27.対黒騎士用ウォーターアーム —水鉄砲—-2
*
『敵の白騎士達ですが、独自の命令で動いているようです。彼等の所属がよくわかりませんが、かなり上位の幹部が関わっているようです』
フォーゼスが手配した船で、ひっそりと島を脱出した三人は、グリシネが向かったという基地に向かいながらイノアの報告を聞いていた。
基地は、灯台の島の対岸の陸地に程近い小島にある。フォーゼスによると、対囚人の監視施設なのだという。
「ああ。彼等の直接の上官は、この件に関わっていないらしい。聞いてみると"治療を兼ねた特殊任務に派遣中"で詳しいことはわからないそうだ。まだ傷病兵あつかいらしいしな」
フォーゼスがそう情報を補う。
「グリシネは、そのまま基地に突っ込んだのかしら」
「どうでしょう? おそらく、隊長であるルーテナント・ワイムとの面談を望む形で、訪れたのではないでしょうか?」
『フォーゼス隊長の言うとおりです。グリシネから、そうした申し入れのメールが相手に送られていました』
どうやら、イノアはグリシネの使っていた仕事用の端末をハッキングしているようだ。おそらく、随分前からやっているのだろう。イノアはグリシネに口うるさく注意されていたようなので、その辺の腹いせもありそうだ。敵に回すとなかなか怖いが、この際、味方にすると頼もしい。
「YM-012。あの人、話が通用するかな」
「アイツとは、話無理」
とユーネが答える。
ユーネは、いつも着ていたお気に入りの耳付きパーカーから入江の洞窟のクローゼットから、ユーネは奈落のネザアスの衣装から一着拝借して着替えていた。とはいえ、例の着物風の派手なやつは潜入に差し障りがあるので、白い軍服風のものだ。白騎士の制定軍服にも似ていたが、うっすらと花をモチーフにした黒いラインが入っていた。洗練された服だったが、裏地がやたら派手な柄で、なんとなく奈落のネザアスの、ちょっと怪しかったファッションセンスをうかがわせる。
そんな彼の肩には、ひよこのノワルが乗っている。船ではひよひよ鳴いていたが、今はノワルも静かにしていた。
「アイツは、ほとんど話さない。ある意味リセイない」
「理性が飛んでる? どうして?」
「アイツ、元からどこまでも強くなるノが目標だった。元から強いやつだったケド、強化していく内に元の目的がネジ曲がった」
ユーネがふむと唸る。
「自分が強くなることだけが目的ニなって、人間性が失われタ。で、今はアレ。アイツはヒトの姿保つより強さをエラぶタイプ。ただ、カリスマ性アル。他の獄卒トカ白騎士が、アイツについてくノ、その強さへの憧れとかもある。昔もそうだったミタイ」
『ヤミィ・トウェルフの僅かに残った古い記録でも、そうなっていますね。強さに固執して壊れたが、多くの黒騎士がその姿に付き従い叛乱した。彼は多くを語らないが、相手に影響を与えるようなところがあると』
イノアの言葉にユーネは頷いた。
「そーだ。アイツ、なんでカ、相手洗脳する能力みたいなノある。さっきので、ネザアスの戦闘記録を入れたケド、ヤミィのことはわかル」
「さっきユーさんが食べてたの、ネザアスさんの戦闘用バックアップの経口インストーラーだったのね?」
「ん。そう」
ユーネは、先程、例の"呪いを解く鍵"を使っている。アルミ箔で保護されたゼラチン・チップに、大切に保護されていた小さなチップを溶け込ませ、舌先で溶かして摂取していた。
が、ユーネはそれほど変わってはいなかった。ネザアスになったわけでもなさそうで、ウィステリアへの態度も変わらない。
ただ、ネザアスの記憶の一部が入っているのか、ヤミィ・トウェルフについては随分詳しくなった。
「ヤミィは敵だったから、戦闘用の記憶に入ってルみたい」
「他の、ネザアスさんの記憶はあるの?」
「ううん。そこはうまく紐付いてナイな」
ウィステリアにとって、ユーネはまだユーネだ。
彼がネザアスと同じ存在かどうかはわからない。複雑な気持ちもあるが、彼があまり変化しなかったのに、内心安堵もしていた。
「紐付いてナイ分、すこしフリだけど、あいつは本人より弱いト思うから、なんとかナルと思う」
「うん。無理しないでね」
「しかし、何故だ。静かすぎる」
フォーゼスが警戒した。
小さな島の基地。
目立たないように上陸して侵入したものの、あまりにも静かだ。フォーゼスは正規の白騎士なので、基地への立ち入りは彼のIDで通れる。この基地は配置人員が少なく立哨がいないのだが、その代わりコントロールセンターで監視をしているはずだ。
気づかれているなら、反応があろうものだが。
「イノアちゃん。島の基地は、我々に気づいていないのか? 中央ゲートを私のIDで入って大丈夫だろうか?」
『私が得られる情報では大丈夫そうです。ただ、敵も本当は気づいている可能性はありますね』
「コントロールセンターに奴らはいないのか?」
『ああ、そのことですが。私の協力者が内部に侵入していまして、コントロールセンターにいますよ。その方から情報がリアルタイムに流れてきていて、その件は大丈夫です。基地に正規ルートで派遣されている職員は味方です。フォーゼス隊長のIDで、全員入っちゃっても大丈夫だと思いますよ』
「きょーりょくしゃ? イノア、すごいな!」
ユーネがイノアを称賛する。
『ふふふっ、ユーネに褒められると嬉しいですね。人脈に物を言わせました!』
「イノア凄いわね」
「ちょっと待ってくれ。イノアちゃん、人脈って、もしや、あの方では?」
フォーゼスが微妙な顔をして、会話に入ってきた。
「コントロールセンターを抑えたのは、あの方がやっているのでは?」
『フォーゼス隊長、勘が鋭いですね。確かにあの方です。今日はご本人が潜入しています』
「ご本人が!」
フォーゼスが妙に慌てたように反応し、ため息をついた。
「ああ、あの方は、もうそういう危険なことを簡単にするー。エイブさんについてないのか?」
「知り合いカ?」
「まあ、その、知り合い……というか、なんというか」
もそもそと歯切れの悪いことを言うフォーゼスだ。
『あの方がいるので、多少のことは大丈夫です。ただ、どうも、ルーテナント・ワイムを含むくだんの白騎士達は彼等も把握ができていなくて。正確な位置はわからない? あれ? 待ってください』
イノアが、何かかたかたと操作する。
『グリシネの端末にルーテナント・ワイム。YM-012よりメールが入りました。コイツ、まさか私がハッキングしていることを』
イノアの声が少し焦る。
「イノア。メールはなんて?」
『んん? なんでしょう。そのまま転送しましょうか? 座標の位置が書かれています。気持ち悪いけど、ほかに何も』
イノアからウィステリアに、メールのスクリーンショット画像が転送されてくる。
『これ、その島の中の座標ですね。これはおそらく、島の奥の武器庫?』
「果し状だナ」
不意にユーネが口を挟んだ。
「果し状?」
「そう、果し状。ここに来いテおれたち呼んでる」
ユーネは肩をすくめた。
「昔からアイツ、なんかト決闘スキ。まあ仕方ない。モデルノある黒騎士にとってハ、設定はアイデンティティ」
いつか奈落のネザアスもそう言っていたっけ。ウィステリアは思い出す。
「リセイなくても、そこは最後までこだわるトコ。強くなるコトと、決闘でキメること、アイツのアイデンティティ」
ユーネは苦笑した。
「本当、時代錯誤やろーなんだよナー」
「しかし、それなら、トオコちゃんもそこにいるのだろうか?」
フォーゼスがせきこんで尋ねる。
『多分、ですが。他に、彼等が潜んでいる気配はありません。引き続き調べます。分かり次第、連絡しますね。気をつけて進んでください』
「りょーかイ」
イノアにそう返事をして、ユーネはふらっと先んじて足を進め、基地内を進んでいった。
*
「困ったものだな。今でもヤミィに、そんなにもシンパがいたとはね」
「はい。エリック様。ルーテナント・ワイム達一団を抱え込んでいる幹部と上級白騎士は、彼に洗脳されている状態にあります」
基地のコントロールセンターでは、一人のすらりとしたスーツ姿の中年男性が佇み、当直の白騎士と話をしていた。
「この基地は小さい為、外部に状況が漏れにくいゆえに彼等の拠点に選ばれたのでしょう。元々、私と数名の交代要員しか詰めておりません。彼等の行動は、監視しきれていませんがこの基地内にいます。ただこのコントロールルームは、彼等の影響を排除しています」
「ああ。君が詰めていて良かった。お陰でこうして私が堂々と侵入できたんだから」
ふふふ、と男、エリックは、微笑む。
「ヤミィ・トウェルフは、消えたはずなのに亡霊のように反体制派の幹部を精神汚染する。周りに与える影響が大きすぎるから、そもそも、彼のデータを使った白騎士を作り出すゼス計画自体を止めるべきだった。ZES-YMの白騎士は全滅したのだけど、全て変異して囚人化したことも伏せられているからね。他のZES計画の白騎士たちの多くが、覚醒できずに何の変化もなく終わったのと対照的だ。その変異した彼等を抑えることも厄介だったのに、まさか、複製体を作って再生させるとは思わなかったな」
「ヤミィを崇拝する協力者が、上層部にいるということでしょうか」
「もちろん。彼は今も影響を与えて続ける亡霊だよ。彼はあまりにも強かった。絶対的強さは絶対的美しさでもある。その暴力性は人を魅了するカリスマにもなる。
エリックは肩をすくめた。
「まあ、その点は
エリックは続けていった。
「しかし、恩寵の黒騎士である私、
「はい、エリック様」
「
と、エリックはため息をついた。
「元々あの魔女の娘を助けるつもりでここにきたのだが」
「ウヅキの魔女でしょうか」
「ああ。アダム様は、あの歌の上手い魔女を気にかけていらっしゃったのだよ。彼はネザアスとの
エリックはそう独り言のようにいってから、改めて尋ねた。
「ワイムがグリシネを連れて立てこもっているのは、おそらく一番基地の奥の武器庫だね」
「はい。そう見られています。ただ、あの武器庫は、強力な武器を収容している場所。彼らが派遣されてくる前に、密やかに強力な武器が運ばれてきています。それを使われると厄介です」
ふと、エリックのウルトラマリンの青い瞳が閃いた。
「強力な武器? それは穏やかではないな。申請は出ていないが、どのような武器なんだい?」
「新型の対囚人兵器です。対汚泥用ティア・ウォーターアームズ、通称対汚泥用浄水砲といいまして、涙の弾丸の技術を応用した水鉄砲のようなものです」
「水鉄砲? 涙の弾丸といえば、弥生の魔女の毒の涙を封入した呪いの弾だね?」
「水で濃度を薄めてあり、涙の弾丸ほどの毒性はありませんが、液体である為やりようによっては広範囲に影響を与えることができます。また狙い撃ちすることもでき、使い勝手が良い。また、毒性も低めである為、白騎士に対しては影響は薄いかと」
ただ、と彼は告げる。
「エリック様のような黒騎士の方には、確実に影響が出ます。涙の弾丸ほどでないにしろ、体を構成する
それに、と彼はつけくわえた。
「この島は、汚染されていない黒物質を混ぜて作られた万能物質による人工島です。あんな兵器の影響を受けると、島全体が溶けてしまいかねない。もちろん、ルーテナント・ワイムや獄卒まがいの白騎士たちも、確実に影響される」
「黒物質を持つ獄卒を含む彼等にとっても諸刃の剣だね。しかし、彼はそれを望んで持って来させているかもしれない」
エリックは、眉根を寄せた。
「彼は、最終的に人の姿を捨ててまで強さに固執した黒騎士だ。それを考えると、追い詰められた際、部下を含めて強化するためその兵器の濫用をしかねない」
エリックは険しい表情になる。
「ヒトの姿を保つことと強さはイコールではないんだ、黒騎士は。ヒトを捨て不定形の体により強化される能力もある」
エリックはつぶやいた。
「同じく強さを渇望していたのに、あくまでドレイクやネザアスが人の姿を保ちたかったのと、ヤミィが人を捨てたのは対照的だね。皮肉なモノだ。しかし、これは思ったより危険だ。溶けた彼等が居住区になだれ込むと、多くの犠牲が出る」
エリックはため息をつき、きっと顔を上げた。
「ルーテナント・ワイムが完全にヤミィとして覚醒する前に、できたらケリをつけたい。フォーゼスたちを援護してあげてくれ」
「はい」
白騎士がそう返事をして下がる。
エリックは、コントロールセンターの無数のモニターから、一つをみやる。
基地のゲートを飄々と通り抜ける男の姿が見えた。似ているがフォーゼスではない。中身のない右の袖があやしく揺れている。
「しかし、本当に君とは奇妙な縁だね、ネザアス。私と君とは、血のつながりもなく、ただ外見だけ同一な、表と裏みたいなモノだけど」
彼は微笑んでいった。
「君が生きていてくれたことを、あの方はきっと喜ぶよ」
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