12.お裾分け通信 —すいか—

 文月のエリアにも、一応補給のできるポータルスポットがあった。ポータルスポットとは、上層アストラルと繋がっていて、物資のやり取りのできるダクトがある場所だ。

 といっても、持ち場を離れた奈落のネザアスには、支給はほとんどない。もっとも、彼の持ち場の霜月エリアにいたとて、その補給品は最低限だったらしいから、彼自身は不自由に感じていないようだった。

 彼もフジコも、中央管理局からはほとんど見捨てられている。

 それでも、ポータルスポットは重要な補給源だ。ネザアスにも、協力者はいるのだ。

 どん、とダクトから段ボールが落ちてくる。

「相変わらず乱暴だなァ、これ。中身大丈夫かよ?」

 ネザアスがパネルを操作しつつ、ぼやいてみる。

「何か頼んだの?」

「いやー、オオヤギがなー。なんだっけ、お中元? お中元にしちゃ早いか」

 オオヤギというのは、町医者、ドクター・オオヤギのことだ。オオヤギ・リュウイチという名前らしく、元はネザアス達、黒騎士の製造に携わっていた技術者の一人らしい。

 しかも、ネザアスの身体モデルは、彼自身で、性格の違いから別人に見えるが顔の作りなどはそっくりだった。そのせいか、ドクターは、彼のことを子供のように思っているらしく、今でもなにかと世話を焼いている。

 そんなドクター・オオヤギは、時おり、彼等を気遣ってなにか送ってくれるのだった。仕送りみたいなものである。

 いそいそ段ボールを開けてみると、緑の大きな丸いものが入っていた。

「なんだこれ、すいかかー」

 大玉のすいかが、三つどーんと箱の中に座っている。

「あー、オオヤギのやつ、バカじゃね? 女の子連れてんのに、こんなスイカ三つも食わねえっつーの。移動する時どうすんだよ」

「あはは、でも、まあ、夏といえばスイカだし。ジュースとかにもできるし。ドクターさんは、この宿舎、居心地良いからのんびりして行けってことなんじゃないかな?」

 慌ててフジコが取りなす。

「葉月の時もスイカとメロンばっかりだったのによー」

 ネザアスは、そんなふうにぼやいてはいるものの、彼はドクター・オオヤギのことは割と好きらしく、文句は言うものの本気で怒ることはない。

 どのみち、この宿舎にはしばらくいるつもりだ。二つは冷蔵庫に入れ、もう一つは冷水で冷やしてから食べることにした。キンキンに冷やすと多分美味しい。

「でも、おれ、少食なんだよな。スイカとかそんな食えねえよ」

 これは本当にそうで、ネザアスは味覚が鈍いだけではなく、少食でもある。肉体の維持に必要な専用のサプリメントが支給されていて、それを補給すれば別に食べなくてもいいらしい。それがゆえか、彼は背が高い割にフジコと食べる量が変わらない。

「うーん、そうだなあ。あ、すいかといえば、すいか割りとか? ネザアスさん、心眼とか好きじゃないの?」

「おいおい、心眼の話をおれにするか? 一応達人級のおれを捕まえてそれはないぜ、ウィス」

 ふっ、とネザアスが鼻で笑う。

「すいか割りとか百発百中に決まってんだろ? あまりにもつまらねえから、盛り上がらねえよ」

「あー、そうかあ。ネザアスさんは、目をつぶってても、相手の動きがわかるんだもんね」

「おうよ。まー、それくらいやれなきゃなー」

 ネザアスがわかりやすくドヤ顔をする。これで、ネザアスは褒められるのが好きなのだ。

「あー、でも、あたしならすいか割りも楽しめるよ? わかんないもん」

「あ、そうか。お嬢レディはそうだな。それなら、楽しいかもな!」

「でも、果肉が飛び散るのは、あんまり好きじゃないかなあ。とりあえず、一つ目は今日普通に食べよう」

 どこからか、風鈴の音がする。流れる冷たい水にすいかを浸けていたのをひきあげる。

 この宿泊施設は、長閑で綺麗で、ほんのすこし懐かしくて気分がいい。

 よく冷えたすいかをちょっと歪な三角錐みたいに切り分けて、お皿にのせて出す。味覚の鈍いネザアスには、ちょっとお塩をすすめてみる。

 文句を言いながらも、縁側ですいかを食べるネザアスは、楽しそうだった。



 灯台守の宿舎、ウィステリアの家の裏手の一角。そこは、花壇と家庭菜園になっている。

 ウィステリアが来るまでは、ヤヨイ・マルチアにより手入れされていたようだが、彼女がいなくなってから荒れた状態だった。

 ウィステリアは園芸は素人で、それほど興味もなかったものの、なにせこの島でやることがないのと、ペットのジャックの訓練のために家庭菜園の整備をすることにしていた。

ジャックはその命令を忠実にこなしていて、今ではウィステリアが畑に出てこない日でもせっせと作業している。

「ジャック、作業、ススんでル?」

 蛇のようなジャックがふと頭をもたげると、そこには一つ目の黒いもの。

「おレも、ナワバリみてキタぞ。異常なかっタ!」

 不定形な一つ目の泥の獣のユーネは、このごろ、明け方と昼ごはんの後のパトロールに余念がない。

 白騎士の部隊がうろうろしているのも気がかりだが、白騎士も警戒しているという活発な囚人の動向も気になっているのだ。

 彼にはご贔屓の歌姫、いまだに彼は彼女のことを人魚なのだというけれど、とにかく、ウィステリアを守るためという大義があるのだが、それはそれとして、獣の常として縄張りが荒らされるのは、普通に腹が立つらしい。それに元々、彼は獣同士のことについては好戦的なのだった。

 それでも、まだ、ウィステリアの歌声のせいや、あの灯台の魔物を寄せない炎のせいか、島の周辺は比較的平和だった。今日もつつがなくパトロールを終えたらしい。

「お、ジャック。こレ、すいカ?」

 ジャックが収穫したてのすいかを、籠に入れている。

「たくさん取れタな。えらイえらイ」

 ユーネはその一つを頭に乗せつつ、ジャックの頭を撫でてやる。ジャックにとっては、同じ黒物質ブラック・マテリアル製のモノとしては、ユーネは相当格上だ。そのせいか、ボスとして慕っている気配もあり、普通に懐いていた。

 と、ジャックは、ユーネが何やらリュックのようなものを引っ掛けているのに気づいたようだ。

「こレ? ニンゲンなっタら、ソトで裸だと困るだロ? 服モってキてる」

 ユーネは、あれから人の姿でいることもかなり多い。が、海の周辺へのパトロールを行う際は、水中での動きが制限されるのでこの姿になっていた。

「あのキにいらンやつら、見られるト、ウィスも困るイウし。でもナー、あノキザなやツ、たまに連絡クルとウィスが嬉しそウで腹立ツ」

 むむー、とユーネが不機嫌になる。

「絶対オススメしないノニ」

 と、気持ちを切り替えて、スイカを頭に乗せて、ユーネは大きな一つの目を瞬かせる。

「ジャ、これ、ウィスに持ってク。しゃわー浴びテ、ぱーかー、着替えヨ。ウィス、何故か、おレ、ニンゲンのが、嬉しイぽいし、ソッチする。ホント、ウィス、変だナ。にんそー良クないノニなー」

 相変わらず、ユーネはなるべくなら顔を隠す服が好きらしい。するるーと彼は家の方に向かっていった。




『すいかのお裾分け、ありがとうございました』

 画面では三つ編みおさげの文月の魔女、フヅキ・イグノーアが映っている。

 イノアとの通信は、グリシネとの通信ほど気を遣わない。ウィステリアはリビングで話をしていた。

「ええ。そこじゃ、新鮮な果物ないかなって。ちょうど家庭菜園があって、あたしは園芸は詳しくないけど、ジャックの訓練に使っててね。最近は、慣れてきてて色々収穫できるの。とうもろこしもできたら送るわね」

 旧世界情報資料館に派遣されたイグノーアことイノアも、ウィステリアと同じく、外界との遮断がなされている。彼女は監視役のグリシネなどの目を盗んで、こっそり通販もしているのだが、それはそれとして不便も多いし、季節感がない。そこで、この間とれたすいかを送ってあげたのだ。

『まあ、それはそれでありがたいんですけどね。あの、なんか、妙な通販の仲介を私に頼んできましたよね? グリシネに秘密の品物買う時の!』

 イノアが、話を変えて、伊達眼鏡の奥でぐっと目を細める。

『男性サイズの、パーカーとか。夏用のフード付きのシャツとか。しかも、ねこだのうさぎだのの耳がついていたり、かわいいワッペンがあったり』

「あっ、ああ、あれは、ね」

 正直に言うと、誘惑に負けた。

 ユーネはフード付きの衣服を欲しがる。倉庫にある彼にあう上の服も少ないし、と、ユーネに見せて服を選ばせたのだが、なぜか可愛い服を選んだのだ。で、ウィステリアも、正直、彼に可愛い感じの服を着せたい気持ちがある。

「いや、それはね。説明するつもりだったんだけど」

『というか、私が連絡したのも、すいかのお礼もありますが、この話もしたかったんですよね』

 イノアが剣呑な雰囲気になる。

『ウィステリア、貴女、フォーゼス隊長と変な噂があるらしいじゃないですか』

「ああー、イノア、どこから聞いたの、それ」

『部下の白騎士の通信を傍受しましたので』

 と、イノアは涼しげだが、何か苛立っている。

『ウィステリア。だから、そんな島で、脇が甘いとダメだと私があれほど』

「ま、待って。それ、ね。あの、この会話ってグリシネは聞いてないのよね」

『当たり前です! こんな会話、あの人に聞かれてるならまずしません! ウィステリア、事情を説明してもらいます!』

「あ、あのね、イノア、実はそれも含めて、ちょっと相談したいことが……あって」

 と、ウィステリアが言いかけた時、

「ウィスー!」

 と、ユーネの声がした。

 見ればお気に入りの猫耳のついたパーカーを着たユーネが、スイカを手にして笑顔でリビングに入ってきていた。

「あ、ユ、ユーさん!」

「ウィス、ジャック、すいか、収穫シタて! 冷やしてアトで食べよーナ! あれ?」

 人間の姿のユーネが、目を瞬かせる。ウィステリアの目の前のモニターに写る少女が、驚きの表情で固まっていた。

「わわ、わー!」

 流石にユーネも通信中だとわかる。驚いて慌てたせいか、一気に黒い不定形の姿に戻る。どろんと溶けたような感じだが、服を巻き込んで、一つ目の姿のまま、身動きできなくなり、じたばたしていた。とりあえず慌ててテーブルの下に隠れてしまう。

「あああ、ユーさん、だ、大丈夫。この子は、グリシネと違って大丈夫な子なの。お、落ち着いて。大丈夫だからねー」

 慌てて呼びかけるウィステリアを見やりつつ、しばらく、画面のイノアは呆然としたままだった。



『事情はわかりました』

 はー、とため息をつき、頭を抱えつつ、イノアがつぶやく。

『その大きな一つ目の黒物質の塊、泥の獣が、ユーネ。で、最近、ふとした拍子に人間の姿を取るようになったと』

 なんとか落ち着き、人の姿に戻ったユーネは、机に顔半分を隠してモニターを上目遣いに眺めている。

『で、彼を見た白騎士達が、貴女とフォーゼス隊長の関係を誤解したと、こう言うことですね』

「そっ、そうなの。ユーさんの正体は、わからないんだけど、削れた製造番号があるから多分白騎士だったんじゃないかなーって思っていてね。それで、その、保護してる、というか。あ、この姿になったのは、ネザアスさんの血文字のメモを取り込んじゃってからで、彼の影響があるのかなって」

『まあ確かに、その姿はネザアスですよね』

 ウィステリアがそう説明すると、イノアが腕組みをした。

『ウィステリア』

「ええ」

 ウィステリアが呑気に返事をすると、イノアはがっと画面に近づいてきた。

『もう、貴女は、なんでそんなにまったりしてるんですか! ぼーっとしてるから、フォーゼスとの関係の噂なんか流れて、事態が悪化するんです! あれはグリシネの耳にも入ってるんですよ!』

「あああ、ま、まあ、その。あの、フォーゼスさんには悪いとは思ったんだけど」

 珍しくイノアがすごい剣幕で捲し立てる。ウィステリアは気圧されてしまっていた。

『のんびりしてるんですから! もう、貴女、見かけは姉御風ですけど、基本的にお嬢さんなんですよ!』

「あ、あの、そ、それは反省してるんだけど」

『本当に仕方ない方ですね! なんで、私に早く相談しないんですか! 貴女みたいなぼんやりした人には、私みたいなしっかりしたブレーンが必要なんですよ! まったく! もっと早く相談してくれたら、何とでもできたのに!』

 そこまで言わなくても、と思っていたところで、イノアがそんなことを言う。どかっと椅子に座って、イノアはいつもの冷徹な口調で続けた。

『仕方ないので、協力してあげます!』

「ご、ごめんなさいね、イノア。ご、ご迷惑かけます」

 なんだか捻くれているが、イノアも悪い子ではない。

「で、ユーさんの記憶を探しているところでね。もし、本当に白騎士なら、治療もしたほうがいいんだろうけど、ばれたら貴重なサンプルの扱いされちゃうでしょ」

『当たり前です。この間も言いましたけど、そこまで変異している黒物質の獣は、自我を保てないはずです』

 ユーネが不安げにイノアを見やる。喧嘩していないかと心配しているようだ。

『その方は少し退行症状があるように見受けられますが、そこまで安定しているのは普通ではないですからね。それに、貴女も魔女なのですから、感染した強化兵士の治療には向いているので、寧ろ、そこで一緒に過ごしたことが良いのかも』

「それはそうかも。確かに、負傷した白騎士の治療に当たったこともある。歌うことで彼らを治療できたわ」

『そうですよね。ですから、ユーネが人の姿になったのもある意味では回復しかけているということでは? ただ、このままの状態を保つ為に、問題はどう彼の存在を隠すかですよね』

 うーんとイノアは、軽く考え、

『やはり、そこは、本人を巻き込むべきでは?』

「えっ、本人?」

 イノアが腕組みを解く。

『ルーテナント・フォーゼスです。フォーゼス隊長に協力を仰ぎましょう。どの道、ユーネは彼と誤認されているのですから、彼と同一視させておくのが一番ですよ』

「ええ、で、でもなあ」

 とウィステリアは、後込みする。

「あの方にこれ以上迷惑をかけるのは……」

『何言ってるんですか! もう十分巻き込んでます! この際ですから、もっとガッツリ関わってもらったほうがいいです!』

「そ、そうかなぁ」

 イノアに押されて、ウィステリアは困惑気味に呟く。

『フォーゼス隊長は、以前は私の資料館近くに派遣されていましたからね。顔見知りです。私から頼んであげます』

「そ、それじゃ、お願いしようかな」

『ええ。手配します!』

 と、イノアが一応事態を解決させてから、ふとにやりとした。

『しかし、ウィステリアにもおどろきました。まさか、ネザアスと同じ姿の人物に、そんな可愛い服を着せているとはね。そのような趣味があるのですか』

「あああ、そ、それは、その、ち、違うのよ。ユーさんが、そういうのが良いって」

 ウィステリアは慌てるが、イノアはふーんの鼻で笑う。

『いーですよー。私もネザアスのことは好きでしたし、ある意味眼福です』

 そんなことを言うイノアに、ウィステリアは尋ねる。

「やっぱり、あなたもネザアスさんと面識があるの?」

『昔、私が本当に幼少の頃、父の研究所が襲われて、さらわれたことがありました。その時救出のため、派遣されてきたのが彼で、助けてもらいました。しかし、本当、罪作りなひとですね、必要以上に素敵に見えたものです』

 と、イノアは簡単に話すが、そこでどう彼女がネザアスに心を奪われたか、なんとなーくわかる気がした。

『まあ、それなもので、そこの同じ顔をしたユーネにも不幸な目に遭ってもらいたくありません。できる限りは協力してあげます。でも、もっと私を頼ってください』

「あ、ありがとうね、イノア」

 まったく、とイノアはわざとらしくため息をつく。

 話がどうなるかと、おそるおそる二人を見比べていたユーネは、どうやら話が落ち着いたのを確認して、そっと顔を上げた。

「あ、の、ウィスもイノアも、良かったラ、すいか、食べル? たぶン、そろそろ冷えタ」

 まだすいかは冷えてないが、これはユーネが気を遣っただけだ。自分のせいで不穏なことになったのではと、彼は心配していたので、このまま彼女達を和ませようとしたらしい。

「キット、おいシい」

『お気遣いありがとうございます。ユーネ。実は私はいただく予定で持ってきていますよ』

 と、イノアが手元の小さな冷蔵庫から、皿に入れたすいかを取り出してきた。どうやら、画面に張り付きがちのイノアは、手近なところに小型冷蔵庫を常備しているようだ。赤と緑のコントラストが綺麗で、食欲をそそる。

「あの、そレ、イノアに送ったノ、おレとジャック、収穫シタの」

 ユーネはおどおどしつつ言った。

「イノアも、ソレ、美味しク食べてくれるトいいナ」

 と、ふとイノアがどきりとしたような表情になる。それはそうだ。イノアにとっても、奈落のネザアスは初恋の男。そんな彼と同じ顔のユーネが、上目遣いにそんなことをいうものだから、なんとなく心が掻き乱される。

『ウィステリア』

「ええ」

『なんだかユーネは心臓に悪い子ですね』

「それは同意するわ」

 当のユーネは、二人が和やかなので、安心してすいかを取りに行ったらしい。

 ふふー、と、まだ濁った声ながら、嬉しそうな彼の鼻歌が聞こえた。

 なんだか、ユーネも罪深い、悪い男の香りがする。

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