26.黒騎士の記憶標本 —標本—-2
*
黄昏に海は黄金色に輝く。
キラキラの太陽に、半分海に沈んだ朽ちた観覧車がそれでも綺麗だ。
「こんなところに洞窟が?」
ユーネの隠れ住んでいた入江は、島の裏側にある。森に隠され陸側からでは入りづらく、海側からも隠されていた。
本来、ユーネはここに泳いで入ってきていたが、今、彼等はボートで渡ってきた。
ボートをつないでいた桟橋は、ドレイクを匿っている、ユーネのとっておきの別の入江にあった。ドレイクは不在の様子。ユーネは結局同行の二人に彼のことを話さない。
そのままユーネが舟遊びに使っていた小舟に乗り、ここに周りこんできた。
「いつもは泳いで来るケド、おれ、もうケモノになるの難しいからナー。獣だと、魚みたいにしゅってデキるけど」
そんな彼の言葉に、ウィステリアは彼が夕暮れ海を眺めていたのを思い出す。
「自由に泳げなくなったの、寂しい」
「いや」
ユーネは、笑って首を振る。
「あれはアレで、不自由なこともアル。……それに、あの姿は、体がダメな時の姿だゾ。うまく人の形保ててないダケ」
「しかし、今、何故、ここに? ユーネくんは確か、ルーテナント・ワイムのいる基地に向かうつもりでは?」
グリシネが、YM-012、ヤミィ・トウェルフの深い影響を受けた白騎士、ルーテナント・ワイムのところに向かったらしいとの情報を得、戻ってきたフォーゼスと情報共有した。そこに向かおうというその時に、ユーネが言ったのだ。
「アイツは多分、グリシネ、本命じゃなイ。ウィスかイノアを狙ってる。イノアは、博物館の守り強くテ狙えないから、確実にウィス狙う。品定めした後だ。グリシネのコト、問いただしたら、タブンすぐ戦う。アイツ、おれと同じデ血の気多い」
戦う、とユーネは言う。
「デモ、戦う前に探すのアル。多分、そこにあるはずなんだ。それがみつかったラ、行こう」
そしてユーネに導かれるままにやってきたのが、この入江だった。
ライトをつけて洞穴を進む。
「こんなところに、大きな洞窟があったのだな」
「そりゃ隠れ家だからなー」
ユーネが得意げに言う。
「ここがユーさんが住んでいたところ?」
「そウ。ウィスに会うまでここにいた」
ユーネは、久しぶりに来たらしく懐かしそうにきょろっとする。ユーネは右目が見えていないので、動作が大きい。ぐるっと回って周囲を確認し、侵入されていないことを確認したようだ。
「結構、住みやすいトコ。涼しいし、暖かだぞ。でも、ヒトのかたちしたヤツ、すむとこじゃないナ」
と苦笑気味だ。彼もそう思ったから、ここに辿り着いて雨をしのいでいたドレイクを、あっちの小屋に匿ったのだが。
「あれ、でも、ここ」
ウィステリアが、洞窟をぐるりと見やって眉根を寄せた。
洞窟の壁が一部、岩ではない。泥に汚れて、苔むしたりしているが、人工物だ。数字が書かれているのが見える。
「ここ。ただの洞窟じゃない。何かの施設?」
「そう。昔、おレは気づいてなかったケド、ここ、施設」
「基地の跡地か? 番号が見える」
「フォーゼス惜しいナー。ま、ある意味では基地。ここ、ナ、……控室だ」
「控室?」
「そーだ。昔、ここ、アリーナだっタ。アリーナ、上から下に掘って作ってあったと思う。そこでショーやってたやつの、控室。タブン」
ユーネは、金属の壁をゴシゴシこする。文字が微かに読める。そこには製造番号らしい数字が羅列されていた。
YUN-BK-02。それに見覚えがある。
「これは、まさかネザアスさんの?」
「おレ、そこまで知らない。フォーゼスついてきてもらったノ、それ確かめるため」
そういって、ユーネはとんとんと壁を叩き、思い当たる場所を探し当てた。
「昔、間違っテ、ドア開けた。中を見て確認してクレ」
ユーネはとんと壁に開いた手をおいた。ぴ、と電子音が響き、壁の周囲が薄く光り、解錠の音がした。
ユーネはそのまま左手で扉を押す。ぐっと力を込めると、軋んだ音を立てて扉は開いた。
ユーネが入ったのを感知したのか、ばっと照明がつく。
「電源がまだ生きている?」
「そう。ここは、タブン、太陽光発電してタからなー」
ユーネは、埃っぽい部屋を進む。
「フォーゼス、どう思う? ここ、ソイツの控室?」
「い、いや、控室は見たことがないが、置かれているものはそれらしい」
「そか!」
ずらりと並ぶクローゼット。雑多に置かれた小物。透明のカバーのかけられた衣装らしい派手な着物は、どことなく見覚えのある、ちょっとイカレたセンスだ。
(確かに、この感じ、ネザアスさんの……)
埃を被ったそれらの中を、ずんずんユーネは進む。
そして、唐突に置かれたデスクの前で立ち止まった。
ノワルが肩からでてきて、ひよ、と声を上げる。それを軽く撫でやって、ユーネはデスクの引き出しを生体認証キーで開ける。
引き出しの中には、何も入っていない。
「何もないね?」
「いや、ある。ここ」
ユーネはやや無理矢理、その引き出しの底を剥がすように持ち上げた。ばこ、と音が鳴り、底が外れる。
「二重底?」
「あっタ」
ユーネは声を弾ませる。
引き出しの底の下に空間が設けられ、そこに手のひらサイズの黒のハードケースが入っていた。
「それ、何?」
ユーネはそれを取り出す。
「これ? これは、標本。記憶標本っていったかな。でも、これは、なんていうか、多分これくしょん。ほんとうはこんな沢山いらないもの」
ユーネが親指をかけると、ケースは静かに開く。中には小さなチップとどこかで見たようなアルミ包装の薄べったいなにかが並んでいた。
「でも、コレはな、呪い解く鍵なんだゾ」
ユーネは曖昧にぼかす。
「呪いを解く、鍵?」
「ん。これだケじゃ、全部は戻らないカモだけど。これ、あれば、アイツとなんとか互角に戦えル。グリシネ、助けに行ける」
ユーネは、ウィステリアに向き直る。
「ウィスはここにいルといい」
「ユーさん?」
「アイツの狙い、ウィスだから。フォーゼスもいたラここが安全。ここ、タブン、外からはおれしかあけられナイし」
「そんなのダメよ! あたしも行く! ユーさん、この辺り、土地勘ないじゃない。それに、あたしも魔女だから、役には立てるわ!」
「だめ! 危ない!」
ユーネはビシッと告げる。
「ここが一番安全。ここで待ってる!」
思わずウィステリアが黙りこむ。
「フォーゼス」
と、ユーネはフォーゼスに話を向けるが、フォーゼスは何か考え事をしているらしく、ぼんやりしていた。
「フォーゼス?」
「えっ、あ、ああ」
慌てて返事をする彼を、ユーネは睨むようにみた。
「フォーゼス、お前、なんか迷ってンな?」
「え、っ、あ、いや」
今更そう突っ込まれて、フォーゼスは、あからさまに動揺する。
「あのムスメのこと考えてる? 心配要らない。おれが、ちゃんと助ける」
ユーネの言葉遣いが、普段と少しちがう。
フォーゼスに、グリシネがフジコ04であるというイノアの調査結果は伝えてある。彼は表向き、大した反応をしなかった。
しかし、それは表面を取り繕ったことと、どうしていいかわからなかったからだけだ。動揺しているし、狼狽している。
それが証拠にうまく返事ができていない。
「待ってルなら、ココでウィスを守れるな」
「あ、ああ、もちろん」
「ふーん」
とユーネは突っ込んだ。
「オマエ、もちろんテ態度じゃネーな。ほんっとうに、グリシネ助けに行かなくてイイ? そう思ってんのか?」
「ああ、その……おれは」
追及されて、フォーゼスは呆然と呟く。
「正直、動揺しているんだ。……トオコちゃんが、変わりすぎていて……」
フォーゼスは、視線を彷徨わせた。
「おれの知っているトオコちゃんは、もっと明るくてよく笑う子だった。ウィステリアさんと同じ複製体だったけれど、ウィステリアさんよりもっとおてんばで……」
フォーゼスはため息をつく。
「あんな、冷たい表情で、冷たい目を向けて、話すような子じゃなかったのに」
フォーゼスは戸惑うように言った。
「信じられないんだ。別人に思えていて」
「フォーゼスさん」
ウィステリアが割って入る。
「グリシネは、やはりトオコちゃんだわ。あたしには、わかる」
「ウィステリアさん」
フォーゼスが顔を上げる。
「複製体でも、性格は育った環境で性格は変わる。あたしがグリシネの全てをわかるわけではない。でも、これだけは、わかる気がする。あのひと、今も貴方が好きなのよ、フォーゼスさん」
ウィステリアははっきり言った。
「あのひと、あたしとフォーゼスさんの仲が疑われた時に、あたしに何も聞いてこなかった。本当はそういうの厳しい人なのに。以降も、何故かあたしとあなたの邪魔をしないようにしていた」
「それは、どうして?」
「フォーゼスさんに、幸せになって欲しかったからだと思うわ。あのひと、あたしと貴方をくっつけようとしていたと思う」
ウィステリアははっきり告げる。
「あのひと、今のフォーゼスさん、姿の変わった貴方が幼馴染の少年だって知ってたはずよ」
「それなら尚更!」
フォーゼスは感情的になる。
「おれは、一言言ってくれればそんなこと! おれはずっと、あの
「だからだわ。あの子、自分がフジコ04ってわかる姿じゃなくなったんだもの」
ウィステリアは首を振る。
「フォーゼスさんは、前に行っていたわね。その姿になった時、彼女に気づいてもらえなくて以降会えなかったって……」
「ああ。彼女が、おれを他人のように見る視線に耐えられなかった」
「同じなのよ、グリシネも。グリシネは、自分のしたコトがわかっていた。貴方に見て見ぬふりをしたあとで、貴方が自分の幼馴染の変化した姿だって知ったんだと思うわ。そして、自分のした仕打ちに耐えられなかった。そして、それ以上に、同じように貴方から他人みたいに見られたくなかった」
フォーゼスが黙り込む。
「だから、グリシネは同じ複製体のあたしが貴方のそばにいるのを見て、勘違いした。フォーゼスさんが、かつての幼馴染の成長した姿そのものな、あたしのことを好きなんだと。……せめて貴方が他人のものになるなら、かつての自分と同じ姿のあたしでいてほしいって、自分を納得させた」
ウィステリアは、顔を上げた。
「グリシネは、とても厳しいひとだけど、思えばあたしには優しいところもあったわ。その優しさの出どころはわからなかったけれど、彼女がフジコ04なら理解できる。あのひとにとって、あたしは、フジコのまま大人になれた自分なんだ。でもね、フォーゼスさん。グリシネは、氷の女になりきれないひとだったのよ」
俯いていたフォーゼスが、そっと顔を上げる。
「貴方に冷たくしたのは、やっぱりやきもち妬いてたからよ。あたしも、嫉妬深いからわかるもの。頭でわかってても、目の前に本人がいたら妬いてしまうものなの。目の前の好きなひとが、他の誰かに優しくしているの見たら」
「フォーゼス」
ユーネが、ふと割り込んだ。
「おれ、お前にどうしろとかこーしろとか言わなイ。でも、お前、昔からトオコちゃんの為、その姿なってまで頑張っタんだよな」
「もちろん。いくら憧れのネザアスさんの姿とは言っても、自分の慣れ親しんだ姿を捨てるのは……」
「だったら、やるこトひとつだロ? 助けにイケよ!」
ユーネはどこか、彼らしくない言い方だ。それはまるで、奈落のネザアスのような。
「お前、考えすぎて悩むとドン底までいくやツ! 昔からソウなんだろ? でも、考えても答え出なイ。中身伴うとか考えてルとタイミング逃す」
ユーネはぐいと乱暴にフォーゼスの肩を揺さぶる。
「行動アルのみだろ、フォーゼス! 外側からカッコつけろって言ったロ!」
フォーゼスは、ユーネを見る。
「覚悟決めロ、フォーゼス! 名前負けしない男になルっていったろう、お前!」
その様子に、ユーネくん、とは、いつものようには呼べない。
「助けに行く!」
フォーゼスはただ意を決したように頷いた。
「おれは、トオコちゃんを助けに行く! 約束したんだ! 迷子になっても絶対見つけるって!」
「ふふん、その意気!」
ユーネは煽るだけ煽って満足げになったが、それはそれとして、むーと唸ってウィステリアを見た。
「デモ、フォーゼスいないと、ウィス置いてクの心配だナ。あの生活力ゼロやろーに頼もうと思ったノニ、留守だったシ。困った」
「何言ってるの、ユーさん! あたしも絶対一緒に行くわ!」
ウィステリアは言った。
「足手まといにはならないから! ユーさんと一緒に行く! こんなところで待っているのだけはいやよ! 絶対役に立つから、連れて行って!」
ユーネは困ったようにウィステリアを見るが、少し考えてふっと苦笑した。
「そうか。ウィスは」
「うん」
「ウィスは、とてもツヨクなったんだナ」
その呟きに、何か過去の幻を呼び起こされるような気がしたけれど。次に顔を上げると、ユーネはいつものユーネだった。
無邪気な笑顔をむけ、手を差し伸べるようにして彼はいう。
「ジゃ、一緒に行こう! ウィス。グリシネ、助けに!」
「うん!」
不意にウィステリアの携帯端末に通信が入る。
『ウィステリア』
通信の主はイノアだ。
『くだんの白騎士が集まっている場所、特定できました。細やかな情報は、いつでも提供できます』
「ええ。ありがとうイノア」
『あいつら、私達を、未だに材料と思っているなんて、時代錯誤な上に腹が立ちます』
イノアは思い出しムカつきをしたのか、語気が彼女にしては荒い。
『ユーネ』
「ああ、イノア、なニ?」
『そんなやつ、きっちりお仕置きしてください。ユーネならできると信じています』
そう言われて、ユーネは下げている腰の剣をハードケースでゆっくり撫でる。
「ふふふっ、イノアにいわれタラ、しょーがナイ」
ユーネは言った。
「ダイジョーブ。今度こそ、あいつら、ちゃんの海の藻屑ニしてやるよ」
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