第8話 2度目の勉強会
夏の暑さを感じ始めた頃。
2度目のテストが近づいてきた。
2度目ということもあり、出題される形式などもなんとなく掴めてくる一方で、春とは難易度も変わってくるだろう。
ということで、こちらも2度目。勉強会の開催が決定しました。
そして推しの弟も当然参加する気のようで、
「友達も一緒に参加してもいいかな」
と聞いてきた。
そういう訳で、元々は推しとふたりきりで勉強する予定だったのが、いつの間にか4人での勉強会に。
まぁいいんだけどね。何人でも。勉強会だからね、勉強できればいいのよ。
最近は本調子ではないものの、表立って落ち込むとかわかりやすい感じではなくなってきたと思う。
推しの弟は運動会以降、話かけてくることがなかったため、勉強会には参加しないと思っていたのだけれど……
もしかして何か気がついて、話かけてこなかったとか? ……いや、そんなことはないか。単に勉強を教えてくれる誰かがほしかっただけだな。
深読みし過ぎは良くないよね。
───
勉強会当日。
現れたのは、眼鏡をかけた無表情の男の子。
にこりともしないその表情の奥で、何を考えているのかわからない。
「そちらは双子の姉の栞。栞の友達の小松紗綾さん。そしてこちらは藤堂
「それ誉めてないからな」
はぁ、と小さくため息を吐いて呆れている様子。
何か疲れてらっしゃる……
「えっと……よろしくね」
「うん、まぁよろしく」
こういう時って他になんて言えばいいんだ?
あんまりよろしくしたくなくても、よろしくって言うしかない時あるよね?
一応よろしくって言ってくれたし、嫌な感じはしない。
藤堂くんは見覚えがないし、ゲームの登場人物にいなかったと思うので、そこまで警戒はしなくても良いかもしれない。
「弦がお世話になってるわ。これからもよろしくね」
「それほどお世話はしてない。同じクラスで同じ部活なだけだし。一緒にいてましなだけ」
それって結構心許してるのでは?
一緒にいて苦痛じゃないって、とても重要なポイントだと思う。「親しき仲にも礼儀あり」と言う一方で、気を使いすぎる関係も良くないよね。
私も推しと、ある一定の線は持っているつもり。
相手に踏み込みすぎないこと。私の秘密に関することは伝えないこと。などなど。
大まかに言えば、お互い干渉しすぎない関係でいたいな、と個人的に思っている。
出来ているいないにしろ、そういう意識は大切にしたい。
推しと藤堂くんのやりとりをぼんやり眺めていると、藤堂くんがこちらを一瞥した。
「君も大変だね。まぁほどほどに頑張って」
「え?……うん?」
なにゆえに応援。
内容を聞こうにも、勉強場所へと歩き出してしまったため、聞くタイミングを逃してしまった。
藤堂くんは何について話していたんだろうか。
「ねぇ、栞さん。藤堂くんはどうして応援してくれたんだろう?」
「さぁ、なぜかしら」
推しもわからないらしい。
どういうこと?
藤堂くんは掴めないタイプかもしれない。
席は私と推し、推しの弟と藤堂くんが隣同士。
私と推しの弟が向かい合うように座った。
以前のように、時々教え合ったりしていたのだが、藤堂くんはひとり黙々と勉強をしている。
藤堂くんはなぜこの勉強会に参加したのだろう。
今のところ、ひとりでなんとかなってるし、参加する必要があったのか?
というか、前回のテストの成績は聞いてないけど、ここにいる人達、絶対成績良かったよね!?
わからなくてイライラとかしなさそう。むしろサラサラ問題解いてるよこれ。
むしろこの勉強会自体の必要性が問われるのでは。
そういえば、以前好きだった作品とかはこの世界にないが、歴史に名を残した人達や、出来事などはほとんど変わらない。ただ現代に関しては少し差異があるため、気をつけなければごちゃ混ぜになってしまう。
……歴史は少し苦手になりそうで、先が思いやられる。
お昼になると、前回と同様にみんなでお弁当を食べることになったのだが、食べ始めると同時に推しの弟が口を開いた。
「小松さん、前にした約束覚えてる?」
「え?」
「卵焼きの交換だよ。忘れちゃった?」
……あー!
完全に忘れてたー!!
何も言えなくて思わず無言になってしまった。無言は肯定とも言う。推しの弟はしょんぼりしてしまったようだ……
「ご、ごめんね」
「いいよ、交換してくれるならね」
そうまでして卵焼きが食べたいのか……
恐るべし卵焼き。さすが卵焼き。
「どうぞ……」
「ありがとう」
チラッと推しと藤堂くんを見てみると、推しは綺麗な笑みを浮かべている。そして藤堂くんは哀れむようなまなざしを私に向けていた。
……その可哀想なものを見るかのような目は何ですか!
無表情も困るけど、その顔も良くないです!
良くわからないが、藤堂くんに同情されてる気がする……
なぜ同情されているかわからないし、出会った初日からあまり良い印象をもたれていなさそうで、少しへこんだ。
そうしている間に、推しの弟は卵焼きを口に入れていた。
「おいしいね、小松さんの家の卵焼き」
「あ、ほんと? 良かった」
お母さんやりました。
推しにも弟にも気に入ってもらえましたよ!
さすがです、お母さん。
母の味を気に入ってもらえて、つい笑みが零れる。
前の母も、今の母も、ふたりとも大切な人。比べる必要など何もない人なのだ。
その母を誉めてもらえたようで嬉しかった。
美味しいごはんは人を幸せにし、喜んでもらえたことで周りも笑顔になるだろう。
今度母の卵焼きの作り方を教えてもらおう。全く同じ味にはならないだろうが、私も美味しい卵焼きが作れたらいい。家族に食べてもらおうかな。
それか、前の"私"が一時期していたお菓子を作ってみるのもいいかもしれない。もし上手くできたら推しにも食べてもらえるだろうか。
喜んで、もらえるだろうか。
それからお弁当を食べた後に、また勉強をして、新た藤堂くんを迎えた勉強会も無事に終了した。
ちなみに、藤堂くんのことは良くわからないままだった。
帰宅後、母に卵焼きの作り方を教えてほしいと伝えた。
それから母は少し驚いて、何だかくすぐったそうな笑みを浮かべたのが印象的だった。
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