19.夏の日のさらさら —氷—

『前略。

 そちらは夏真っ盛りですね(多分)。

 葉月の時も送ったけど、かき氷セットを送ります。なんかいい蜜らしいのよ。美味しいよ(多分)!

草々』

 そんな無責任極まりない、かるめの手紙の入った段ボールが届いて、奈落のネザアスは珍しく"お礼"の通信をしていた。

 彼はスワロに通信を管理させており、スワロに向かって話しかける形で応答することが多かったが、今日はちゃんと右耳にはめるタイプのインカムを使っていた。

 どうやら、ノイズ除去と盗聴対策らしい。ネザアスは右目が見えない分、聴覚が良いため、苦手な周波数がある。それを聴くと持病の幻肢痛が誘発されるので、用心しているのだ。

 この場合は、創造主アマツノ・マヒトの協力者でありながら、半ば反旗を翻す形で下野したドクター・オオヤギとの会話中に邪魔が入ることを恐れてのことだった。

「オオヤギ。なんだ、アレ! ふざけんなよ。もっと良いもんあるだろうがよ」

『ええ? めっちゃ良いものでしょ? 君、かき氷大好きじゃない? 甘いのは好きじゃないけど、氷は好きだよね?』

「すすす、好きじゃねえよ! あんな子供のおもちゃみてえな食い物!」

 相手のドクター・オオヤギは、ヒマをしているらしい。ポータルスポットの受け取り用のモニターに映像が送られてきていて、半ばビデオ通話状態だ。

 町医者をしているはずだが、患者が少ないのだろうか。

『その蜜は高い蜜なんだから。スーパーで格安で買ったもんじゃないのよ? 練乳とあんこもあるし、ミルク金時だってできちゃう。冷凍庫あるなら、氷はできるでしょ? あっ、もしや、美味しい天然水がよかった? こだわり屋さんだからなあ。あ、それともそうかっ! かき氷機がないのね? 送る? ペンギンさんのやつならあるよ?』

「ちげえよ! かき氷ばっかり食えるかってーの!」

 ドクター・オオヤギは、ちょっと軽いタイプ。穏やかで優しいが、その分ひょろんとどこか抜けている。その辺が憎めないので、得なタイプではあるのだ。

 そんなドクター・オオヤギは、画面の向こうでは青年の姿をしていた。彼の実年齢は正直わからないし、管理局をカモフラージュするとかいって、初老の男にばけていることもあるぐらいだ。しかし、青年の姿をしていると、明らかに彼は奈落のネザアスと同じ顔の作りをしているのがわかる。雰囲気で初見でわかりづらいが、気づくと本当に似ている。

 そんな二人が並んでいると、性格の違う双子のようにも見えるのだが、二人のやり取りは、とぼけた父親とキレやすい思春期の息子といった風に見えるのだ。

 このやりとりは、フジコがネザアスと出会ってからもう何度もあるわけだが、なんとなく飽きない。

 ネザアスはしょっちゅう、ドクターに対してキレ散らかしているものの、彼も本気で怒っているわけではないのだ。ネザアスはドクター・オオヤギのような性格の人物に弱い。嫌いになれないので、どこか対応が甘い。

『君はでも、ちょっとクールダウンさせるくらいのがイイんだよ? 黒騎士はあんまり熱は強くないんだから。体は丈夫だけど、記憶を司るところはそんなに強くない。負傷して再生する時に高熱出して記憶飛んじゃうことがあるのは、十分理解してるだろうけど、熱中症みたいな状態になった時だって、ガクッと判断力落ちるのよ』

「わかってらい。負傷した時には氷嚢使って頭冷やしてんだから、それくらいわかるっつーの。だけど、女の子が一緒なんだぞ。もっと心ときめくなにか送ってこいよ。気ィつかえって!」

 ムスッとしつつ、ネザアスが文句を言う。

『えー? 心ときめくー? なんか、えるモノが欲しいの?』

 ドクターはにやーと笑う。

『ネザアスも変わったねえ。昔は、映えるアイテムなんて女子供の軟派な遊び。おれみたいな硬派な男は、見かけより中身だぜ! 量は要らねえが、有効性のあるもんもってこい! って言ってたじゃんー! あらまあ、女の子の前だからって、気遣いしちゃう? あらあらまあまあ』

「ううう、るせーなっ! その口、永遠に黙らすぞ!」

 そんな様子を見て、思わず笑ってしまうのは仕方ない。

「ネザアスさん、でも、あたし、かき氷食べたいな。今日暑いし」

「んっ、そ、そうか?」

 会話に割り込むと、ネザアスが急にトーンダウンする。

お嬢レディがいうならしょうがねえなあ。オオヤギのやつ、本当ウィスにまで気を遣わせて……」

『おーや、お優しい〜ねー、ネザアスくん。あらやだ素直なの、かわいい』

「お前、本当に殺す!」

 ネザアスは乱暴に言い捨てる。

 とにかく、かき氷を食べよう。

 はたして、施設を探すと、かき氷機があった。しかし、かなり昔のもので、金属製だ。意匠はなかなか涼しげで綺麗だが、手回しでガリガリと作る必要がある。

『手回し、風情があるねえ』

「なにが風情だよ。暑い中、なんでおれが氷削らにゃならんのだ」

 今日は休診なのか、と思うほど、ドクター・オオヤギは暇そうで、かき氷機を据えて食器を持ってきても、まだ映像付きで通信を続けている。

「氷蜜、種類たくさんあるんだね」

『小分けパックで種類あるやつなんだよ。ウィステリアちゃんは何が良いかなあ?』

「うーん、悩むなあ。抹茶も好きだよ」

「意外と渋いなー。おれは、どれでも大差ねえんだけど。どうせ、味なんざわかんねえんだもん」

 肉体労働担当として、ネザアスがハンドルをまわて氷を削る。

 さらさらの雪みたいな氷が、ぱらぱらと器に落ちてくる。

「綺麗だねー」

 スワロと一緒に覗き込む。それだけで、体感温度が、一、二度下がった感じだ。

「んー、まぁ、涼やかだよなー。シャリシャリするし、舌触りは悪くねえよな」

 味のわからないネザアスには、なによりも感触が大事なのだ。

 ふと、ドクターが羨ましそうに言った。

『君たちをみてたら、僕もかき氷食べたくなったなー。そっち行って良い?』

「はァ? アレでモノ食って、食ったつもりになれるのかよ? あれ、遠隔操作用レプリカだろ?」

『氷なら水だから食べても問題ないじゃん。まあ、本体ほど味覚は鋭くないけどさっ』

 そっちに行っていいか、とは、もちろん、上層アストラルの下町にいるドクター本人がくるわけではない。なんだかパン生地みたいな、万能物質オールマイティ・マテリアルというナノマシンの一種にデータを転送して、アバターのような分身を作り出し、送り込む手法のことを言っているのだ。

 段ボールいっぱいの粘土かパン生地に、データチップを入れると人間の姿になる。それは、いつ見てもシュールなものだった。

「仕事中だろ。サボってねえで、大人しくペンギンの削るやつで自作して食えよ、バーカ」

『ひっどー。ネザアス、なんで僕には塩対応なのさあ』

「お前に優しくする理由ねえからだよ!」

『超ひどい』

 そんなやりとりに、フジコはスワロと顔を合わせて、思わず笑い出す。

 けれど、ドクター・オオヤギの存在は、救いなのだった。

 ネザアスとドレイクの製作に深く携わっている彼は、人間味の感じられない創造主アマツノとは違って優しく温かい。

 人間扱いされないネザアスを、息子のように見守っているのも彼だけだ。

「よーし出来上がったぞー」

 氷に甘いシロップをかけて、練乳をふりかける。銀色のスプーンで、すくって口の中に運ぶ。

 さくさく食べていると、体が冷たくなる。

「あー、くそ、頭痛え!」

 ネザアスが額を抑えて文句を言う。多分、キーンとしてしまったのだ。

『あれー、君もそういうふうになるんだ。黒騎士もかなり温度変化に敏感なんだねえ』

「て、っ、てめえがそう作ったんだろうがよ」

 先に食べていたネザアスが、額を押さえて文句を言う。

 そんなネザアスは、態度と裏腹にリラックスしていて。

(ネザアスさんに、オオヤギ先生が、いてくれてよかった)

 フジコは心底そう思った。



「それでは、まだ白騎士達も尻尾を掴んでいないんですか?」

 ウィステリアが尋ねると、グリシネはわずかに頷いた。

『ええ、島の周囲に確かに反応があるのですが。追跡しても近づくと反応が消えてしまうそうです』

「海の中に潜っているのでしょうか?」

 定例報告。

 イノアとは毎日のように、リモート食事会が行われているが、グリシネとは毎日話すわけではない。あくまで彼女は事務的に、彼女達魔女を管理する。

 今日の話題は、例の囚人の件だ。

 いる、のは、確かだと何度も聞いているが、実態が掴めないらしい。その話を聞いてもう随分になるのだが。

(しかし、本当に、聞いてこないな)

 フォーゼスのことに、グリシネは全く触れてこない。触れてこなさすぎで逆に怖いぐらいだ。

(ここは、イノアに怒られるけど、一度振ってみようかしらね)

 こほん、とウィステリアは、咳払いをする。

「グリシネ。ルーテナント・フォーゼスも、この件を調査しているのですか?」

『そこから最も近い白騎士の基地は、ルーテナント・フォーゼスが隊長をしています。報告書は、彼の見解と見て良いでしょうね』

 冷静沈着。一糸の乱れもない。完璧な返答だ。

(うーん、アテが外れたかな)

 寧ろ、フォーゼスと自分はなんでもないのだと、かえって怪しまれるかもしれない主張をしてみるべきか。しかし、下手に否定すると、フォーゼスに迷惑がかかるといけないし。

『ところで』

 とグリシネから話題を変えてきた。ウィステリアは、慌てて顔を上げる。

「はい」

『貴女は、オオヤギ・リュウイチという方をご存知と聞きました』

「え?」

 と思わず声が漏れる。

 これは珍しいところから、珍しい名前が出たものだ。

「ドクター・オオヤギのことですか? 確かに子供の頃にお会いしたことがあります」

 ドクター・オオヤギは、本来は第一級の科学者だ。

 創造主アマツノとて、この世界を本当に一人で組み上げたわけではない。彼を支えた人物が何人もいて、その功労者の一人が、オオヤギ・リュウイチ。つまり、あのドクター・オオヤギだった。

 彼は元々小児科医なのだといっていたが、彼自身の語るところによると、なんでも、元々実家は小さな町工場かなにかで、機械いじりが好きだったらしい。そんなこともあって彼はサイバネティクス医療を専門としており、その絡みで黒物質ブラック・マテリアルなどの万能物質オールマイティ・マテリアル、さらに言えばナノマシン黒騎士ブラック・ナイトの開発のプロジェクトメンバーの一人になった。

 特に黒物質を精製する黒騎士ブラック・ナイトを安定的に作るための機械装置は、彼の作であるらしく、彼がプロジェクトから離脱してから黒騎士ブラック・ナイトが実質廃盤となり、ロスト・テクノロジーと化したことを考えるとその影響力は多大だったのだろう。

 彼が説得されて製作に関わった黒騎士は、フルタイプ・オーダーメイドの静寂のドレイクと奈落のネザアスの二人。彼は黒騎士ブラック・ナイトの性質について、天才アマツノ・マヒトよりも詳しかったとされており、二人を人間のようにしたのも彼の希望があってのことらしかった。

 しかし、アマツノが徐々に冷酷な人格を示すに至ったこと、とりわけ、そもそも彼は黒騎士の製作にも反対していたのに、先の二人以外の黒騎士が、彼の求めたガイドラインに沿わずに作られたことから、袂を分かったのだという。

 そこまでは、ウィステリアは、奈落のネザアスと、彼本人からうっすら聞いていた。

 あの穏やかで優しく我慢強いオオヤギが、いよいよ我慢できなくなったというのだから、よほどのことであったのは確かだろう。

 そして、彼は上層部からマークされながら、上層アストラルの都市の町外れ、下町の町医者になった。そうしながらも、彼だけは残された黒騎士のケアを怠らなかった。

 本当は、勝手に自分のデータを使って開発が始められたネザアスやドレイクに、そんなに関わる義理はなかったはずだ。しかし、彼は生みの親の一人としての責任を感じていたし、愛情もあったのだろう。

 そんなオオヤギ・リュウイチは、ネザアスが発狂したあたりで消息が途絶えてしまった。行方はようとして知れず、ウィステリアがコッソリ調べた情報でも、管理局ですら行方を掴んでいない様子だった。暗殺されたのかもとの噂すらある。

 そんなオオヤギは、当然に一般には伏せられた功労者だった。機密情報を扱うとはいえ、グリシネがなぜ彼の名前を出したのだろう。

 どこで彼を知ったのだ? そして何故?

「しかし、その後、連絡がつかなくなってしまって。グリシネは、彼の連絡先をご存知ですか?」

『いえ、私にもわかりません。貴女なら、或いはと思ったのですが』

 グリシネは、微かに落胆の色を顔にのぞかせる。冷徹で表情の変わらない氷の女、グリシネが、こんな反応を見せるのは珍しい。

「グリシネは、どうして彼を探しているのですか?」

 この質問は或いは答えてもらえないと思ったが、突っ込んでみた。

「あの方は、本来は優秀な科学者です。中央が彼を消したがっているとは、本人からよく聞きました。しかし、表舞台から姿を消した彼を、まだなぜ探すのです?」

『それは』

 とグリシネは、ほんの少しためらってから口を開く。

『私の個人的事情です』

「個人的な事情?」

『あの方が、黒騎士の研究者であったときいたからです。もし、黒物質ブラック・マテリアル、とりわけ黒騎士ブラック・ナイトの見解について聞きたいことがありました』

 グリシネは、なぜかそれを素直に話す。

「そんなことを、どうして?」

『あくまで個人的な興味です』

 そう言いながら、グリシネは俯く。動揺している気配があった。

『個人的に知りたかっただけのことです。業務外のことを失礼しました』

「いえ」

 それ以上は聞けない。グリシネはいつもの氷の女に戻っていた。

 ほどなく用件を伝えて、グリシネはあっさり通信を終了した。


(あれは一体何だったんだろう)

 氷のようなグリシネが、なぜあんなことを聞いたのだ。しかも、ドクター・オオヤギのことを。

 彼女が触れないフォーゼスのことと関係するのだろうか。そういえば、フォーゼスもまた、黒騎士ブラック・ナイトを体に抱く特別な白騎士。まんざら、無関係とも言い難い。

「ウィスー」

 リビングで考え込んでいると、倉庫でジャックと"探索"していたユーネの声が聞こえた。

今日も彼は人の姿をしているが、気まぐれにどちらも使い分けている。

 探索するときは、少なからず人の姿が楽らしい。

「これ、見つけたゾ!」

 左手に抱えて持ってきたのは、かき氷機だ。何故かペンギンを模している。マヌケな顔のペンギンが、なんともゆるく、シュールな味わいがある。

「な、ウィス。これみつけたから、かきごーり、しよ!」

 ユーネは、それを何に使うのか理解している。

「かき氷、そういえば、ユーさんと食べたことなかったわね」

 ユーネは、常識の範疇でも知らないことは全く知らないが、極端に詳しいこともある。きっと彼の元の記憶が関係しているのだろう。かき氷も、元の記憶なのだろう。

「かきごーりはあまいんだろ? 冷たくて気持ちいいやツ」

 ジャックと戯れつつ、ユーネが楽しそうに言う。

「あ、でも、頭キーンてするンだよな」

「ふふ、よく知ってるわね」

 ウィステリアは、笑って返事をした。

 考えることは多いが、ユーネの顔を見ると、いつもほっとした。ささくれだった気持ちがとけるように柔らかくなる。

 そして、ユーネの正体がなんであれ、彼を守ってあげようとウィステリアは思ってしまう。

「おれ、結構、かき氷すきだゾ。昔、戦闘後に熱出るカラって、だれカ作ってくれてタ。よく食べてタの覚えてル」

 ユーネが屈託なく笑っていう。

「一仕事のあとノ、しゃくしゃくしてうまいんだナー」

「そうなんだ。それじゃあ、早速やってみましょうか。シロップあるかな? 探してみるわね」

「おれも手伝うー!」

 キッチンに向かうウィステリアを追いかけつつ、ふとユーネは立ち止まる。

「そういえば、かきごーり、アイツも好きかな」

 ぽつりと呟き、うーんと考える。ジャックがどうしたの? と言わんばかりにまとわりつく。それに、ユーネは頷いた。

「ちょーどいい。アイツ、見に行かないと飢え死にしてルとヤだし。差し入れ持っていってヤロ。ジャック、鳥と違って、アイツの餌付けタイヘンなんだ。アイツ、お前よりボンヤリしてる」

 ロクでもないことをいいながら、ユーネはかき氷機を持ってウィステリアの後を追いかける。

 氷を食べると、きっと涼しく懐かしい気持ちになる。それは明らかな事だ。

 きっと、小屋で餌付けされているあの彼だって。

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