第5話 勉強会

 それからというもの、推しの弟とは廊下ですれ違えば手を振られるようになった。

 推しの弟は美男子であるため、彼が手を振った相手である私にも注目が集まる訳で、女子の目線が痛い。そんなに見ないでくれ。注目されるのは得意じゃないんだ……


 彼は顔が良いだけでなく、運動もできるらしい。剣道部に所属しているとか。

 おそらく天は二物を与えたのだな……

 性格は物静かだが、人見知りをするタイプでもないらしく、密かに注目されているとのことだ。


 目の保養だよね、わかる。

 私も遠くから見ていたいタイプ。


 なぜそんなことを知ってるかというと、お手洗いしに行ったら偶然聞いてしまったのだ。

 噂が広まるのは、話していることをこういう風に聞いてしまって、また別の人に伝えるからなのだろうか。


 まぁそれは置いといて、この学校に王子様的存在がいるのかは知らないが、少なからず彼に人気があるようだ。


 ……非常にまずい。

 何がまずいって、いろいろだ。推しともっと仲良くなりたいが、そうなると必然的に弟とも接点が増える訳で…… それでも、弟と親しくならなければいいと思ったが、なぜか気に入られているようだし……


 目立ちたい訳ではないのに、なぜ上手くいかないのか。

 私は穏やかに過ごしたいのだ。

 しかし、今更推しと関わることを止めるのは遠慮したい。せっかく仲良くなれそうなのに、近くにいれないなんて悲しすぎる……

 どうにかして目立つこともなく、かつ推しとの仲を深めることはできないものか……


 そう思っていたのに、推しとおまけに推しの弟と勉強をすることになってしまったのは、なぜなのか。


 事の発端は、間近に迫った定期試験であった。

 中学生になって初めてのテストということで、クラスは不安と少しの期待で満たされているようだった。


 推しも少し不安な様子で、


「良かったら、一緒に勉強できないかしら」


 と言われた。

 もちろん答えはYesである。


 こうして推しと勉強することになり、休日に近くにある図書館へと向かった。

 図書館にはグループ学習などもできる場所があり、そこで勉強をするつもりだった。

 ふたりで使えそうなテーブルに向かっている途中、既視感のある人を見かけた。


 何だか、推しの弟、榎本弦に見える。

 例えそうだとしても、関わらなければいいことなのだが………


「小松さん?」


 それは叶わなかった。


「小松さんも勉強をするために来たんだよね?」

「うん……」

「それなら一緒にしない?」

「いや、約束してるから……」

「あ……そっか、そうだよね」


 いや、そんなに残念そうにされても……

 心なしか、垂れた耳が見える気がする。少し罪悪感が芽生えていると、


「紗綾さん、おはよう」


 推しだ!

 困っていたところにやってくるなんて、やっぱり私の女神なのでは!?


「おはよう、栞さん。あの……」

「弦もここに来ていたのね」

「うん。もしかして、小松さんが約束していた人は栞なのかな」

「ええ、そうよ」

「良かったら僕もご一緒していいかな」


 少しわからないところがあるんだ、と眉を下げている推しの弟。


 くっ……! やっぱり頭の上の耳が垂れて、しょぼんってなってる……!


 それにしても、推しの私服姿に夢中になっている間に、話が進んでいた。初めて推しの私服を見たのだから、見つめてしまうのは仕方がないだろう。

 大人っぽい彼女に、ほんのりピンクに染まったワンピースが良く似合っていた。

 きゃわいい………


「ねぇ紗綾さん、弦も一緒じゃだめかしら」


 止めて!推しも似たような顔しないで……!

 無理!推しに悲しい顔はさせられない!


「い、いいよ……」

「本当に? ありがとう、小松さん」


 まるで花が咲いたように笑うから、少し気が抜けてしまう。

 うむ、眼福である。


 そうして3人で勉強することになったのだが、


「小松さん、ここの問題わかる?」


 私に質問するんですね。

 いや、まだ中学1年の問題だからわかるし、教える方が勉強になると言いますけども! 双子である推しお姉さんに聞く方が気楽では?もしかして双子だから逆に嫌なのか?

 ほとんど話したことのない相手に教えるのとか、私には難易度高いですぞ?


 でも頭良さそうなんだよね、推しの弟。

 質問してきた問題も、説明途中でわかった素振りを見せているし、ほとんどは自分で理解してるみたい。

 顔良し、頭良し、運動もできるみたいだし、あとは性格も良ければ完璧なのでは?これはモテるな?


 わかる問題ばかりではあるが、度々私からも質問しながら勉強を進める。

 中学の勉強は二度目ではあるものの、理数系はあまり得意ではない。今は問題ないが、これから厳しくなっていくだろう。

 苦手な証明の問題が未来で待っている。めちゃくちゃ嫌だ。


 ───


 お昼過ぎ、お腹も空いたため休憩をとることに。


 この図書館には飲食スペースがあり、そこで食べることにした。推しの弟も一緒にだ。


 3人共お弁当を持参していた。

 私と推しはあらかじめ、お昼は持参してくると決めていたが、推しの弟も持ってきているとは……


 それにしても、お弁当って家庭の色が出るよね。めちゃくちゃお洒落なものもあれば、茶色が多いものもある。その人の好物がいっぱい入れられたものも素敵。

 私はひとまず卵焼きが入っているお弁当がいいなぁ。それも甘いの。だしの入ったものも好きだけど、私にとってお弁当の卵焼きと言えば甘いのなのだ。


「ふたりの卵焼きは甘い味つけ?」


 少ししょっぱい卵焼きが好きな人もいるよね。

 家庭によって違うから、推しのお家はどうなんだろう。


「私の家の卵焼きはおだしが入ってるわ。紗綾さんのお家は甘いのかしら?」

「そうなんだ。私のは甘いよ。食べる?」


 ……はっ。

 流れで勧めちゃった。こういうの嫌な人もいるかもしれないよね!?

 昔友達とたまに交換してたから、何の違和感もなく聞いてしまった。


「いいの?紗綾さんが良ければ食べてみたいわ。」

「どうぞどうぞ」

「私の卵焼きも食べてみる?」


 なんて魅力的な誘いなんだ。

 推しのお家の味を知ることができるチャンス!


「た、食べたいです!」

「それじゃあ交換ね」


 取りやすいようにお弁当を互いに寄せて、卵焼きを頂く。

 小さく、いただきますをしてから口に運んだ。


「ん!美味しい!」


 じゅわっとおだしが出てきて、とっても美味しい! お店で出てくるものみたい!


「甘いのも美味しいわね」


 推しも私の家の味を気に入ってくれたようでなによりだ。

 美味しい卵焼きを作ってくれてありがとう、お母さん。


「いいな」


 声がした方を向くと、推しの弟がこちらをじーっと見つめてきていた。


「僕も小松さんの家の卵焼き、食べたかったな」


 すまない。そんな目で見られても、あげられないんだよ……


「ごめんなさい、もう無くって……」

「うん……」


 ど、どうすれば……?


「他のおかずいる?」

「ううん、大丈夫だよ。卵焼き、今度は僕と交換しようね」

「う、うん……」


 なぜか卵焼きを交換する約束をしたが、今度とはいつ? このままうやむやになって、忘れてくれたらいいんだけどな?


 よくわからないまま約束をしてしまったお昼休憩も終わり、また数時間勉強をして、3人での勉強会は幕を閉じた。

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