15.ビターミストの立ち上る —なみなみ—

 誰かの荒い呼吸が聞こえる。

 目の前には何の変哲もないコップ。誰かがそこに水を注ぐ。

 なみなみとみたされたコップ。

 ぱきんと割られるなにか。それから液体が落とされて、軽くまぜられる。

 かんからからから。

 うっすら紫色に染まる水。


 男の声が聞こえた。聞き覚えがある。


 おちつけ。

 おちついて、深呼吸しろ。そうだ。

 ゆっくり空気吸え。それから息を少し止めて、ゆっくり吐け。

 くりかえせ。


 よし、落ち着いたな。

 じゃあ、これを少しずつ飲むんだ。

 怖がらなくていい。おれたちには、おれたちなりの回復法ってやつがあるんだ。

 だから安心しろ。ゆっくり飲め。

 

 どこからともなく、うすく煙が立ち上っている。

 

 これは誰の夢だろう?

 ふと気がつくと、夢から目が覚めていた。



 何の変哲もないコップに水が注がれる。

「よーし、お嬢様、見てろよー」

 なみなみ、なみなみ。

 ペットボトルの水がひたすら注がれる。

 ひたひたになるまで注いだところで、奈落のネザアスは手を止めた。

 何をしているのかというと、まあ、ちょっとした暇つぶしなのだ。

「ふふーん、ちようど盛り上がるとこで止めたぞー」

 ネザアスは、どこからかスワロに拾わせてきたクリップの入ったビニール袋を持って、ぺしぺし膝を叩いてみる。

 畳の部屋。いつもの着物を着流しにして、ネザアスはあぐらをかいてクリップをひとつ静かに沈める。水は、こぼれない。

「表面張力ってやつ。これを交代でどこまでやれるかって遊びだな。逆にギリギリまで水注ぐのも面白いんだよなー。なんか賭けをしたりしてな。結構、おれ、こういうの強いんだぞー。ハッタリかまして昔は餓鬼どもよく泣かしたなー」

 なにかと大人気ないネザアスだ。

お嬢レディにはそんな手荒なことしねえから、クリップどれだけ入るか試して遊んでくれよ」

「こういう実験したなあ」

 本当にただの暇つぶしだけれど、ネザアスの言う通り、複数人でやると楽しいのかも。スワロとクリップを交互にそろそろ入れていると、ネザアスが別のコップに水を注ぎ始めた。

 自分も遊ぶのかと思っていたが、いきなり、懐からペンみたいな大きさのカートリッジを取り出す。

 フジコの前では滅多に吸わないが、実はネザアスは喫煙者らしく、電子煙管をくわえているのを見たことがある。で、そのカートリッジだ。

 が、ネザアスはそれをパキンと折ると、中身の液体をコップの水に流し入れる。何やら紫色な液体が入っていて、くるくるっとカートリッジで混ぜてしまう。で、そのまま口にしようとするので、フジコが慌てて止めた。

「そ、そ、そんなもの、飲んじゃダメだよ、ネザアスさん?」

「え?」

 急に止められてネザアスが、きょとんとする。

「それ、煙草かなにかでしょ! いくら、黒騎士でもダメだよ!」

「ぉ、おお、いや、そのこれは」

 ネザアスはちょっと困り気味になる。

「これは煙草じゃねえよ? その、サプリメントみたいなもんなんだ。吸引型の」

「吸引型サプリメント?」

「おれは、ほら黒騎士だから。前も言ったが、黒物質ブラック・マテリアル製の人間はそれはそれで必要な栄養素っつーのがあってな。それを手軽に補給できるのがコレ。ま、別に飲んでもいいんだけど、水蒸気にのせて吸い込む方が戦闘中楽だし、おれたちの体質には合うらしいから、オオヤギがくれた」

「あ、じゃあ、たまに吸っているのは、煙草じゃないんだ」

「だって、おれ、黒騎士だぞ? 効くように設定されてねえ嗜好性の高い薬物とか毒物とか、だいたい効かねえよ。だから、酒はともかく煙草は全く効果ねえよ」

 設定されていると効果はあるということだ。例えば、彼の場合アルコールはてきめんに効く。といっても、酔いが解消するのも早いらしいから、効いたような反応が起こるだけという感じらしい。

「餓鬼じゃあるまいし、煙草なんざあ吸ってられねえよ」

「それじゃあ、それは普段のはサプリメントなの?」

「んー、あとは、まあ、薬の類とか。おれ、幻肢痛持ちだし。錠剤の他に吸入タイプも使うな」

 と、ネザアスは説明しつつ、その怪しげな水を口にしようとする。

「で、でも、それはやっぱりやめた方がいいよ、ネザアスさん。それならまだ普通に吸っている方が。味も変じゃないの?」

「味は、だって、おれは、そこまで味覚鋭くねえからな。ちょっと苦い? くらい? ま、そりゃ、吸う方がうまいけど、フレーバーついてるから、なんとなくいい感じだぞ」

 そうだった。奈落のネザアスは、味覚が非常に鈍く造られているのだ。

「それに、ウィスの前で、煙草っぽいもの吸うの良くねえからよー。だったら溶かして飲もうって。昔な、煙草吸ってると、餓鬼の案内させねえってクレーム来やがって。煙が体に悪いだの、教育に悪いとかなんとかさー。おれのは煙草じゃねーのに」

 ぶつぶつとネザアスは不満を述べる。

「それじゃ餓鬼の前では、それっぽいもんは吸わねえように、って決まってな。だから、おれ、お前の前でもあんまり吸ってないんだぜ」

 その心がけはなんだか立派な気もするが、だからと言ってカートリッジの水割りだけはやめてほしい。

「煙草じゃないなら吸ってもいいよ。本当の煙草のにおいは苦手だけど、仕草は嫌いじゃないから」

「そうか?」

「うん。それに、それって、フレーバー、って香りついてるの?」

「おう。基本的になんかのフレーバーはついてるから、結構いい匂いするぞ。おれは味覚はイマイチだが、香りはわかるからまあまあ気分転換にはなる。あ、でも、こうやって水に溶かしても、結構いけるんだぜ。まったりしてちよっと酒っぽいというか。なお、酒と割るとさらにいい感じで、カートリッジ・カクテルって呼んでる」

「だめだよ。そんな変なの!」

 フジコが強めにいう。

「とにかく、そんな変な水飲むのはだめ!」

「わ、わかったわかった」

 ネザアスは根負けしてコップを床に置く。

「それじゃあ、お嬢様の好意に甘えるぜ。これからはこれはやめとくな」

「そんなもの飲んじゃうなら、それにもクリップ沈めて妨害するからね」

 ぴー、とスワロが同意する。

「手厳しいなあ」

 ネザアスは苦笑するが、どうやら、スワロも、前々からやめろと思っていたようだ。カートリッジの水割りとか、見た目にも厳しい。

 その後は、結局、電子煙管をくわえてなにやらふかしていた。

 フジコは、本来、煙草も、煙草を吸うひともあまり好きではなかったが、ふーっと煙を吐く奈落のネザアスは、妙に絵になっていて、色気があって格好良かったのを覚えている。



『それでは、作戦はうまくいっているのですね』

 最近やたらと通話回数の多い、文月の魔女、イノアことフヅキ・イグノーアは、画面で上機嫌だった。

「ええ。イノアとフォーゼスさんのおかげだわ。グリシネからも追及されていないし、他の白騎士も疑っていないみたい」

『それは良かったですね。ふふふ、私の思った通りです』

 そんならイノアがこのごろ頻繁にこうして通信してくるのは、正直、ユーネの様子を見たいから、という理由が大きい。

 奈落のネザアスが初恋の相手であったイノアは、やはりネザアスによく似たユーネが好きだ。人でも不定形でも、どちらも好きらしい。

 それにこの頃は。

「あ。イノア、おハよう」

 朝の灯台の儀式を済ませた後。

 ユーネは眠そうだが起きている。最近は、人の姿でいることが、気のせいか増えている。そういうときは、相変わらず、フード付きのパーカーを着ていることの多い彼だが。

「イノア、今日は朝ごはん、ちゃんと食べテる? ごはん、食べナイのは、ダメてきいたぞ。おレもウィスに怒られるから食べる」

「ふふ。私もユーネに叱られるので、ちゃんと朝ごはん食べますよ」

 イノアは、通話しながらシリアルを食べている。ユーネは最近は、黒物質用サプリメントをあまり使わず、普通の人間の食事をする方が多かった。

 最近は食事にイノアもリモート参加することが多い。

 特に朝と夜。

 夜型で朝食を抜きがちな、不健康なイノアのことをウィステリアは内心心配していたが、これなら安心だ。家族というか、妹分が増えたみたいで良い。

 ウィステリアは、この賑やかな食事の時間が結構気に入っている。

「おレは、きょーは、パンと珈琲。ノワルも最近、ぱん、食べてる」

 ユーネはそういいながら、イノアに水槽の擬似金魚、ノワルを見せてあげていたが、その声がなめらかだ。

『ユーネ、珈琲にはお砂糖を入れるのも美味しいですよ? 試して見てはどうですか?』

「さとう? あまいやつナ! イノアが言うなら試してミル!」

(本当に、急に声の歪みが減ったんだよね)

 うーむ、とウィステリアは唸る。

 不可思議な響きのする掠れて歪んだ声で話していたユーネだが、今も不安定に声はつぶれがちだが、ハスキーボイスという程度になってきていた。

 あの日。

 黒騎士ドレイクと出会った時、帰宅してからユーネの喉に傷があったのをウィステリアは覚えている。ユーネは、なんでもないから、すぐ治るから、といって詳細は話さなかったのだ。事実、その傷はすぐに治ってしまって、傷跡もわからないけれども。

(ドレイクさんと、ユーさんに、何があったんだろう?)

 わかるのは、危険な気配を漂わせつつもドレイクが、結局彼に危害を加えず立ち去ったらしい、ということである。

(あのひとはどうしてこの島に?)

 ドレイクは、視力を失っているようで、機械仕掛けの蝶に導かれて動いているようにみえた。そんな彼が、この灯台の島のような隔離された場所に、一人でやってくるのは大変なことだったはずだ。何か目的がなければ来ないはずなのだが。

『ユーネ、それは塩では?』

「え?」

イノアの声で、ウィステリアはユーネの方を見た。

「しお?」

 見ればユーネは珈琲に白いものを入れている。もともと珈琲もたくさん入れてあったので、カップになみなみに注がれたそれは、表面張力とかいうやつでどうにか溢れずに済んでいる。

「ああ、さとうと間違えタ」

 といって、ユーネはそれをそのまま口にする。

「珈琲、良イ香りだよなー」

「ユ、ユーさん? そんなの飲んで、大丈夫なの?」

 平気そうなユーネに、ウィステリアは慌てて尋ねる。

「え? なんで?」

「なんで? って、塩、たくさん入れたよね?」

「しお? ダメか? さとういれたのと、あんまり変わらなイぞ。しいていうナラ、ちょっと苦い?」

 とユーネは小首を傾げる。

『ウィステリア。前から思っていたのですが。もしかして、ユーネは味覚が少し変なのでは?』

 イノアが悩ましそうに尋ねてきた。

「そうね。あたしも前から気になっていたのよね。ユーさん、味の表現しないのよ」

 あまい、からい、しおからい。が彼にはない。

 強いて言うなら、苦みはわかるらしいものの、それくらい。

 物を食べた時も、おいしい、まずい、はない。まろやか、なめらか、ぱりぱり。

 ユーネは舌触りや香りの話しかしない。

「ネザアスさんもそんな感じだったけど、強化兵士のひとって、そういうものなのかなあ」

 当のユーネは、何が悪いのかわからない、と不安そうな顔でコーヒーカップを眺めている。なんだか、居心地が悪そうだった。



「味覚の変化ですか?」

 定期的に様子を見にくるようになった、ルーテナント・フォーゼスが、話を聞いてふむと唸る。ユーネやネザアスとよく似ているものの、彼の方が神経質そうに見える表情だ。

「ええ、ユーさん。砂糖と塩の区別がほとんどつかないみたいなんです。フォーゼスさんは、そういうことがありましたか?」

「そうですね、私はそういうことはあまりなかったですが」

「ネザアスさんがそうだったから、その影響かなって、イノアと話していたんです」

 二人が話している間、ユーネはやはり不機嫌だ。フォーゼスと同じ姿が嫌ということで、不定形のひらっとした姿になって、その辺で、瓶に入れたノワルやジャックと遊んでいる。

 が、ここから立ち去らないのは、彼とてやきもちを焼いているからであり、二人を目の届くところにはとどめている。

「それに、最近、ちょっと元気がないような。いえ、明るく振る舞っているんですが、一人になるとなんだか落ち込んでいるみたいに見えるんです」

 ウィステリアがそんなふうに打ち明ける。

「気のせいだといいんですが」

「なるほど。味覚……。ああ、もしかしたら」

 ふむ、とフォーゼスは顎を撫でやり、それからなにを考えたのか、ウィステリアに言った。

「私が彼と話してみましょうか。すこし、心当たりがあるんです」

 ウィステリアは、おもわずきょとんとする。


 ウィステリアとフォーゼスの話が終わってしばらく。

 ユーネは、庭の木陰で再び人の姿に戻っていた。まだ右側はまだらに黒いものの、近頃の彼は、確かに前より更に人間らしくなってきている。

「つまんなイ」

 そばにはノワルを入れた瓶がある。ぼそっと呟くのは、ノワルに話をしているかららしい。近頃、ノワルをつれてくる時は、その瓶にうつしている。

「ウィス、あいつ来ると楽しそう。おれがいるのニ、なんでだろノワルもそー思うよなー」

 むーっと不機嫌なユーネだが、深くため息をつく。

「おれ、ニンゲンちがうからカナ」

 ユーネは膝を抱えてうなだれる。

「ニンゲン、なれたら、ウィスもイノアも喜ブと思ったノニ。声も少しキレーなったし。でも、おレ、うまくニンゲンできてないみたい。ごはん、食べてモ、あたたかい、だけしかわかんない。なんでカな。ニンゲン、難しい」

 ノワルが慰めるように、水面にやってくる。

「ノワル、水槽の外出られたラいいのにな」

 ぽつんと呟く。答えるようにノワルはすいーっと浮かび、うすくなみのたつ水面で彼の指をつついた。

「おれ、昔、ちゃんとニンゲンだったカわからない。だから、どうしたらイイかな。でもな、もう前みたいニハ、戻れナイし、ごはん、食べてもナニもわかンないし」

 ユーネはそういうと、ため息をついた。

 見上げると、木漏れ日がきらきらしていた。

「こんなに世界はキラキラなのに。なんか、つまんない。ダルい」

「ユーネ君」

 と声が聞こえて、ユーネはちょっと不機嫌に顔を上げた。気配に聡いユーネは、近づいてくる人影には気づいていたのだ。

 そこには、白い夏用の、白騎士の制定軍服に身を包んだフォーゼスが立っている。

 ぷいっと顔を背けるユーネ。この辺りはわかりやすい。フォーゼスは別に気にしたふうもなく、胸ポケットから電子煙草のようなものを取り出した。

「ここで一服いいかな?」

 ユーネは、拒否はしないがそっぽを向く。

「人前では少し遠慮しているんだ。これ、白騎士用じゃないんでな。隠れて吸っている」

 そう言って、フォーゼスは少し離れたところに腰を下ろして、それをくわえる。カートリッジ式らしく、特徴的な香りなどはしなかったが、水蒸気の煙を口から吐いている。

「それ吸うやつ、ウィス好き違うゆってた。イノアも、そーゆーの悪い男多いっテ」

 ユーネがじっとり睨んでそういうが、フォーゼスは平気だ。

「奇遇だなあ。おれもそう思う」

 と、フォーゼスは少しくだけた口調になっていた。

「これは正確には煙草ではないが、おれも昔は嫌いだったな。煙草を吸う男は特に。似たような所作で吸入しないといけない、これも好きではなかった」

「嫌いなのニ、なんで吸う?」

「それは、おれにもわからない」

「わからナイ? なんで?」

 フォーゼスは少し目を伏せた。

「これは、この姿になってから、無性に好きになったものだからな。だから、もしかしたら、元のあのひとがコレが好きだったのではないかと、思う」

「あのひと?」

「ああ」

 フォーゼスは煙を吐きつつ言った。

「おれは本当は甘いものが好きなのに、これだけはビターな味わいのものが好きなんだ。これは本来は黒騎士用のサプリメントらしいんだが、今は獄卒用に流用されている。が、獄卒は下級の黒物質投与の強化兵士だ。そんなものを白騎士が使うこと自体好まれないから、隠れて吸っている。でも、不思議と調子が良くなるんだな。気持ちが落ち着くし、疲れも取れる」

「ナンデ?」

「おれが純粋な白騎士ではないからだろうな」

 フォーゼスはそう言った。

「昔、あのひとに聞いたことがある。黒物質の体を保つには、それなりの栄養素が必要なんだと。それは人と同じ食事だけでは補えないんだそうだ。君もあのひとの黒騎士ブラック・ナイトを持つなら、もしかして……と思って」 

 すっとフォーゼスは、新品の箱ごとユーネに差し出す。

「一セットあるから、これは君にやる。この間の切手の礼だ」

「これ、オれも吸う?」

 ユーネは、少しためらう。

「無理して普通のひとの食事に合わせていたんだろう? 多分、おれたちはそれだけではダメなんだ。すこし普通の人間とはズレがあるからな」

 ユーネは目を瞬かせ、それを箱ごと受け取る。見よう見まねで本体を取り出し、カートリッジをはめ、スイッチを入れて、そっとくわえてみる。

 何故か慣れたような手つきで、すっと一息吸ってから煙を吐く。初めてのはずが、けして、咳き込んだりすることもない。

「これ」

 ユーネはぽつりと言った。

「エネルギーと同じ感じすル」

 エネルギーというのは、彼がかつて摂取していた泥の獣がコアに溜め込むものだ。それが彼らにとっての動力源だった。いまでは、サプリメントで代用していたが、このところ、人の生活に合わせようとユーネはそれをあまりとらないようにしていた。

「フォーゼス」

 不意にユーネが名を呼んだ。

 フォーゼスがきょとんとすると、ユーネが小声で言った。

「これ、確かにうまい。でも、ウィスはこういうノ、多分嫌い。ウィスには、おれ、これ吸ってたこと秘密ニしろ」

 いきなり何を言うのかと思えば。

 フォーゼスはちょっと笑いつつ、

「ああ。構わない。おれもこっそり吸っているからな」

「絶対、教えタラだめだ。男の約束だゾ」

 そんなユーネに、ふふ、とフォーゼスが笑う。

「そうか男の約束、か」

 煙に透けて、なにかを彼は思い出しているようだった。



 ほら、お前も、これ飲んどけ。


 と、声が聞こえて、目の前に出されるのは、やはりふちから盛り上がるほど液体の入ったコップ。


 これ? こんななみなみにすんなって? 

 しょうがねえだろ。餓鬼にはおれの専用のはキツいから、水を多めに注いだんだ。これは、おれの補給用サプリメントだからな。甘口のにしたんだぜ? カートリッジの水割りってやつだよ。ふふん、おれのお気に入りだぞ。


 激しい戦闘後のこと。泥だらけの彼は急速に体力を回復させるのに、吸入式のエネルギーチャージを使っている。


 お前は、ゼス計画の子供だろ? だったら、おそらく、黒騎士ブラック・ナイトが組み込まれている。まだ覚醒に至っていないが、影響はする。だからな、普通のメシとか、白騎士用のサプリメントじゃ足りてねえ。敵に襲われて発作的に調子が悪くなったのはそういうことだ。

 残念だが、黒騎士を組み込まれたやつは、ちょっと体質が変わるのさ。

 え、おれみたいに煙で摂りたい?

 馬鹿野郎。これは餓鬼はだめなんだ。煙草じゃねえけど、管理局のクソどもがキレるし、第一まだ十年は早い。

 だから、普段、餓鬼の前じゃ吸わねえんだよ。馬鹿なお前みたいな奴が、勝手に憧れるからな。

 ただ、お前が大人になったら、おれみたいにかっこよくふかしていいぞ。あと、おれのは普通にビターだぜ? 餓鬼には荷が重い大人の味だ。

 まあ、さ。おれみたいにかっこよくなりたかったら、まずはちゃんと無事に生き延びて、大人になれ。

 上の世界はここと違ってキラキラだ。大人になって損はねえよ。


 いいな。フォーゼス。これは男の約束だぞ。

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