第15話 年の終わりとこれからのこと

 12月の下旬になりました。

 そして今日は終業式。


 あれから表面的には私と栞さんとの関係は変わっていないが、私の内面には劇的な変化……も起こっていない。

 まぁそうだろう。そう人は変わらない。初めからわかっていたことだ。少しずつ自分でもわからない程度に変化するのだろう。


 あと栞さんを推しと言わないようにしたことで、少し不都合が生じた。

 ─榎本弦くんである。

 推しの弟と心の中で言ってたが、正直長いし、推しって言ってしまうから、口と同様に榎本くんになった。

 でも榎本くんって違和感あるな……これも慣れるものなのだろうか。

 ……いまだに彼との関係はよくわからない。

 友達と言えば友達なのだろうし、端から見たらそうだろう。ただ個人的には、栞さんの双子の弟という印象が強い。栞さんとの方が仲が良いからそう思うのも無理はない気もするが、それを少し申し訳なく感じるのも確かである。

 まぁこれから過ごしていくうちに、だんだんと榎本くんとして見ていけるだろう。今はそこまで気にしなくてもいいかもしれない。


 そんなことを考えていれば、終業式はあっという間に終わっていた。

 校長先生のありがたいお話も右から左へ流れていってしまいました。良い子は真似してはいけませんよ。

 担任の先生を待つ間、これから始まる冬休みに思いをせていた。

 クリスマスに大晦日、正月とイベント続き。

 もちろん学生の身であるため、宿題も出されているが楽しみの方が多いのが実情だろう。


「クリスマスケーキ早く食べたいなぁ」

「それはまだ早いんじゃないかしら」


 クリスマスケーキが楽しみすぎて声に出していたらしい。栞さんに慈愛の笑みで見られ、恥ずかしさのあまり両手で顔を覆った。


「ホールのケーキってなかなか買わないから、切るのも楽しみで……」

「1ピースずつ買うことの方が多いものね」


 そうなんだよ! 1ピースでどれにしようか悩むのもいいけど、ホールって特別な感じがするのよ……

 小さいホールケーキだと直径9cmのがあるらしくて、それはいつかひとりで食べたい。

 頭の中に思い浮かべるだけでも頬がゆるむのを感じた。


 そして迎えたクリスマスは家族と過ごした。

 母が作ってくれたごちそうに、待ち望んでいたホールのクリスマスケーキ。

 サンタさんにはすでに手紙にてプレゼントの辞退をしているため、両親からプレゼントをもらった。

 イラストやらデザインやらを描いてる私を見て、36色の色鉛筆を選んでくれたらしい。

 芯がやわらかく絶妙な色味が揃っているもので、今持っている固めの色鉛筆と併用して使うのがいいかもしれない。

 余程嬉しくてふわふわしていたのか、両親も私を見て表情をやわらげていた。


 ───


 クリスマスの翌日。

 冬休み中にも部活があり、今日で年内の部活も終わりだ。

 これで栞さんと会うのも今年は最後だろう。


「次に会えるのは年明けの部活かな」

「そうね」


 栞さんはいつも微笑みを浮かべてはいるが、悲しい時はちょっぴり下を向く。今も少し視線が落ちているので、寂しいと思ってくれているのかも。

 これも仲良くなった成果かな?


「栞さんは初詣に行く?」

「ええ、毎年元日に行くの。紗綾さんは?」

「私も! でも人がすごいよね……」


 大晦日から行く人もいれば、2日に行く人もいるんだよね。

 それでも元日の方が多くの人が来てるのかな……


「年末年始、ゆっくり過ごしてね」

「栞さんも」

「じゃあまた、年明けに。良いお年を」


 良いお年を、と返すと栞さんは手を振って帰っていった。

 去り際も可愛いなとぼんやり見つめていたが、冷たい空気が身体を撫でてきたので思わずマフラーに顔をうずめた。


 ───


 1年の終わりは少し感傷的な気分にさせるらしい。


 お風呂から上がり部屋に戻ってきて、なんとなく机の引き出しの奥の方にある、この世界について書いたノートを取り出す。


 今年はいろいろなことがあり過ぎた。

 推しと出会い、仲良くなれたはいいものの、まさかの推しに弟がいたのは驚いた。彼とも接点ができて一緒に過ごすことが多くなり、懐かれたのは予想外だった。

 ……懐くでいいんだよね?

 だって勉強会の時に卵焼き食べたいって言ってきたり、一緒に行きたいところがあるからお出かけしたいとかそういうことでは?

 それにお菓子食べたいとかおねだりの一環的なものじゃない?

 思い返すとなんか弟というか、後輩というか、年下っぽく思えてくるな。実際そうだけど。

 私が少し幼稚なのかもしれないと少し落ち込む。言動やら考えが心より身体の年齢に近づいているような気もするのは納得いかない。

 ノートを撫でながら小さくため息を吐いた。


 推しの弟の人気は爆発的なものではないみたいで、校舎裏に呼び出されて何か言われるとかの典型的なやつは今のところ起こっていないのは救いだろうか。

 過激派な子がいたら、余計に目立ってしまいそう……大勢の前で何か言われたりしたら絶対逃げられない。

 完全に詰んでしまう。


 また、この世界の軸となる乙女ゲームのことだが、あまり干渉することはないと思う。どこの高校に進学するのかはまだわからないし、もしかしたら私もあの学校に行くのかもしれないが、正直言ってそこまで彼らに興味はない。

 1つ興味があるとしたら、彼らの髪色がどうなっているかだ。だって髪ってよく目に入る部分では? その色でだいぶ印象も変わるから重要だと思う。

 ゲーム通りに金やオレンジがかった髪なのだろうか。高校生で染めてる人……はいるかもしれないけど、それはそれでゲーム通りなんだなと納得させられる。染めてないならどういうこっちゃ!?……とツッコミたくてうずうずするだろう。

 ゲーム上ならまだしも現実で純日本人っぽい名前でそうなら、本当になんでもありなんだろうな……

 ゲームなら気にしないだろうに現実になると気になるのは仕方ない。ゲームはゲーム、現実は現実。地毛が白髪で青に染めたら頭に富士山できてしまうぞ。もはやダイヤモンド富士……? (ごめんなさい悪気はないんです。)

 事実は小説よりも奇なり、とはよく言ったものだ。

 あとついでに誰ルートかだけ教えてもらえたらなんもいらないです。


 ゲームの登場人物は今のところ、主人公のお助けキャラ的存在の榎本栞さんしか出会っていない。

 主人公や攻略対象のことを探してみようかと一瞬思ったが、それでフラグが立つのもあれなのでやっていない。

 私がいないところで勝手に幸せになってくれー!という気持ちでいっぱいだ。というかそう願っている。

 いろいろと考えていたら時間が経っていたようでまぶたが垂れてきたため、ノートを元あった場所に戻した。


 来年は何が起こるのだろうか。栞さんとの仲は深まるのだろうか。

 何にせよ良い年になればいいな。

 そんなことを考えながらベッドに入ると、ほどなくして眠りに落ちた。





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