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 教会を出て一週間が経つ頃、ようやく王都サンドリアの城壁が目に入るようになった。南東部に位置するこの街は、南側に海岸、陸側を大きな壁で囲われている。

 何も知らない人が目にしたら要塞だと思ってしまうだろう。

 徐々に近づいてくる壁。岩を削りブロック状にして何個も積み上げた岩の壁は、この街が難攻不落だということを物語っている。事実この街は建国後、一度も敵国の手によって蹂躙されたことはない。

 それは城壁によるものもあるが、この国の兵力が凄まじいからでもある。魔法を意のままに操る兵士が常に駐在し、城では魔法兵の育成まで行っている。

 僕らが王城で保護されるのも、育成設備が余っているからということらしい。

 馬車は巨大な門を通り、街の中へと入った。やけに白い建物が多い。陽の光が反射し眩しく輝く建物が道の両側に所狭しと並んでいる。そして、その道の先にあるのは港。そして青く輝く広大な海。

 白く輝く街の真ん中には、時計台が街の時を刻んでいる。街のどこにいてもわかるようにするためか、頭一つ抜けて高い。

 目立つ建物はほかにもある。風車だ。海風に吹かれて立派な羽を回している。

 初めてみる光景の数々に僕の心はほんの少しだけ踊った。

 街は活気で溢れていた。

 街路には食べ物屋が多く並び、人も多く行き交う。客引きの大きな声。ここまで賑わう人々を見るのは初めてだった。

 馬車は港まで続く大通りから外れ進路を変える。緩やかな登りが続き、その先には城がある。

 街と同じ作りの城壁にいくつも見張り塔が建ち並ぶ。ジョセフに習った通り、本当に要塞みたいな見た目だ。習った通りならあの壁の向こうに深い掘がってその内側にもう一枚巨大な壁があるはず。

 この先、どんな生活が待っているのだろう。

 田舎の村ではない。王都である。しかも、城の中での生活だ。自然と期待に胸が膨らむ。

 悲劇が起こってから初めて希望が見えた気がした。

 やがて、城門の目の前まできた。固く閉ざされた門がゆっくりと上がり、中の吊り上げ橋が連動して下がっていく。習った通りだ。

 馬車は進み内門も潜ると、城内へ入る。

 城内は……、少し殺風景だった。

 真ん中に王宮があり、その周りにはまた壁。その周りは広場と背の高い建物がいくつか並んでいるだけだった。

 これが王城なのか……。期待はずれもいいところだ。

 馬車がとある建物の前で止まり、僕は他の貴族の子と一緒に降りる。目の前にあるのは五階建ての石造の建物。建材が石だからなのか寒そうな見た目をしている。

 目の前の光景にただ、呆然としていると城の使用人から一枚の札を渡された。その札には何か番号が書いてある。

 ——三〇六……?

「これからあなた達にはここで生活してもらいます。今渡した札の番号が部屋番号です。呼び出すときは金を打ち鳴らすので、音が聞こえたら表に出てくるように」

 一度解散となり、それぞれが部屋に入った。

 部屋は狭く簡素なものだった。ベッドが一つに物書きができる机と服がしまえそうな箪笥たんすが備え付けられているだけで、息苦しさを感じる。唯一の救いは大きめの窓が付いていることだけだろう。

 僕らはもう本当に貴族ではなく使用人と同程度の扱いなのだ。これからは厳密な管理体制のもと生活することになるのだろう。

 しばらくすると平たい金属板を打ち鳴らす音が聞こえてきた。表に出ろという合図だ。 

 僕だけでなく他の部屋からも一斉に人が飛び出し、廊下を駆け抜け、階段を降り表へ出る。一列に並ばされ、人数確認が行われた。  

 そのまま列の状態でついてくるように指示される。列についていくと、使用人はある建物の前で足を止めた。

「ここは学舎だ。ここで勉学をすることになるので覚えておくように」

 中に入ると長机と椅子が並べられた部屋がいくつもあった。そのうちの一つの部屋に案内され、中の席に座った。

 机の上には人数分の紙と羽根が置かれている。どうやら説明したことを書き取れということらしい。

 僕らが全員席に着くと、前方の扉が開き、黒の衣服を纏った白髪まじりの男が入ってくる。男は盤板に立つと、僕らを見渡す。

「これからあなた方の指導をしますオリバーと言います。以後、お見知り置きを」

 オリバーは左胸に手を当て紳士的なお辞儀をした。

「早速ですが、あなた方の今後を説明させていただきます。

 まず、あなた達は今、無価値な状態です。統治できる能力も領土もないので当然のことです。 

 なので、今後北部の領土が統治できるようになるまで、ここに住み込みで必要な知識を学んでいただきます。当たり前ではありますが、無償で教育を提供するわけにはいきませんので、使用人として働きながら勉強していただきます。成績が上位であれば貴族に戻ることも可能です。

 しかし、その能力がないと判断されれば開拓農民として農地に派遣されると思っておいてください。では明日の朝からビシバシいきますのでそのつもりでおくように」

 僕達は教室を出て、その後、食堂に案内された。巨大な大広間で卓上には既に出来上がった料理が並んでいる。

 麦の実と野菜の粥に魚を焼いたもの。使用人が食べるには少し豪華なくらいの物だ。

 夕食後、浴場で湯浴みをして寮に戻った。この建物には各階に談話室があるみたいだったが僕はその部屋に入ろうとは思わなかった。派閥や階級が生まれることが目に見えていたからだ。ロドリゲス家は身分で言えば下級貴族に当たっている。今後、役に立つことのない身分や家柄に縛られて生きていくのはごめんだった。

 部屋に戻り、湯浴みをした時に着替えた服を僕は畳んで箪笥の奥にしまった。今後この服を着ることはないのだろう……。

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