18.ウルトラマリンの瞳 —群青—

 ふっと青いものが見える。

 青いのは、瞳だ。青い瞳。

 その濃淡はあれど、元は群青の青色のようだった。

 ウルトラマリンの瞳。


 青い瞳のひとびとが、ずらりと整列している。

 整列する人物の中には、あのタイブル・ドレイクもいる。いまでは白く輝きもしない彼の瞳も、その頃はまだ青い瞳をしている。

 黒い制定軍服の軍人達。

(これは、みんな、黒騎士?)

 誰の記憶か。奈落のネザアスの記憶なのか。

 フジコは時々、彼等の記憶に繋がって夢としてそれを見ることがあった。

(これ、ネザアスさんの記憶かな。これ、上層アストラルのホールみたいだよね?)

 確かに、その軍人達の中、兄の静寂のドレイクの隣に、奈落のネザアスも控えていた。

 いつもの派手な衣装ではなく、黒い黒騎士の制定軍服に眼帯。フォーマルな姿はあまり見ないが、似合っている。

 そんな彼の左目は、他の黒騎士と違って赤褐色に輝いていた。皆、兄のドレイクですら、夜空や明るい空の色をしている中、彼だけが黄昏の空の色をしている。

 そんな異様な光景の中、一人の青年が複数の黒騎士に守られて姿を現した。黒騎士達は目立つ武器で武装していた。

 今からどこかに戦闘に行くのだろう。黒騎士達は意気揚々としていた。

 青年が通りすがる中、居並ぶ整列した方の黒騎士達が何か声をかける。それにまるで聖職者のように、青年は祝福を与えるが如く返事をしていく。

 やがて、彼は奈落のネザアスの前を通りがかった。

「アマツノ」

 ネザアスが声をかける。

(ああ、そうなんだ)

 フジコは、自分の予想が当たったことを確信した。

(これは、アマツノさんなんだ。創造主、アマツノ・マヒトそのひとだ)

 顔が何故かはっきりしない。ただ、アマツノの瞳もまた青かった。

「やあ、ネザアス。元気そうで何よりだ」

「遠征にいくのか。気をつけてな」

「うん。大丈夫。今回はヤミィがいるから余裕だよ。彼は強いし、いつでも行ける準備が整っているんだよ」

 とアマツノはあどけなく笑ったようだ。

「あ、あ、あの、な、アマツノ」

 彼は躊躇いながらも、そう告げた。

「お、おれも、いつでも行けるんだ」

 アマツノの視線が、なぜか冷たい。青い瞳は感情がないようだった。そんな視線に、ためらいながらネザアスが食い下がる。

「おれ、常に鍛錬してる。腕も上がった。今でもな、奈落でも相当数の獣を倒してるんだ。だから、いつでも呼んでくれよ。きっと、お前の役に立つ」

 ネザアスは縋るような目をした。

「今からでも呼んでくれれば、一緒に行けるから」

「ネザアス」

 アマツノの声にネザアスがびくりとする。その声が、不気味に冷たかったのだ。ネザアスの目が不安そうになる。

「ネザアスは本当に仕事熱心だね。でも」

 にこりと彼は笑う。

「ネザアス、悪いけど、ドレイクと君はもう旧型なんだよ。君達より強い黒騎士は、他にたくさんいるんだよ?」

「っ!」

 ざあっと奈落のネザアスの顔から血の気がひいて、真っ青を通り越して白くなった。

「今は、君のスペックはもう時代遅れなんだ。それに、君は、ほら、両手が使えないから、どうしても力で不利になるし、視力の補正にも時間がかかる。他の黒騎士に比べて不利な要素が大きい」

 アマツノ・マヒトは、笑みを浮かべたようだった。

「修復したらマシになるかな。でも、調整に時間がかかるよね? そんな作業するより、ヤミィ達に頼んだ方が早いんだ。わかる?」

「アマツノ。息災で何より」

 ぼそと声が聞こえた。隣のドレイクが静かに間に入る。

「やあドレイク。君たち兄弟には奈落をお願いしているけれど、どうかな?」

「遊興施設としての保守に努めている。何も問題は起きていない。敵は全て我々二人で排除した」

「そう? 君達兄弟は本当に優秀だね。旧型の君達がそんなに頑張れるのは、やはりオオヤギさんとフカセさんが優秀だったせいだよね。あの二人の協力で作ったのが君たちだから。でも、彼等は君たちを人間らしくしすぎちゃった。アップデートが難しい。人間らしさって、強さにはマイナスになることが多いよね。困ったものだ」

 アマツノは、無反応のネザアスに静かに尋ねる。

「ねえ、ネザアス。君は一番でなくなったけど、僕の大切な仲間に違いないんだよ。任務、ちゃんと続けられるよね?」

「あ、っ、……あ、ああ」

 ネザアスの反応は、壊れたようなうめき声だった。

「ああ、あ、そ、そう、だな」

 ネザアスがぎこちなく微笑んだ。

「そ、っ、そうだな。お、おれ、は、もう旧式だからっ、は、ははっ。そ、その、身の程を知らないことを言って、っ、わ、悪かったな」

「わかってくれて嬉しいよ、ネザアス」

 アマツノの手が、ネザアスの肩にかかる。

「また奈落に遊びにいくから、それまで待っていて」

「ああ。……そう、だな。ま、待っているぜ」

 ネザアスはようやくそう答えたが、もう顔を上げられなかった。

 青ざめて歯を食いしばる奈落のネザアスは、かすかにふるえていた。

 ドレイクはそれをちらりとみたが、何も言わない。

 静かにアマツノが立ち去る。

 その後ろを、"レギュラーメンバー"の黒騎士が付き従う。中には、勝ち誇り、ネザアスたちを嘲笑うものもいる。

(ああ、そうか)

 フジコには、通りすがるアマツノに話しかける、それぞれの黒騎士達の声が今は聞こえた。

 連れて行って。忘れないで。おれはまだやれるから。

 そんなふうに懇願していたのは、なにもネザアスだけではないのだ。他の黒騎士たちも、そんなふうに声をかける。

 それを、創造主アマツノ・マヒトは、聖人のように微笑みながら切り捨てて行く。

 彼の背後にいる、新しいお気に入り達は、そんな彼等に向けて勝ち誇る。

(ネザアスさん)

 俯いて青ざめたネザアスは、屈辱の言葉が投げかけられても反応できない。見たことがないほど憔悴した顔をしている。そんな彼を見ているのが辛くて、フジコは視線を逸らした。

 と、アマツノの引き連れている、黒騎士の一番最後の男が通りすがる。

 一際大きな体躯で精悍な黒騎士だった。顔は見えなかったが、乱雑に伸びた髪をしている。その男はなんとなく他の黒騎士達とは違って、選ばれたことを誇っている様子がなかった。まるで全てに興味がないようで、項垂れたネザアスにも、冷たく前を見ているだけのドレイクにも無反応だ。

 その男は、青い瞳をしていない。しかし、燃えるような色の瞳は、ネザアスと似て非なる、複雑な色合いを称えていた。

 やがて、彼等はホールから出て行った。

 置いて行かれた黒騎士達は佇んだままだったが、アマツノ達の姿が見えなくなってようやくぼそぼそと散り始めた。その誰もが青い瞳に絶望を浮かべている。

 フジコは、予想がついていた。これは、出陣式。しかし、それは彼らにとって、アマツノ・マヒトに存在をアピールする唯一のチャンスでもあったのだ。

 かつてのように、共に冒険に連れて行ってほしい、そばに置いて欲しいと、アピールするための機会。それが虚しく無意味に終わったということだった。

「ネザアス」

 慰める気があるのかどうかもわからない、感情の感じられないドレイクの声。しかし、この時のドレイクは、きっと彼を心配していた。

「ネザアス。ホールが閉まる。帰るぞ」

 いつのまにか、ホールには、初めの黒騎士のドレイクと二番目に造られたネザアスだけになっていた。

「仕方がない」

 相変わらず、ドレイクは言葉が少ない。

「おれとお前は確かに旧式だ。しかも、ヤミィ・トゥエルフのように、簡単にはアップデートできない」

「わかってる」

 ネザアスはようやく顔を上げて、苦笑した。

「ああ、そうだよ。でも、な、おれは、……ないから。アイツに、使ってもらえねえと、本当に捨てられたんだって、気になって……」

「ない? 何がだ?」

 珍しくドレイクが眉根を寄せる。

「おれには青い目がないから」

 ドレイクが目を瞬かせる。その頃のドレイクは、ウルトラマリンの色の瞳をしていた。

「はは、ドレイク。あんたはいいよなぁ」

 ネザアスは力無くため息をつく。

「ヤミィみたいに簡単に更新できるやつはいい。そうでない体にするなら、おれも、せめて、あんたみたいに青い目が欲しかった」

 ぽつりと彼はつぶやいた。

「アマツノのお気に入りの青い目を、片方だけでもいいから、おれも与えて欲しかった。それなら、捨てられても我慢できたのになあ」

 ネザアスとドレイクがどんな表情をしていたのか、フジコには見えなかった。



「お、すげえな。でかいラピスラズリの柱だ。こんなもん、まだここにあったんだなあ」

 目が覚めると、隣の部屋の方でネザアスの楽しそうな声がした。

「元博物館とはきいたが、展示物ほとんどオシャカだし、大したもんないと思ったけど、これはすげえなあ。後でオオヤギに連絡しておこう。あいつの研究費というか、生活費の足しにはなるかも。本当、お人好しで金儲け下手だからな、あのヤブ」

 なー、とスワロに話しかけている。

 時計を見るとまだ深夜だ。

 夜型のネザアスは、どうやらフジコが寝静まった後に泊まっていた博物館廃墟の探索を始めたようだ。多分、暇だったのだろう。

 この博物館は、かなり劣化しており、展示物もろくろく残っていなかったが、ネザアスは宿泊用につかう宿直室の隣の倉庫の扉を開ける鍵を見つけたようだ。そちらから声がする。

 フジコはベッドから這い出て、隣の部屋に向かった。

 明るい電灯の下、ネザアスが楽しそうに群青色の石柱のようなものを調べている。が、気配を感じてフジコの方を見た。

「お? お嬢レディ、目が覚めちまったのか? はは、いいもん見つけたぞー。これ、綺麗だろ? ラピスラズリ、瑠璃って石だ。コイツは昔から高価でな。綺麗な青の染料作るのに大切な材料なんだが、遠く海を隔てた土地にしかなかったんだとさ。で、その染料を海を越えてって意味のウルトラマリンって呼んだんだそうだ。んー、これ、良質なやつだな。すげえ綺麗」

 ネザアスは、この発見が純粋に嬉しいので、テンションが高い。が、ぼんやりとしているフジコをみて、ネザアスは、ラピスラズリに興味がないと思ったのか、話を変えた。

「あ、そうか。こういうの興味ねえよな。じゃ、夜の博物館探索とかどうだ? 肝試しみたいになるぞ。それも楽し……」

 そう明るく話したところで、いきなりフジコの瞳からぼろぼろっと大粒の涙がこぼれ出した。

「おおお? どうした?」

 泣き出したフジコに、ネザアスが慌てて駆け寄る。

「ご、ごめんなさい。な、なんだか、涙が止まらなくて」

「あ、ああ、そうか。なんか怖い夢見たな」

 ネザアスは優しく肩に手を置く。

「ちょっとあったかいもんでも飲め。用意してくる。とりあえずこっちで座ろうぜ」

 そう言って事務室に戻ると、ソファに彼女を座らせてくれた。

 奈落では牛乳や卵などの生鮮食品は、手に入らない。ドクター・オオヤギに頼んで送ってもらう必要がある。そんなわけで、ネザアスがお湯を沸かして、出してきたのは、粉末で携帯できる生姜湯だった。

「ほら、ゆっくり飲めよ。飲むと落ち着くぞ」

 言われるまま飲むと、確かに体が芯から温かくなる感じがする。

 それを半分ほど飲んだところで、ようやくフジコは落ち着いて、ため息をついた。

「落ち着いたか、お嬢レディ

「うん。ネザアスさん、ごめんなさい」

「いや」

 ネザアスは左手で頭をかきやりつつ、

「お前、もしかして、なんか、また、おれの昔の夢でも見たのか?」

 ずばりと当ててくる。躊躇ってからこくりと頷くフジコに、ネザアスは苦笑する。

「そうかあ。悪かったな。不安にさせて。アマツノのことかなあ」

 ネザアスは、そう慰める。

「お前はおれと相性がいいからな。おれの、記憶や感情が、双方の意思とは無関係に流れ込むことがある。まあ、黒騎士のおれは、そういう感受性がにぶいからさ、ウィスの過去を覗き見たりはないんだけど、魔女のお前はおれの記憶が雪崩れ込んじまうんだろうな」

 ネザアスはこういう時は、ひたすら優しい。

「なんでかな。おれの面白くねえ時の記憶が、ウィスに伝わっちまうんだよな。ごめんな」

「ううん。あたしの方こそ。いきなり泣き出したりしてごめんなさい」

 とウィステリアは、目を伏せる。

「でも、ネザアスさんこそ嫌じゃない? あたしにそんな過去を見られて。あたし、なんだか罪悪感あるの」

「あー、まあ、そりゃ、情けねえ場面見られるのは嫌だぜ。でも、コントロールできねえもんは仕方ねえし、それに、本当に見せたくない場面には、流石に鍵がかかっちまうと思うんだ。おれが見せても良いくらいの気持ちでいたってことだな。ま、どっちにしろ、見ちまったもんはしょうがねえよな」

 ネザアスはこういうところは、あまりこだわらない。

「黒騎士の夢か?」

「うん、たくさんの黒騎士の人がホールにいた」

「あー。黒騎士にも色々あったからな。でも、あいつらも可哀想なやつだよ。次から次へと新しいお気に入りが生まれては、用済みになって、最後はおかしくなっちまってさあ。最初は、狂っているのは、おれとドレイクだけのはずだったのに」

 ふっとネザアスは苦笑する。

「他の奴らが淘汰され、馬鹿にされていた旧式のおれたちだけが、生き延びる。本当に皮肉だよな」

「あ、あの、ね」

 フジコがそっと尋ねた。

「ネザアスさんは、今も、青い瞳が欲しいの?」

 そう尋ねられて、ネザアスは薄く笑う。

「やっぱり、その話か。そうかなーって思っていたぜ。おれが、多分、あのでかいラピスラズリ見つけてテンション上がってたせいかな。瞳の色を思い出していた。お前に影響させちまったんだろう」

「前も、そんな話を少しだけ聞いたの。青い瞳はアマツノさんのお気に入りのって」

「ウィス」

 ネザアスは、視線を合わせて話す。左目しか見えていない彼の瞳は、やはり夕陽のように赤っぽく見える。

「さっきウルトラマリンの話をしたよな」

「うん」

「あれって、あの宝石みたいな群青の色のことだ。当時、黒騎士はウルトラマリンの瞳を持つって、定義されていたものさ。アマツノは青い瞳をしていて、それで、黒騎士にはその一番綺麗な色を参考にして与えたと聞いてる」

「でも、ネザアスさんは、赤系の瞳なんだね」

「ああ、おれはな。オオヤギに似せていたせいかもしれねえけど」

 まあ、とネザアスは肩をすくめる。

「ヤミィも最後はおれと似た色してたけどよ。アイツは元は青い目だった。アイツはな、更新の効くタイプの黒騎士だったから、アップデートで少し姿が変わる。その代わり、更新するたび、おれやドレイクよりリアルなニンゲンぽさが減ったけどな。で、最終的に壊れちまった」

 ネザアスは続けた。

「おれは、今じゃ、この瞳をもらえてよかったと思うんだぜ。おれがいちばん好きな、黄昏の空の色だ」

「うん。ネザアスさんの目の色は、綺麗だと思う」

「ふふ、それは嬉しいな」

 ネザアスは笑って、それから仕切り直していった。

「でもな、おれ、ちょっと勘違いしていたんだ。ウルトラマリンってのは、ただの青色のことをいうわけじゃない。実はな……、おれたち黒騎士の瞳は……」



「ウィス、今日は海の色明るいナー」

 まだ昼。

 昼は寝ていることの多い夜型のユーネだが、今日は珍しく起きていて、昼寝もしていない。ウィステリアは、ユーネに散歩に行こうと誘われて海のそばを歩く。

 今日はフォーゼスから、白騎士の調査がないことを教えられている。ユーネも外に出やすいのだ。

 今日は人の姿をしている。日差しがきついので麦わら帽子をかぶりつつ、ユーネはウィステリアを先導して歩いている。

「冬ノころは、もっと黒っぽかっタ。今日は緑っぽい」

「エメラルドブルーね。夏の海って感じだわ」

 夏の暖かな海は、水平線の方に群青の濃い色があり、そこからだんだん緑色の淡いあたたかな色彩に変わり、グラデーションを描いている。

「ふふ、散歩するノにいいな。な、ノワル」 

 ユーネは、首からさげた瓶の中のノワルに話しかける。相変わらず、ユーネはノワルを可愛がっていた。

 そんなユーネの左目の色は、どちらかというと夕陽を閃かせたような赤褐色だった。一つ目の怪物の姿のユーネも、目の色はそう変わっていない。奈落のネザアス由来のものなのか、ユーネ由来のものなのか、ウィステリアには判断しかねるものだった。

(なんだか、今朝見た夢を思い出しちゃうな)

 もう写真を撫でても、この島にきた頃のようなネザアスの声は聞こえない。あれはどうせ幻聴だったのだから、当たり前だけれど。

 しかし、彼の夢はまだ時々見るのだ。彼と旅をしたテーマパーク奈落での出来事が、夢の中で再生される。今日の夢は、彼の記憶に繋がって、彼が主から捨てられるあの場面だった。

 あれは、流れ込んだ彼の記憶の中でもひときわ辛いものだった。うまく誤魔化せなくて壊れたような反応しかできないネザアスが、かわいそうで見ていられなかった。

 彼にとっては、創造主アマツノに必要とされることだけが存在意義だった。彼はアマツノの作った兵器であり、話し相手だったのだから。

「ウルトラマリン……か」

 ネザアスは、黒騎士はウルトラマリンの瞳を持つ、と言っていた。

 ウルトラマリン。海を越えてきた青。高級な宝石、ラピスラズリを削ってできた色。

 深い海のような、美しい群青を示す言葉。

 何故、アマツノ・マヒトは、彼にそれを与えなかったのだろう。皆に自分と同じ青い瞳を与えたのに。彼がそれを渇望するのをわかっていたのに。

 最初から愛していなかったのだろうか。

 ぽつんとつぶやいたそれを、ユーネが拾う。

「ウィス、うるとらまりん、て言った?」

「あ、っ、ええ、ちょっと思い出したことがあって。ウルトラマリンって、そんな色があるのよ」

「知ってル」

 ユーネがうなずく。

「海を越えてきタ色だろ? 結構スキ」

 にっとユーネが微笑み、桟橋をたたっと走る。それから振り返って、彼は言った。

「でも、ウィスも、ウルトラマリンの瞳っぽいんだよナ? 高貴で綺麗で深イ色だ」

「え?」

 唐突に言われて、ウィステリアはきょとんときた。

「うるとらまりん、は、青い色だけじゃない。調合次第で、紫ダったり、赤だったリする。誰にキいたかわすれたケド、おれ、知ってるゾ」

 ふふ、と得意げに笑うユーネだ。

 それを聞いて、ウィステリアは、あの時の奈落のネザアスの言葉の続きを思い出した。


『黒騎士はウルトラマリンの瞳を持っていた。

 黒騎士は青い瞳が多かったのは、もちろん、アマツノが自分の瞳に合わせたからだ。元々、ドレイクが造られた時の色見本はウルトラマリンの顔料の色から参考にした。それの続き。

 ウルトラマリンてやつは、抽出の仕方で緑とか赤とか紫とか、別の色が出る。おれの目の色も、それを参考にして調整したらしいんだ。

 色の出方が違っただけで、元は同じものだったんだよな。

 だから、おれが勝手に落ち込んでただけで、別に落ち込む話でもなかったんだよ。

 おれも、やっぱりアマツノの黒騎士だったんだよ。最初から捨てられていたわけじゃなかった。

 俺の瞳の色も、そもそもは、ウルトラマリン準拠で作られたものだったんだよな』


「ウィス?」

 ユーネが呆然としたウィステリアに近づき、小首を傾げる。心配そうな彼に、ウィステリアは首を振った。

「ううん。なんでもない」

 ユーネの瞳は、海の光を反射して、透明感があって綺麗だ。

「そうね。ユーさんの瞳も、ウルトラマリンの色なんだね。夕暮れの海の色だわ。深くて綺麗」

 そういうと、ユーネは一瞬きょとんとして、それから、嬉しそうに微笑んだ。

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