第6話 1年目の運動会
テストも無事終わり、学校は運動会の準備でにぎやかだ。
うむ、みんな元気だなぁ。
私はそんなにやる気出ないぞ。中身はおばあちゃんだからな。
この学校の運動会は、A、B、Cの3チームに分かれ、チーム対抗で行われるらしい。
私は綱引きと玉入れ、二人三脚に出場することになった。綱引きと玉入れは、みんなでやる種目なため気負わなくていいと思い選択した。
そして二人三脚の相棒は推しなので、正直気合いが入っている。今のところ、練習では転んだりしていないし、スムーズにできていると思う。
この種目では目立たないことよりも、推しと協力して勝利を掴みとりたいものだ。
ただ推しとの距離が近いため、匂いまでわかってしまう。
推しは華やかなお花の香りがするが、私は大丈夫だろうか。臭くない? というか、推しは何のシャンプー使ってるんだろう? 動くたびに髪が揺れて、風に乗って香ってくる。
柔軟剤とかも使ってるのだろうか。気になる……
推しは玉入れと二人三脚、大縄跳びに出場する予定。
え?なんで全部同じじゃないのかって、そんなの決まってるだろう。推しの勇姿を見るためさ!
私は推しの応援をしたいんだよ!同じクラスで応援し放題だからな!
これで他のチームだったら泣いてた。
ちなみにリレーは足が速い子が選ばれ、かつ花形種目であるため、私には関係がありませぬ。借り物競争はお題で「好きな人」とかよくあるよね。これも出ません。
あと、パン食い競争もあったのだが、人気なようで私は遠慮しておいた。でもパン食べたかったな……
───
本日は晴天。運動会日和。
今日は学校全体が一段と盛り上がっている。
気合い入ってるなぁ……
運動は嫌いではないけれど、好きな訳でもなく…… 私はボーっとしてたいよ。
自分の出場する種目と、推しの出番以外はほどほどに応援をして過ごす。
それにしても、ハチマキをつけている推しも可愛い。推しの可愛さがとどまる事を知らない。
きゃわ……
「二人三脚に出場する生徒は入場門前に集合してください。繰り返します。……」
「あ。栞さん、行こう」
「ええ」
他の種目も頑張るが、二人三脚は特に全力を尽くしたい。
「栞さん、頑張ろうね!」
「ええ、頑張りましょう」
推しの笑顔も見れたことだし、やる気100倍!
入場も済んで、本番はもうすぐ。
「位置について、よーい!」
スターターピストルが撃たれる。
スタートは上々。
とにかく走る。スピードは一定だし、練習通りに行けば、それほど悪い結果にはならないだろう。
近くに他の子達がいるため、気持ちが焦ってリズムが崩れそう。
ゴールまであと少し。
ゴールテープを切った感覚がした。なんとか1位を獲れたようだ。いつも以上に息が乱れていて、久々に全力で走った気がした。
「紗綾さん、やったわね」
「うん!良かったぁ……」
本当に良かった。つまずいたりして、足手まといにならなくて。おまけに1位になることができた。
あぁ、精神的にも疲れたけど、推しの笑顔で癒される……
こういう全力を出すのは少しの間でいいから遠慮したいな、と気が遠くなっていたら、お昼休憩の時間になっていた。
時間の流れが早いな……
お昼はお弁当持参で、推しと食べることになった。
前回は推しの弟がいたため、ふたりでお昼を一緒に食べるのは初めてだ。ひとりワクワクするのを抑えて、お弁当を食べ始めた。
給食も美味しいけど、母のお弁当は格別だ。
ただ、母は母でも、今の私の母である。以前の"私"の家族のことはあまり覚えていない。
人が最初に忘れる記憶は「声」らしい。記憶を思い出した時、すでに家族の「声」を覚えていなかった。最後に忘れると言う「匂い」も、思い出せなかった。
家族よりも推しのことが大切なんだと暗に言われているようで、
家族の「声」も「顔」も、母の手料理の「味」の記憶も、私にはない。
当たり前かもしれない。今の身体は、以前の"私"ではないのだから。あるのは推しに関する記憶と今の私のものだけ。
本当に私は、別の"私"へとなったのだ。
「……紗綾さん?」
急に我に返る。
推しに声をかけられるまで、物思いに更けていたらしい。
「あ、ごめん。聞いてなかった……」
「……いいえ、大丈夫よ。午前中、頑張ったものね。体調が悪くなったら言ってね」
「うん。ありがとう……」
推しに心配されてしまった。
何を考えていたんだ、こんな時に。今こんなことを考えているのは、疲れているからなのだろうか。
それから午後の種目が始まっても、なかなか気持ちを切り替えることができずにいた。
そして、いよいよ最後の種目であるリレーを残すのみとなった。
なんとなく入場してくる生徒を目で追う。
あれ?あそこにいるのは推しの弟では? リレーに出場すると言うことは、足が速いんだな。運動ができると言う噂は本当だったようだ。注目されるし、活躍している人はなおさらかっこよく見えるだろう。人気が出そうだ。
推しの弟はアンカーではなかったけど、ひとり抜いていたし、なかなか俊足なのだな。
走り終えた彼が、こちらを見ていたような気がしたが、周りを気にするほど余裕はなかった。
それからもボーっと過ごし、1日が終わった。
推しはこちらを心配するような素振りを見せていたが、大丈夫としか言えなかった。申し訳ない……
それから次の日、私は風邪をひいた。
本当に疲れていたか、昨日から体調が悪かったのかな………
熱にうなされながら眠ると、覚えてもいない家族の夢を見たような気がした。
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