26.黒騎士の記憶標本 —標本—-1
「あれっ、ネザアスさん、何してるの?」
いつもの如く、ソファにごろっと寝転んで、昼寝していると思った奈落のネザアス。しかし、彼が頭に見慣れない機械のようなものをつけているのを見かけ、フジコは思わず尋ねた。
「ネザアスなら、バックアップ中だよー」
今日は遠隔操作用アバターで、奈落に遊びにきているドクター・オオヤギが、珈琲を啜りながら答える。
ネザアスによく似た外見だが、彼は一言で言うと男前の好青年風。白衣がよく似合う医者だ。
本当はパン生地みたいなナノマシンの塊でできた仮の体は、珈琲を飲みすぎると色素の沈着を起こすらしいのだが、オオヤギは気にせず、珈琲ブレイクしてしまう男だ。
「目立つところじゃなきゃいーじゃん」
ということらしい。服やらなんやらで隠れるところは、多分珈琲色だ。
「バックアップって?」
「黒騎士は、戦闘用だけあって、なにかた無茶するんだよ。で、記憶が吹っ飛びやすいからね。こまめに、忘れちゃいけないことをバックアップしてるの。そういう風に習慣づけられてる。だから、バックアップ機のあるところが、言ってみればセーブポイントなんだよね」
ま、と、オオヤギは肩をすくめた。
「バックアップっていっても、彼は寝てるだけだけど。ただの昼寝」
「そこはいつもと変わらないんですね。ネザアスさん、お昼寝が多いからスワロちゃんが厳しくて」
ぴぴーと、スワロが憤然とする。
「まあでも、あんまり怒らないであげて。ネザアスは、初期設定からして夜型なんだよ。それに、体に負担のあるバックアップは、精神的にも良くないからねー。リラックスしてる間に終わるのがいい」
ドクターは基本的には優しいので、ネザアスにもまあまあ甘い。
「あの
へえ、と興味深く思うフジコだ。
「でも、記憶、そんなに消えちゃうんですか?」
心配になる。それなら、いつかネザアスは、フジコとのこの旅も忘れてしまうのではないだろうか。
そんな彼女にドクター・オオヤギは、優しく視線を向ける。
「大丈夫だよ。だから、忘れないようにバックアップしてる。それに、彼等のバックアップの主な内容は、言ってみれば経験値とも言える蓄積データだからね。忘れる時はそっちから先に行く時があるから、彼らも警戒してるんだ。戦闘用の彼等は寧ろ人との思い出よりそれだけは忘れたくないんだけど、まだしも、人との思い出の方が頭に残る。ま、戦闘用のデータは、肉体的な記憶とも言えるから、その辺難しいよね」
「経験値?」
「そう。ドレイクとネザアスは、僕とフカセくんが製作に関わった初期ロットの黒騎士さ。後追いのフルタイプの黒騎士と何が違うかっていうと、リアルにヒトっぽいことを目指したところがあって。ま、ハイブリッドな半分人間の黒騎士は、彼らよりもっと人間的だけどねえ」
「リアルなヒトっぽさ? ですか?」
「そう。彼等は行動パターンをインストールするだけで強くなるわけじゃない。基礎の出力は変わらなくても、修羅場の経験を重ねて、判断力を磨く。その蓄積データ、つまり、経験の積み重ねでどこまでも強くなれるようにしてある。だから、それを失うと一気に戦力が落ちる。だからこそ、バックアップが大切なんだよね」
ドクター・オオヤギは、ため息をついた。
「まあ、そのまどろっこしさは、成長したアマツノくんには理解されなかった。ヤミィとか、以降の有力黒騎士には、その辺の機構、あんまり採用されてなくって……。例外的に秘書業が本職なエリックとかは、かなりヒトに寄せてるけどね」
「そうなんですか」
フジコはため息をつく。
「でも、一瞬で努力が消えちゃうなんて、大変だな。ネザアスさん」
彼女の気も知らず、ネザアスはすやりすやりと寝ている。
「あたしにできることがあればいいのに」
それをなんとなく楽しそうに見ていたドクターが、ふふんと笑う。
「いいねえ。青春だなあ。健気さに心がじんわりするよ」
ドクター・オオヤギは、からかうようにそう言ってにこりとした。
「それなら、君もネザアスにお守り作ってあげるとイイよ」
「お守り? ですか?」
「そうそう。ちょうど良かった。ネザアスが寝ているうちに、君の髪を何本かサンプルに貰えない? あ、変なことじゃないの。
「あたしの髪ですか? もちろん、オオヤギ先生にならいいですよ」
他の人に言われればまずどん引きだが、ドクター・オオヤギにはその点絶大な信頼がおける。なにか魔女に関する研究なのだろう。
「それはありがたい。ネザアスが起きてるとうっさいからね。彼、結構独占欲強いんだよ。寝てるうちにいただこう」
やれやれ、とばかりにドクターは肩をすくめる。
「で、その髪の毛を混ぜた合金で、ネザアスの新しいドッグタグを作ってあげる。お守りになるよ」
「あたしの髪の毛でですか?」
話が飲み込めず、フジコはきょとんとする。
「君やスワロの
と、ドクターは言う。
「実はねえ、人魚姫ちゃんの毒の涙も万能ではない。彼女は自分と同じ魔女の
「あ、そうか。自分を溶かしちゃったら大変ですもんね。それで、あたしの灰色物質で弾除けってことですか?」
「ソレだけでなく、相性のいい魔女と一緒にいると、彼等の精神衛生的にも良いらしいんだよね。お守り的要素も強いけど、どうせつけるなら相性のいい魔女のものがいい。ドレイクやネザアスはああいう性格だけど、まあまあこの世界でうまくやってけてるでしょ。設定された安全装置が働いてることもあるけど、ひとつには、スワロやビーティアが一緒だからだよ」
とオオヤギは言う。フジコは不安そうに尋ねた。
「でも、スワロちゃんならともかく、あたしの髪で、効き目ありますか?」
「そりゃあ、あるさ。君はかなりネザアスと波長が合う。それに、スワロからはもう灰色物質を分けてあげられないから、ウィステリアちゃんから貰ったものを使うのが、彼にもベストだ」
ぴぴっ、とスワロが鳴く。スワロもそうして欲しいらしい。
「そんなものでいいなら、ぜひ使ってください」
「ウィステリアちゃんは健気だなあ。ほんっとアイツにはもったいないよ」
ドクター・オオヤギは、肩をすくめてため息をついたものだ。
「それじゃ、始めようか」
そう言ってオオヤギは、フジコを椅子に座らせた。
「あー、よく寝たー。バックアップ終わったか?」
昼寝していた罪深きネザアスが、
早速、ネザアスがぐわっといきりたつ。
「ああ、てめえ! オオヤギっ! ウィスに何してやがる!」
「あー、起きたか」
「なんだよ、触んな! 年頃の娘っ子の髪なんだぞ! 変態かお前!」
「ほらー、来た来た。鈍いクセして、独占欲だけ強いやつー」
「女の子の髪は命なんだぞ! べたべたさわるな!」
「あのね、これは君のためにもらってるのー。あー、ホント、君ってば、変なところだけ。誰に似たのかねえ」
頭の上でかわされる、ちょっと噛み合わない会話。
フジコはスワロと顔を見合わせて笑ったものだった。
その髪の毛を加工した
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます