個人的に、入浴剤とかはめったに使わないので、相手も使わない場合があると踏んでいる。

 あとプレゼントの相場がわからぬ。そこは気持ちなんだろうけど、このプレゼント何贈るか問題は万年生じてるよね。相手の欲しいものってよく知ってる人のことでも難しい。

 無茶苦茶無難にお菓子じゃだめかな。今までは作ったものをお裾分けしたりしてたけど、お店のものを渡すのって逃げでしょうか。ふたりともお菓子好きだし良いのではないだろうか。

 真っ白なメモに"お菓子"と書き出す。

 そういえば、以前栞さんの好きな食べ物はプリンって言っていたような……

 "お菓子"の隣に"プリン"を書き加えるが、すぐにバツを付ける。

 いや待って、プリン持っていけるのか……?

 というか持って来られても困るよね?その場で食べるのも、持ち帰るのにも困るやつだよ。学校だよ?食べやすくないぞ?

 うん、困らせることしか想定できない贈り物なんて却下だ却下。もっといいものがあるはずだ。


 どんなものに興味をもっていただろうか。ふたりのことを考えてみる。

 栞さんの場合、華美なものよりも落ち着いた色合いのものを持っていて、流行りを追っている印象もない。美術部に所属しているから、そういう関連のものでもいいかもしれない。

 榎本くんに関しては、勉強会の印象が強くて文房具しか出てこない。あ、でも絵画に興味あったり、剣道部だったりするから、そっち(?)の方向でもありかな。

 ……あぁぁー!難しすぎる!!!

 考えることを放棄するように机に突っ伏した。


 栞さんはどうしよう。それとなく聞いてみることにしようかな。

 榎本くんは……また考えよう。うん。


 そんなことを考えてから数日。


「ふたりは欲しいものってある?」

「「……欲しいもの?」」


 やってしまった。あまりにもプレゼントについて考えていたせいか、ふとした時に口に出してしまった。これじゃあわかりやすすぎる。よりによって、榎本くんが私達のクラスにやって来ている時に言うなんて。

 様子を伺えば、ふたりは顔を見合うと首を傾げたりといった悩むような仕草を見せた。

 あ、そんなに気にしてないみたいだ。ひとまず良かった。


「欲しいものねぇ……あぁ、新しく出た本で気になるものがあるからそれかしら」

「僕も本かな。続編が出たから買わなくちゃ」

「あら、変なところで気が合うわね」

「そうだね、変なところで似てしまうなんてね」


 ふふふ、とふたりが黒っぽい笑みを浮かべて笑い合っている側で私はまた考えにふけっていた。


 家に帰り部屋に入ってすぐに、この間書いたメモを取り出して"本"と書いた。

 でもまだ誕生日は先だから、もう本は買っちゃうだろうし、本に関連するものがいいのかなぁ。

 まだ時間はあるとは言え、何をもらったら喜んでくれるのか、考えても出てこない答えを探していた。



 それからしばらくして、会話の中にヒントを見つけた。


「この前、クッキーを食べる時にほうじ茶を飲んだら、意外に相性が良くて驚いちゃった」

「ほうじ茶を? 確かに少し意外ね」


 そういえば、栞さんがよく飲むのは紅茶なのかな?


「ね。栞さんはお菓子には紅茶?」

「ええ、コーヒーを飲むこともあるけれど、紅茶を飲むことが多いと思うわ」


 コーヒーも飲んだりするのか。私もコーヒーをたまに飲んだりするけれど、中学生で紅茶をよく飲むってなんだか大人というか優雅というか。


「そっかー。緑茶とか、ジュースは飲まないの?」

「日常的には飲まないかしら」


 ジュースも緑茶もあまり飲まないとなると、飲むもの限られてるな。これだと、炭酸飲料とかも飲まなさそうだ。

 周りはどうかはわからないが、中学生はジュースとか炭酸飲料とかを好んで飲む子が多そうなイメージなんだけどなぁ。所詮イメージでしかないのかな。ちなみに私はいろいろ飲む派。麦茶とかジュースも飲むしコーヒーもたまに飲みまする。


「じゃあご飯の時は?」

「お水かしら」

「ああ、なるほど。お水ね」


 水。家でご飯の時にお茶を飲むことが多い私からすると、考え付かなかったや。確かにお店とかでお水出るものね。なんだか少し新しい発見をした気分であった。



 それから年は明け、本日がふたりの誕生日。


「おはよう!栞さん!」

「紗綾さん、おはよう」


 登校して来たいつもと変わらぬ笑みを溢す彼女の前に、包装されたプレゼントを出した。


「お誕生日おめでとう!プレゼント、良かったらもらって!」

「ありがとう、嬉しいわ。開けていいかしら」

「うん!」


 包装を外していく姿に、緊張で胸が早くなるのを感じる。


「これは……」

「紅茶なの。口に合うかはちょっとわからないけど」


 あの会話から、紅茶も良いかもしれないと思い立ち、最終的に買ったのは、フレーバーティーと呼ばれる香料や花びら、果皮で香り付けした茶葉のものだ。

 アップル、オレンジ、チョコレートの3つセット。小さな箱にそれぞれ3つずつ入っており、その箱もまたクラシックなデザインで心惹かれるものがあって選んだ。

 どうせならと自分用にも買ってみたのだが、口に合うかはその人次第だということと、日常的に飲んでいるものならこだわりがあるのではないかと気づいたもののすでに買い直す時間などなかったのが少し悔やまれる。


「飲むのが楽しみだわ。本当にありがとう。」


 いつもより細くなった目元に緩められた頬。そうやって笑う顔が私は見たかったんだ。

 胸がじんわりと暖かくなり、自然と口角が上がるのが鏡で見なくてもわかった。


 その日の部活前には、榎本くんが教室に訪ねてきた。

 先日、渡すものがあるから会いたいといった内容を送ると、部活の前に教室に来てくれるとの返事が来た。わざわざ来てもらうのはどうかと思ったが、大丈夫という言葉に甘えさせてもらうことにした。

 なぜならあまり他のクラスに行って目立ちたくないから。栞さんを盾にするようで申し訳ないが、双子に+α私という構図は違和感をもたれにくそうだし、このクラスで栞さんと一緒に会う分には気にしなくて良さそう。榎本くんのクラスの方が、好意をもっている人がいそうな気がしているのもある。接点が多くあった方が人を好きになりやすそうだし。

 藤堂くんがいるならまだいいかもしれないが、彼らがいつも一緒とは限らないので安全策を講じたいという私のわがままだ。


「来てくれてありがとう」

「いいよ。それで渡したいものって?」


 リュックの中からプレゼントを取り出して目の前に差し出す。


「誕生日おめでとう。これ、良かったらもらって」

「わ、ありがとう。開けていいかな」

「ど、どうぞ」


 本日2度目の目の前での開封。この変な緊張感は慣れないな。


「部活で使えたりするかなって思ったんだけど、気に入らなかったら、どうぞ煮るなり焼くなり好きにしてください!」


 結局、榎本くんにはタオルを贈ることにした。黒のスポーツタオルなら、部活の時にでも使ってくれるかなと思ったんだけど、実際どうなのかわからないので少し不安である。

 ……逆にもらったタオルはもらったことを思い出すから、使いたくないと思うかもとマイナス思考に陥ったが、すでに購入してしまったし栞さんのと同様に買い直す時間もなかったのだ。直前になって迷いがちなのである。


「ううん、ちゃんと使わせてもらうよ。ありがとう」

「こちらこそ……?」


 使うって言ってくれただけでもう十分です。

 きらきらな笑顔を向けられたが、いまいちそれが本当に喜んでいる顔なのかわからない。

 喜んでくれたならいいなぁ。


 なんとかプレゼントを渡すという重要なミッションに変に疲れを感じてしまう私であった。

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