第12話 おかしな約束

 休日の朝、私はどんなお菓子を作ろうか悩んでいた。


 この前、お菓子を作って推しに渡そうと思い立ち、推しの食べれないものを聞いてきた。特にないということで、私の独断と偏見で決めさせてもらうことにした。

 上手くできたら推しに食べてもらえるかなと少しの期待を胸にして、検索画面をひらいた。


 今の季節が秋だから、秋らしいお菓子もいいと思ったが、やはりスイートポテトは持って行きにくそうである。

 久しぶりに作るのもあり、ここは王道のクッキーの方がいいかもしれない。気軽に食べることもできることも良い点だろう。


 調べてみて、アイスボックスクッキーを作ろうと決めた。

 アイスボックスクッキーはクッキー生地がまとまった後、丸や四角などの形に整えて一度冷蔵庫で冷やし固めることで、その名前になったとか。

 渦巻き模様や市松模様といった柄もあり、それがまた可愛らしいのだ。

 今回はシンプルに、プレーンとアーモンドスライスの入ったココアのアイスボックスクッキーを作ろう。


 それから材料を買ってきて、順調に工程を進めていき、後は焼き上がるのを待つのみとなった。

 久しぶりに作るため、上手く焼けるか少し心配だが、それ以上に楽しみでもある。

 香ばしいバターの匂い。鼻をくすぐるその香りと、オーブンの中で焼けていくクッキーに自然と口角が上がる。


 オーブンの様子を逐一見ていたからか、クッキーの輪郭はほんのり色づいていた。久しぶりに作ったが、綺麗に焼けたと思う。


「いい匂いね」


 そう言って近づいてきたのは、"小松紗綾"としての母。穏やかで優しい母は、料理とお菓子をとっても上手に作る。もはや胃袋掴まれていると言ってもいいかもしれない。


「お母さん。どうかな、上手くできたかな」


 そんな母に出来上がりを見てもらうのは、少し不安で胸がドキドキする。

 母はクッキーを観察するようにじっと見つめてから、にこりと笑った。


「ええ。綺麗に焼けてるわね」

「良かった~!」


 母にも誉めてもらえたから、見た目は及第点だろう。

 後は、少し冷めてから食べてみて、味の方も良かったらラッピングしようかな。


「お母さん、後で食べてみて感想聞かせて!」

「ええ、もちろん。お父さんにも食べてもらったらどう?」

「そうだね」


 一人でも多く感想がもらえると、自信を持って渡せるものね。

 あ、でも、贔屓目なしで判断してもらえないかもしれないから、そこは自分の舌を信じることになりそうだ。


 それから両親に味見してもらい、美味しいと言ってもらえた。自分でも上手くできたと思ったため、ラッピングに取りかかることに。


 家にはラッピング用の袋が何種類かあるが、イベントでもなく急に渡すこともあり、あまり凝ったものよりシンプルな方がいいかもしれない。透明な袋を手に取り、クッキーを重ねて入れていく。仕上げにリボンを結んだら完成。

 思ったよりも多くできたため、あと何個かラッピングして、クラスの子とかに渡そう。


 ───


「おはよう、栞さん」

「紗綾さん、おはよう」


 翌日の朝、いつも通り推しと挨拶をかわす。ただ今日はいつもと違い、推しにクッキーを渡すため、心なしか心拍数が上がっている気がする。


「栞さん、これ作ったんだけど、良かったらもらって!」


 ぐっと目の前に差し出されたクッキーに、推しは目を瞬かせている。


「私に?」

「そう!」


 推しは目を輝かせて「ありがとう」と言うと、そっとそれを手で包みこんだ。


 やった!受け取ってもらえた!

 不安からも解放され、嬉しさで頬が緩むのが自分でもわかる。

 渡された側より渡した側の方が見るからに喜んでいる不思議な状況だろう。


「今、食べてもいいかしら」

「ど、どうぞ!」


 目の前で食べるの!?

 いや、食べてくれるのは嬉しいんだけど、見てない所で食べてほしいと言いますか……

 口に合わなかったらショックというか……

 複雑な心境に陥って、内心不安で仕方ない。


 クッキーのサクッとした音がした。

 ひとくち食べた後に彼女と目が合うと、にっこりと笑いかけられた。


「美味しい」

「本当!?」

「ええ。紗綾さんはお菓子を作るのが上手なのね」


 そんなことないよ、と嬉しさを隠しきれないながらも返事をする。

 美味しいって言ってもらえて良かった……

 気を遣ってくれたのかもしれないけど、ここは自分の良い方に解釈しておこう。


 それからクラスメイトや部活の子にも渡したが、後ひとつ残った。

 まぁ、ひとつぐらいなら全然食べられるからいいのだけど。

 自分のおやつにしようかな。


「ねぇ、紗綾さん」

「何?」


 部活が終わり、帰り支度をしていると、推しが話しかけてきた。


「まだクッキーは残っているの?」

「あぁ、まだ残ってるよ。……もしかして、いる!?」

「美味しかったもの。もらってもいいのなら、もらいたいわ」

「あげるあげる!どうぞ!」

「ありがとう」


 もうひとつもらってくれたってことは、クッキー気に入ってくれたってことだよね……

 色んな人が美味しいと言ってくれたけど、何よりも推しが美味しいと言ってくれたことが嬉しくて、その日は気分良く帰った。


 次の日、推しの弟が教室にやって来ると、「クッキー美味しかったよ」と言ってきた。


 え?

 私、推しの弟に渡したっけ?


 そんな私の気持ちがわかったのか、すぐに答えを教えてくれた。


「栞に分けてもらったんだ」

「そうだったんだ……」

「うん、自慢された」

「自慢!?」


 推しが!?

 あの、穏やかでいつも微笑みを浮かべているような私の推しですぞ!?


「そう。羨ましかったよ。僕ももらいたかったな……」

「あ、えーと……じゃあ、今度何か作った時は榎本くんにもあげるね」

「本当?」


 あ、やばい。不意に口から出た言葉だったが、彼は目を輝かせている。

 頷かざるおえない流れだこれ。安請け合いすると面倒なことになるのに……

 僅かに首を縦に振ると、嬉しそうに笑うから、許せてしまう私がいる。

 今一度わかった。私は彼の嬉しそうな顔に弱いのだ。


「約束だよ」

「うん……」


 今度何かを作ったら、榎本くんにあげるというおかしな約束をしてしまった。

 これあれだよね。あげるなら、推しと推しの弟のふたりともに渡さないといけないやつだ。


 その次の週には、ふたりから美味しそうなお菓子をもらいました。

 何でもクッキーのお返しらしいけど、お高そうで、私もお返しした方が良い気がした。

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