第五話

 街に近づくにつれ、イルミネーションで周りが明るくなった。

 そこからウィステリアが家に帰るまでには、にぎやかな商業通りを通る。ユーレッドが普段たむろしている獄卒街は、賑やかな通りの裏側にあたるのだが、今日は彼は賭場に帰るつもりはないらしい。となると、彼の場合は獄卒街からさらに郊外の廃墟街の一角まで帰るのだろう。

 どちらにしろ、途中まで道は同じ。ユーレッドは、とりあえずは、ウィステリアの帰途に付き合ってくれるつもりらしい。

 深夜だというのに、今日はまだ人がちらほら出歩いていた。カップルの姿も見える。

「それにしても、浮かれた街だな。あー、人出が多くて趣味の夜の散歩がはかどらねえ」

 ユーレッドは人気の多い道は、あまり好きではないらしい。完全に夜型の彼は、夜に活動的になり、夜の散歩を楽しんでいるらしいのだが、それだけに人気の多い道は好きではないのだろう。

「だって、クリスマスだものね。今日はイブなのよ。遊びに出てる人も多いわ」

 それだけに、先ほどの討伐が滞りなくすんでよかった、とウィステリアは安堵していた。囚人が人のいる街まで出てきてしまっていたら、いろんな意味で大変なことになるところだった。

 そんなウィステリアの耳に、きゅーという声が聞こえた。

 みれば、スワロが首を回しながらあちらこちら、きらびやかな街を眺めている。

 主人と対照的に、スワロはイルミネーションで輝きわきたつ街が好きのようだ。どこかしらはしゃいだ様子のスワロと目が合って、ウィステリアは微笑んだ。

「スワロちゃんは賑やかな街がすきなのね。綺麗だもんね」

 嬉しそうに、きゅーとスワロが鳴く。

「そうだ。せっかくだもの。スワロちゃんも、なにか旦那にクリスマスプレゼントおねだりすれば? ふふ、今日ならおねだりしても許されるわよ」

 きゅきゅっとスワロが返事をする後ろで、ユーレッドが面白くなさそうに舌打ちする。

 ウィステリアとスワロは、こう見えて意外と仲が良い。

 よって、先ほどのように二人は結託することがあって、そうされるとユーレッドもちょっと勝ち目がない。

 当初、スワロはウィステリアを警戒していたはずだった。

 スワロは、なんだかんだユーレッドが好きだ。それなりにやきもちだって焼いている。ご主人に近づく、色気たっぷりの美女のウィステリアに警戒しなかったわけではないだろう。しかし、別に色仕掛けをするでもなく、逆に姐御肌の敏腕調査員のはずなのに、時々、本性のおっとりしたお嬢様気質なところが見え隠れしてしまう彼女の本質を知るにつれ、スワロはどうも彼女を心配しだしたらしく、気遣ってくれるようになった。

 一方、ウィステリアにとっては、スワロはかつての小さな友人を思い起こさせる可愛い存在だ。

(ネザアスさんの連れていたスワロちゃんとは違うはわかってるんだけど、何となくだけど似てる気がするのよね)

 丸いロボットのスワロは、あの時のネザアスが連れていた小鳥と外見は全く似ていない。機械仕掛けだが小鳥の姿をしていたスワロとは違って、目の前のスワロはダルマに似たメカだ。

 そして、小鳥のスワロよりも今のスワロのほうが、よほど人間ぽい感情が感じられる。だから、違う子なのかもしれない。けれど、どこかしらがよく似ていた。

 ウィステリアにとって、小鳥のスワロは数少ない少女時代の友達だった。今のスワロよりも感情表現も意思の伝達もできていなかったけれど、彼女達の間に確かに友情は結ばれていた。だから、特別に思い入れがある。

 ウィステリアは初めて会った時から、スワロをかつて小鳥のスワロに接したみたいに、話しかけていた。

 そんなウィステリアに、スワロも心を開いてくれたようだった。

 そもそも、ご主人のユーレッドに迷惑をかけられる者同士なので、利害だって一致するのだ。

 そんなこともあって、ウィステリアとスワロは、ユーレッドを放置して二人で盛り上がっていることもある。

 そんな楽しげな二人を見て、ユーレッドが肩をすくめた。

「ふん、何言ってやがる。クリスマスの本当の意味も知らねえくせに」

「あら? ユーの旦那は知ってるの?」

「当たり前だ。宗教行事だぞ。本当はミサとかやるんだからなっ。まー、お前らはミサとか知らねえだろうが」

 ふふんとばかりにユーレッドが答える。

「イベントとしての要素だけが残されてる。由来なんか知らねえやつばっかだろ。まー、ひとしく商業主義の奴隷だなー、はははっ」

 嘲笑うユーレッドをウィステリアはたしなめた。

「それは仕方ないわ。あたしも詳しくは知らないもの。今の下層出身の子たちはもっとでしょ」

 ウィステリアは肩をすくめた。

「ハローグローブは基本宗教行為は推奨されないからね。信教の自由もないし、一部慣習的に許されているところはあるけれど」

「はん。その代わり、カルト宗教が蔓延ってるだろ? 弾圧してかえってやべえの蔓延らせてりゃ、世話ねえや。ははは、全く世も末だな」

 ユーレッドは皮肉っぽく言った。

(だから、なんでそんなこと知ってるのよ)

 相変わらず詳細は一切明かさないが、ユーレッドは変なところで博識だ。というより、単なる博識では済まないことだって知っている。

 第一、今のもそうだ。

 クリスマスが宗教行為だった頃の情報は、今どき一般市民には伏せられている。上層アストラルの上位市民だって知っているかどうかと言うところ。

 おまけに彼は特級の機密事項であるカルト宗教や過激な思想団体のことにもそれなりに詳しかったりする。

 ただの底辺獄卒。

 何をやったか知らないが、普通に考えると犯罪者として裁かれて落とされてきたであろう筈のこの男が、なぜそこまで知っている?

 ふと見ると、スワロと目が合う。

 スワロも多分知らないのだろう。きゅー、と小声でささやくように鳴くスワロに、ウィステリアはうなずいた。

(追及しても、教えてくれないから聞かないけど)

 スワロもそんな顔をしていた。

(気になるわよねえ)

 エリックのことといい、一体なんなんだろう。

 まあしかし、ユーレッドの口を割らせるのはなかなか至難のわざなのだ。

 嘘をつくのは苦手な彼だが、言ってはならぬことは、けして言わない。

 ふうとため息をつく。と、その白い息で、気付いたようにウィステリアは声をかけた。

「ていうか、ユーの旦那は、寒いって言っていってる割に、コートとか着ないの? みてて寒いんだけど」

「んん?」

 ユーレッドは振り返って、首を傾げる。

 確かに、今日のユーレッドはいつものジャケットスーツだけ。ファーのついたコートを羽織ってきたウィステリアと並ぶと、不自然なほど軽装だった。

 彼のスーツは特殊な仕様であり、一種の戦闘服である。柔軟性などもあり、非常に丈夫だが、防寒に特に優れているとも思えなかった。

「寒くねえわけじゃねえけど、俺は寒いのはそんなに辛くはねえからな。この程度なら全然」

「えっ? そうなの?」

 ということは、さっきは寒いだのなんだのと文句を言っていたのは、ただのフェイクなのか?

 むむ、とウィステリアが唸るが、ユーレッドは気づかない。

「そりゃ俺だって普通に外出する時はトレンチコートとか着るけどよ。仕事するのわかってる時は荷物になるから着ねえぞ。どのみち、走るし、体、ちょっとは温まるだろ?」

「ええ? 寒いの、平気なの? こんな寒いのに?」

 ユーレッドは肩をすくめた。

「ああ、そりゃ、氷点下十度超えたらキツイがな。体は多少かたくはなるから、ウォーミングアップはするが、まあ、正直シャツ一枚でも死なねえんじゃね? 暑いのは苦手だが、寒いのはまあまあ平気だ」

「そうなの? 獄卒の人ってそうなんだっけ?」

「んっ、んん? あー、獄卒は?」

 ユーレッドは、どきりとした様子でなにかを誤魔化す。

「ま、まあ、そ、そうだな。俺の場合はな」

 ユーレッドが、なぜか言葉を濁す。

(なぜそこでごまかす?)

 ますます、彼についての疑問がよぎったところだが、ふと、ウィステリアが思い出したように鞄をあさる。

「あ、そうだ。忘れてた」

 と、カバンに入れていた紙袋を取り出して、中から黒いラインの入った臙脂えんじ色のマフラーを出した。

「見た目が寒いときにちょうど良かった。これ旦那にあげる」

「は? なんだよ」

「プレゼントよ。クリスマスだしちょうどいいでしょう? スワロちゃんと一緒に選んだの」

 スワロがきゅっと鳴く。

「ご主人が変な柄のマフラーしか持ってないから、おしゃれなの選んでほしい、って言われたのよね。でも、やっぱり、ユーさんはちょっと明るめの、派手な色のが似合うかなって」

 そう言ってウィステリアは、きょとんとしたユーレッドの首にマフラーを巻いてやった。

 彼がいつも好んでいるサイケデリックな柄物と違い、ちょっと落ち着いた赤い色だ。改めてみると、ユーレッドになかなか似合う。

 きゅっとスワロが満足げだ。一緒に選んだんですよと言わんばかりだ。

「ほら似合う。ふふ、スワロちゃんの言う通りね」

「そうか……」

 そう褒められて、一瞬、ユーレッドの顔がゆるみかけたが、慌てて彼は不機嫌そうになる。

「な、なんだよ、こんなの。地味な奴選びやがってさあ!」

 ユーレッドは舌打ちをする。

「チッ、俺の持ってるパンダ柄のマフラーのが前衛的でかっこいいだろ! マフラーなんざあ、あれがあるから別にいらねえって!」

「えっ? あの人喰いパンダみたいなのがある柄の? あ、あれ、なんか色々凄く、名状しがたい感じだったんだけど?」

「すごい良かったろ! 俺の素晴らしいセンスが爆発してるぜ。アヴァンギャルドって感じだなあ!」

 なぜか自慢げなユーレッド。

 ユーレッドのファッションセンスはちょっとアレだが、本人は自分のセンスを疑うことはないらしい。

「アレすっげーオシャレだし、評判もいいんだぜ。なのに、あれ巻くとスワロは怒るんだよなあ」

「い、いやそうでしょ。あんなので街中歩いちゃだめよ」

 釘をさすようにいうウィステリア。きゅきゅっとスワロが同意する。

「なんでだよ? すげえイイじゃねえか」

「いや、なんていうか、悪目立ちするっていうか。いや、今日のネクタイもなかなかだと思うけど、まだ今日は許されているほうというか」

 どうもユーレッドのセンスはわからない。

「本当、どこで買ってくるのかな、ああいうの」

 きゅー、とスワロが悩ましく唸る。どうもスワロも知らないところで購入してくるらしかった。

「ちっ、あの素晴らしさがわからねえとはなあ。美意識のレベルが足りてねえ。ま、お前ら、女どもには理解できねえ男の世界だから仕方ないぜ」

 ユーレッドは、ふんと不機嫌そうに舌打ちしたが、何やらふわふわとマフラーを触る。

「ていっても、ま、結構あったかいし、意外と肌触りいいんじゃね? お前らにしては上出来だな」

 とマフラーを引っ張っている。

「俺は本当はこんな地味なマフラー、要らねえけど、要らねえっつったらお前らが泣くしな。うん、仕方なく使ってやるよ」

(ん? これはかなり気に入ってるな、さては)

 流石に付き合いが長くなってきて、ウィステリアも多少ユーレッドの反応がわかってきた。ひねくれ者で天邪鬼だが、それだけにユーレッドはわかりやすい。

 この感じ、本当はデザインを含めて相当気に入っている。

「まあ、その、一応、礼だけはいっとくぜ。ありがとうよ」

(態度悪いな)

 と思いつつも、

(でも、この人、意外にありがとうは言えるんだよねえ)

 そういうところは、かわいいところではあるかもしれない。

 ユーレッドは、捻くれ者で天邪鬼で、態度も良くないけれど、ありがとうとごめんなさいは言える男ではあるのだった。

 ウィステリアはそんな彼が、結局、嫌いになれないでいる。

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