27.対黒騎士用ウォーターアーム —水鉄砲—-1
テーマパーク廃墟、奈落の旅に立ちはだかるのは、基本的に汚れた古い悪意に感染した
しかし、実はそれだけでもない。
その、"それだけでもない"のが、案外、厄介だった。
『
「あー、はいはい。聞いてる聞いてる」
右耳にノイズキャンセラー付きのインカム。今日の奈落のネザアスは、それをつけて通話をしているが、それにしても機嫌がイマイチだ。
会話の相手は、黒騎士タイブル・ドレイクこと静寂のドレイク。しかし、口下手かつ基本が無口な彼は、パートナーであり、妻である水無月の魔女、ミナヅキ・ビーティアに喋らせるのが通常のことだった。
そして、その、気が強くてキッチリしているビーティー姐さんが、ネザアスはとても苦手なのである。色んな意味で。
「ビーティー姐さん、いい加減、おれをユーネって呼ぶのやめてくれねえかなァ。その名前、製造番号由来で気に入ってねえって言ってんだけどー」
ネザアスが絡むようにいう。ふてくされたかれのそれは、まるで反抗期の少年のようで、傍目から見ると面白い。
「ユーネは正式な貴方の略称です。良い名前ではありませんか」
「それが嫌って言ってんだけどー」
「決・ま・りですが?」
文句があるんですか?
ミナヅキ・ビーティアは母親というより、怖い姉みたいな対応だ。
ネザアスは、チッ、クソアマが。などと、小声で悪態をつく。
大体いつもこう。なんのかんのとネザアスが負けるわけだ。兄貴のドレイクは押しの弱いところがあるが、実質的に義理の姉のビーティアは弟ネザアスに強い。
水無月へのエリアゲートが近い。
ネザアスがこの間バックアップを取っていたことから、フジコだって予想していた。
エリアの間のゲート近くに、かつてのエンターテイメント施設だったころの名残として、エリアボスのような強敵が存在する。
それは避けられないところで、その難所を前にネザアスはドレイクと情報交換をしていたのだ。
「話はわかったよ。新型強化兵士のやつが、俺達を狩るのに
管理階層が住む
ただ、吹き溜まりはある。奈落の近くにスラムが形成されており、治安の悪い場所もある。近頃はそうしたところに、解き放たれたり、脱走した新型強化兵士が住むようになり、奈落で"野良活動"することもあった。
新型強化兵士、つまり後に獄卒と呼ばれるようになる、危険な汚泥と同じ
そもそも、上位互換の
元の素材といえる人物が、かなりモラルに問題がある人間でもあり、ヒトの扱いはされておらず使い捨て。
そんな彼らを
「おれやドレイクの体の
『それだけではないですよ。泥の獣自体も狩りの対象です。特に元が黒騎士に関連する泥の獣は高く売れます。それだけでなく、魔女も』
「アマツノはもう
くっくっと苦笑するネザアスだが、不意にドレイクの声が割って入る。
『問題は、この件がアマツノの敵対勢力の支援で行われているという点だ』
「わかってるよ。おれたちは、これでもアマツノの直接的な部下だからな。アイツらは消したい存在。それに、アマツノは、アイツらみたいな劣化コピー許すタイプじゃねえし」
創造主アマツノ・マヒトは、完璧主義者だ。彼は重犯罪者を使って作られた強化兵士には、その美的感覚において許せないところがある。
冷徹なアマツノであったが、彼ら自分が作った黒騎士がそんな有象無象にやられるのは許せないと見えて、時折、相手の情報をリークしてくる。この時もそうだった。
『そのアマツノからの情報だが、魔女の能力を使った弾丸を彼らが開発中とある。その力は
「初期化? なんだ、アイツらを形作る命令"悪意"ごと初期化しちまうってこと?」
『そうだ。見た目には、溶ける、と言った方が良いな』
『それは、弥生の魔女、ヤヨイ・マルチアの能力の成果物です』
ビーティアからその名前が出て、フジコはどきりとした。
弥生の魔女、マルチアとは、魔女の養成施設で一緒に育った。その当時から彼女は儚げでとても綺麗な子で、人魚姫とあだ名されていたものだ。そんな彼女の魔女としての力は、涙だった。彼女の涙は、黒物質を初期化してただのバラバラの泥のようなものに戻してしまうのだ。
その影響は、黒騎士である彼らを構築するナノマシン
「ふふん、なるほど。オオヤギが懸念してたやつか」
『まだ、それは試験段階で実戦配備はされていないようです。しかし、近い対汚泥の強化兵器を持つ新型強化兵士が野放しにされています。裏では、彼ら、貴方やドレイクに賞金をかけています』
「ああ、賞金首なわけか、おれたち。出世したねえ」
『もうすぐ文月から水無月へのゲートだ。水無月は我々の領域。多少の手助けはできるが、ゲートには強い獣が潜みやすい』
『十分に気をつけて』
そんな通話が終わって、やれやれとネザアスは伸びをした。
「あー、やれやれ、ドレイクとビーティア姐さんと話すのはどうも苦手だなァ。兄貴は陰気なだけだが、姐さんはさあ。ノイズキャンセラー使わねえと、あの女の出す周波数でこっちの体がおかしくなる」
ビーティアは、その普通には聞こえない音で泥の獣を抑える能力を持つ魔女だ。相棒のドレイクは、一番最初に作られたせいか、彼女の力は及ばないが、ネザアス以下の黒騎士には軒並み効くらしい。
魔女にも色々ある。
黒物質の再プログラミングを行う造形の力や、情報に関する能力や索敵の能力のような補助能力のあるもの、フジコみたいに声で汚泥を鎮静させ、ともすれば浄化して癒すもの、そして、ビーティアやマルチアのように攻撃性のあるもの。
魔女は幸せとは縁遠い存在だが、特に攻撃的な能力を持つものは、業が深い。
その中でも特にマルチアの破壊的能力は、当時から恐ろしく感じていた。
そして、その力を与えられた刺客達。まだ白騎士なら、多少の騎士道精神は見込めるし、彼らはエリート気質だ。黒騎士とは対立しているとはいえ、同士討ちはしない。が、野良強化兵士はモラルのない犯罪者達であり、何をしでかすかわからない刺客だった。
泥の獣との戦闘だけでなく、彼らの相手を同時に行わなければならないネザアスが苦戦したことは、これまでもある。
「大丈夫かな。刺客がまた差し向けられたって」
不安になって、思わずネザアスに尋ねる。
「
ネザアスは心配しているフジコに気づいて、にやりとする。
「それに確かにエリア間のゲートには、ボス的な存在の獣がはびこる。多少苦戦するかもしれないが、大丈夫だぜ。だって」
ぴぴ、とネザアスの右肩からひょこんとスワロが顔を覗かせる。
ぽんとネザアスがフジコの頭を撫でた。
「おれにはこのスワロと、歌がうまくてすごい魔女のレディ・ウィステリアがついてるんだ。お前の歌は、泥の獣とアイツら有象無象の劣化コピーにも効く。それになによりおれにも。お前の歌声は、おれの壊れた体を癒すんだ」
ネザアスは、インカムを外しつつ優しい笑みを浮かべて彼女に言った。
「お前の歌の流れる空間で、おれが負けるはずがないだろう? お前は、流れ落ちる泥の滝を止めるほどのすごい魔女なんだ。大丈夫」
にこ、とネザアスは無邪気に笑う。
「あの邪魔な奴ら、まとめて掃除して、この文月の海の藻屑にしてやるぜ」
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