第14話 推しとしてではなく
「あ、紗綾だー」
なんてことない日だった今日。
推しと共に、他の教室から自分たちの教室へと向かっている時、とある教室から私の名前を呼ぶ声がした。
「あ、
「やっほー」
にこにこと笑いながら手を振っているのは、小学校の時からの友達である絵菜。浮いていた私に声をかけてくれた、少し変わった女の子。おそらく、周りの目は気にしない子なのだと思う。
部活は茶道部に入っており、クラスも別なため、学校ではそこまで会うことはない。たまにすれ違うこともあるが、どちらが気づかないことが多かった。
大体いつも推しと行動しているが、すれ違ったりする時も、お互いに手を振り合うだけで会話はしたことがなかった。
「どうしたの?」
普段話しかけられないから、何か用があるのかと思ったのだが、絵菜はきょとんとした顔をして「え?」と言った。
「私に用があった訳じゃないの?」
「うん? 紗綾がいたから話しかけただけだよ?」
そう言って不思議そうに首をひねっている姿は小学生の時と変わらず、気が抜ける。
「あ、次移動教室だから早く行かなきゃ。またねー」
マイペースなのも変わらないようで、こちらの返事も聞かずに、嵐のように去っていった。
隣にいた推しは、展開についていけなかったのか、いまだに目をパチパチさせている。
「えっと……戻ろっか」
このまま廊下にいる訳にもいかない。私達も授業があるのだから。
推しが小さく返事をしたため、教室に向かって歩き出した。
無言が辛いこともないが、彼女がいつもよりぼんやりしていて、何か考え事をしているようでもあった。
さっきから少し様子がおかしいな……と思っていると、「ねぇ紗綾さん。さっきの子ってお友達?」と推しが尋ねてきた。
「さっきの子……絵菜のことなら小学校からの友達だよ」
「そうなの……」
やっぱり浮かない顔をしているので、気になって聞いてみることにした。
「どうかしたの? 体調悪い?」
「……いいえ、体調は悪くないの。ただ……」
「ただ?」
推しは少し悩むように、顔をうつむかせたまま、小さく呟いた。
「……仲が良さそうだなって、思ったの」
仲が良さそう……
絵菜と私が、ってことだよね?
私が理解できず無言になっている間に、彼女は話を続けた。
「ごめんなさい、気にしないで。私は私で、紗綾さんと仲良くなればいいのだから」
そう言って微笑む彼女に、心が揺らめくのを感じた。
彼女は、私と友達が仲が良さそうなのが、不満に感じたりしたんだろうか……?
それは私の想像でしかないけれど、彼女から感じた少しほの暗いもの。
弟には少し辛辣な部分はあれど、私の前ではいつも穏やかでいる彼女の、ちょっとした暗い感情を垣間見た気がした。
私は、正直に言うと、彼女に人間味というものを感じていなかった。それは、前の"私"がやっていたゲームの推しであることが理由として大きいだろう。
結局、私は彼女を"推し"としか見ていなかったのかもしれない。
もしくは、いつも穏やかでいることが多い彼女に、理想を押しつけていたのかもしれない。
性格も良くて、頭も良い。才色兼備な人だと。
彼女が悩んだり、泣いたりすることもあるだろうとは思っていたものの、理解はできていなかったのだ。
同い年で、同じ時間を生きる人。
触れようと思えば、触れられるその距離にいるのに、私とは別の世界を生きる人なのだと、心のどこかで思っていた。
私はずっと浮かれていたのだろうか。
推しが生きる世界で、同じ時代を生きて、友達となることができた。
それが嬉しくて、ゲームではこんな姿だったからと、そういう姿を見ることができるのだと、勝手に思っていたんだ。
いくら大人っぽくとも、まだ中学生である彼女に、大人であった私でもコントロールなどできない、喜怒哀楽では表せない嫉妬や羨望などの複雑な感情が沸き上がらないはずがないのだ。
その感情は悪いことでもないのに、そんなことに気づけない、そんな自分に呆然として、そして呆れた。
その日、
眠りにつくことも難しくて、眠ることのできない夜を過ごした。
「おはよう、紗綾さん」
「……おはよう、栞さん」
翌日、いつもと変わらない彼女がいた。
彼女を見ていると、昨日あったことはなかったような気がしてくる。
でも、私のモヤモヤは晴れてくれない。
私の意識を変えなくては、彼女を彼女として見ることができないような予感がしていた。
だから、"推し"としてではなく、彼女自身を見るために、もう"推し"とは呼ばないようにしようと思う。
それだけで何が変わるんだと、私自身でも思うが、そうやって呼ぶ限り、ずっと"ゲーム上の推し"だと認識してしまいそうなのだ。
遠いけれど3次元の推しがいる人、身近な人が推しな人もいるだろう。そんな人はそのまま突き進んでいただきたい。
しかし、私の場合は2次元の推しが3次元になってしまったパターンであり、親しくなったことでさらにややこしいことになっている。彼女ともっと仲良くなりたいのなら、この認識を変えねばならないと判断したのだ。
すぐには変えられず、推しという認識も薄れないかもしれない。
きっとこれからも彼女が好きだし、時が経てば経つほど私の好きな"推し"に近づいていくだろう。
それでも私は、彼女を彼女として接していたいし、好きでいたい。
そうでありたいと、心から思った。
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