第18話 やっぱりお嬢だった
なんと
通された部屋のテーブルの向かい側には栞さんも座っている。
なぜ私が栞さんのお家にやって来てこのような状況になったかと言うと、少し前にした約束を果たすためである。
あれは数ヶ月前、文化祭まであと少しとなった時期のこと。
文化祭では有志で何かを披露する人がおり、その流れで人前で披露できるものについての話になった。
そこで、栞さんはヴァイオリンを弾けることが判明。
そして私はピアノを習っており、栞さんに今度聴いてみたいと言われ、いつ披露するかわからないながらも、練習を重ねていた。(※第11話参照)
それから時は進み、栞さんと榎本くんの誕生日から数日が経過した頃に事態は動き出した。
「ねぇ、紗綾さん」
「どうしたの?」
朝の教室でいつものようにふたりで話していた。
いつもは目が合うのに、この時は栞さんと目が合わなくて少し疑問に思っていた。
「あのね、良かったら今度私の家に遊びに来ない?」
「……栞さんの?」
「そう」
……えー!!!
栞さんの家って、あの!?
あの設定資料があるのかないのかわからない、ミステリアスな推しの!?
あ、やばい。つい興奮のあまり推しって言葉使っってしまった……。
「……紗綾さん?」
「あっ!ごめんなさい。ぼーっとしてた」
「大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。気にしないでいいよ」
「そうなの……」
いやよく叫ばずにいられたよ私。むしろ良くやったよ。ぼーっとしてたって言えたんだから。
信じてくれたかはわからないけど。
おそらく本当に心配してくれているのだから、少し申し訳なさを感じてしまう。
いや、この興奮をどうしたらいいの?もう頭真っ白だよ。
「……行っていいの?」
だかしかし、欲望には忠実な私。行けるものなら行かせていただきたい所存。
「もちろん。私が誘ったんだから」
「行く!行きたいです!」
「本当?あのね、前に紗綾さんのピアノが聴きたいって言ったじゃない?嫌だったらいいんだけど、私の家に来た時に聴きたいなって」
ありました。覚えておりますとも。そんなに不安そうな顔をしなくても、返事は決まっております。
「もちろん!いいよ!」
「ありがとう。あれからどこでなら聴かせてもらえるかなって思っていたの」
「それでお家なんだね」
「そう、防音とかもしっかりしてるから安心してね」
これは防音室があるということだろうか。
以前から感じていた栞さんのお嬢様感がはっきりしそうだ。
降って沸いた栞さん家の訪問。私はかねてから行ってみたいと思っていた彼女の家に胸踊らせていた。
そんなこんなで、その練習の成果を発揮する時がやってきたという訳なのである。
そうして約束した当日に、教えてもらった住所にたどり着いたんだけど……。
本当にここでしょうか。表札に「榎本」って書いてあるからたぶんそうなんでしょう。
私は榎本(栞)さんのお家の門の前で呆然と立ち尽くしていた。
まずお家が大きい。私の家からそう遠くない場所にこんな大きなお家建ってたっけ?
もはやお屋敷と言っていいのではないかこのサイズ。私の家が2つか3つ入るやもしれないぞ。洋館と呼びたいくらい歴史も感じられる外観をしている。
それに周りのお家も大きくてここ別世界ですか?
知らぬ間に知らない場所にでもワープしてきたのか?そんな訳ないが?
これで栞さんがお嬢様じゃなかったらなんなんだ?
さっきから?が量産されておる。
完全にパニックに陥ったようだ。
ただただ門の上の方を眺めていると、見るからに執事の格好をして髭をたくわえたおじさまが声をかけてきた。
「失礼ですが、当家にご用でしょうか?」
「あ、はい。あの、榎本栞さんと約束をしていた小松です」
「栞様のご友人でしたか。こちらへどうぞ。ご案内いたします」
そう言って微笑を浮かべた執事(仮)のおじさま。
良かった栞さんのお宅だった……!
お礼を言えば一礼を返され、どうしたら良いものかわからないながら促されるままに歩いていった。
廊下も華美までいかないものの、生花が飾られており手入れが行き届いている印象を受ける。
案内されてたどり着いた先には栞さんがいて、安心して安堵のため息が出た。
その部屋にはピアノが置かれ、その近くのテーブルの椅子に栞さんが座っていた。
「紗綾さん、いらっしゃい。迷わなかった?」
「迷いはしなかったけど、入るのに戸惑ったかな。でもそちらの方が案内してくれたから大丈夫だったよ」
「そう、良かった。大森さん、ありがとう」
大森さんという執事(仮)のおじさまは一礼だけして、まだ部屋の中にいるようだった。
「さぁ、座って。飲み物は何がいいかしら」
「えっと……紅茶で」
「何か苦手なものは?」
「得にないので大丈夫です……」
「わかったわ」
栞さんは扉の方を見ると、扉の側に控えていた大森さんがまた一礼して出ていった。
何だあれは。ほとんど話さずに出ていったぞ。
別の次元のお話にありそうなことが目の前で起こって唖然となった。
この家では当たり前なようで、栞さんは固まっている私を不思議そうに見つめていた。
しばらくして、大森さんがやって来た。
今の時刻はおやつの時間と言われる15時よりちょっぴり早め。
アフタヌーンティーで出されるような豪華なお菓子達がお皿に並べられている。まぁアフタヌーンティー経験したことないんだけど。
栞さんはその中のひとつの三角の形をしたお菓子を手のひらで差した。
「本当はサンドイッチのところなんだけど、シベリアなの」
「シベリア?」
「
「確かに!」
楽しそうに笑う栞さんにつられて笑えば彼女の笑みが深まった。
「かしこまった場所じゃないから、手を使って食べていいからね」
そう言って手でシベリアを掴んだ栞さんに習って、自分も手に持ってみた。
カステラなだけあってふわふわした感触がする。ひとくち食べると、カステラのふわふわと羊羹のしっとりとした食感が合わさり、意外と甘すぎなかった。
今まで食べたことがなかったが、どこか懐かしさもあるお菓子に感じる。
「私ね、シベリアが好きなの。だから今日も用意してもらったんだけど、紗綾さんの口には合ったかしら」
「うん!美味しいよ!初めて食べたのに落ち着くのはなんでだろう?」
「私も初めて食べた時に思ったわ。不思議よね」
それからスコーンに小さなショートケーキ、ブラウニーを食べながら話をする。どれも美味しくて私の語彙力では表すことができないのが少し悔しいところである。
「紗綾さん、薔薇に興味はある?」
「薔薇?……あまり買ったりすることもないけど、綺麗だよね。薔薇がどうかしたの?」
突然薔薇だなんて何かあるに違いない。……たぶんきっと。
「家の庭に薔薇が咲くの。良かったら見に来ない?」
「え、いいの?」
「ええ、紗綾さんさえ良ければ。春が見頃なのよ」
「見たいです!」
今回は庭を見せてもらうことはできなかったが、あの広い敷地に咲く薔薇は家の外観と相まって、きっと素敵な景色だろう。
こうして今度薔薇を見せてもらうことになりご機嫌な私であったが、今回の本題を完全に忘れていたのだった。
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